第4話 フェイク・ガール part2
「先輩、わたしの彼氏になってくださいっ!」
「…………は?」
またもや理解不能な言葉を受けて、僕は硬直状態に陥った。
これはあれか、王道とかテンプレとか摩訶不思議な現象が僕の身を纏っているのか? 僕、ラノベ主人公にでもなってしまったのか?
「悪いけど僕は君に対してこれっぽっちも好意を抱いてないし、根暗で非リアで陰キャそうなやつを狙った淫売行為や美人局を仕掛けようとしてるのなら残念だったな。僕はそんな手に引っ掛からないぞ」
「なに勘違いしてるんですか? わたしが出会ったばかりの先輩のこと、好きなわけないじゃなですか。ぶっちゃけキモいです」
「ぐふっ………」
知ってた、ここまでセットで王道テンプレだって知ってたよ、くそぉ……。
「……それなら、どうして僕と恋仲になりたいんだよ」
僕は明後日の方向を向きながら、不貞腐れたように訊ねる。
窓から差し込む日光が埃を煌びやかに照らし、ふわりと花恋の周りを漂った。まるで実体化した哀愁が漂っているようだ。
少し間を空けて、花恋は語り始めた。
「わたし、イラストを描いてるんですよ」
「へぇ、学年カーストトップの君がイラストを、意外だな」
「そう言ってる割には、あまり驚いてなさそうですけど?」
「そういう趣味は誰にだってあるだろう」
花恋は一瞬だけ瞠目すると、「そうですね」と話を続けた。
「わたし、男女構成の、特に恋人同士のイラストが上手く描けないんです」
「もういい、なんとなく話はわかった、だが断る――」
「あ、技術面は別に問題ないんですよ? これでもわたし、天才的に絵を描くの上手なので」
「そこ、聞こえないフリするな――」
「ただ、男女の関係を表現するのが苦手でして……今のままじゃイラストレーターになるって夢が叶えられないんです……。そこで先輩の出番というわけです! 偽の関係で結構ですので、わたしと付き合ってくださいっ! わたし自身が恋愛を経験すれば、きっと苦手も克服できるはずです!」
「だからこっちの話も聞けよ⁉︎」
僕は頭を抱えそうになるのを我慢しながら、短いため息を吐いた。
「確かに君の悩みは深刻なのかもしれないけど、だとしても僕の自由を専横されてたまるか。君みたいな股が軽そうなやつじゃなくて、もっと謹厳実直そうな可愛らしい女の子が相手なら一考の余地もあるんだけどな」
というか、既に偽物の恋人を持つ身としては、これ以上の厄介事を引き受けたくないというのが本音である。
更紗の性格を考えれば偽物の関係とはいえ、浮気だの二股だのと難癖付けてくることは想像に容易い。あの女に意味もなく責め立てられるのだけは僕の矜恃が許さないのだ。
「美辞麗句って言葉を知ってます? その手の女は表面上だけ取り繕って、肝心の中身は薄っぺらい人ばかりですよ」
「おいこら、男の理想をぶち壊しにくるな」
「とにかくーっ! 先輩がわたしの恋人になることは決定事項なんです!」
「嫌、無理、拒否、却下」
「むむむ、偽の関係とはいえ、このわたしと付き合えるんですよ? 他の男子なら喜んで飛び付く案件だと思いますけど?」
「君のその自信はどこから沸いて出てくるのかはさておき、僕をそこらの猿どもと一緒にしないでもらおうか」
「強情な人ですね……これは最終手段でしたが、こうなっては仕方ありません」
「……最終手段?」
僕は訝しい顔付きで花恋を見つめると、彼女はいきなり、
――スカートを捲り始めた。
僅かな時間の間だけ、黒色のレース付きパンツが顕となる。
「……な、なっ――」
僕は戸惑いを隠しきれず、慌てふためいた。
まさか、一日に二度も女の子の下着を見る羽目になるとは思ってもみなかった。
「きゃっ、せ、先輩なにするんですか⁉︎ うぅ……わたしのパンツ見られちゃったぁ……」
「な、なにをとぼけたこと言ってるんだ? 君が自分でスカートめくったんだろ?」
「先輩はほんとにお馬鹿さんですね〜! まだ録音は続いているんですよ〜!」
「ひ、卑怯だッ! それを今すぐ消せ!」
「お断りします♡」
「なら、今度こそ力づくで――」
「やめておいた方がいいですよ? もし先輩が迫ってきたらうっかり手が滑って、柔道部と剣道部の先輩に『襲われてるので助けてください』ってライン送っちゃうかもしれないです」
「うぐぐぅ……終わった、僕の人生が……」
僕は頭を両手で覆い被せ、みっともなく呻いた。
「……一つ、いや、二つだけ教えてくれ。なんで彼氏役が僕じゃなきゃいけないんだ。例え偽物の関係だとしても、君が相手なら他の男子たちは喜んで手を挙げるだろ」
「手ごろな理由で言えば、まず先輩の弱みを握っていることですかね。わたしが一番危険視していることは、この関係を外部に漏らされることですから。事情を知らない皆んなにこの事がバレれば、セフレだのビッチだのと侮蔑されることは目に見えていますし、その点、先輩が秘密を漏らすことはありませんので」
「なるほどな、まぁ打倒なところだな。それじゃあ最後にもう一つだけ――」
こうなれば自棄だ。
更紗や花恋を手助けするのに、僕にはなんのメリットもないのだ。
だから、ちょっとしたご褒美があってもいいと思うのだ。
「……恋人になるなら、胸を触ってもいいのか?」
「死んでください♪」
「………………」
「死んでください♪」
「ああぁぁっ! わかったから二度も言うなぁぁっ!」
こうして、僕は人生初の彼女を作り、同時に浮気までしてしまうのだった――。
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