第3話 二人目の彼女
昼休み後、二年の教室内で僕と更紗が会話を交えることはなかった。
元より、僕と更紗は進んで人と会話するタイプではない。むしろその逆。
僕たちの紛い物の関係なんかとは違って、本物の恋人を持ち、スクールカースト上位に位置付けされる者たちはいわゆるリア充と称されるが――僕らはその正反対。非リアと蔑まれる人種だ。
そもそもの話、僕と更紗が今日に至るまで不仲を貫き通していたし、日常的に会話をするなど持っての他。校内で話すことと言えば、事務的な連絡くらいなものである。
それを抜きにしても……あんのクソアマ、一度だけ目が合ったと思えば睨みを利かせて、『近寄るな、話しかけるな』と思念を飛ばしてきたのだ。僕も『誰がお前なんかと話すもんか』と舌を出しておいた。
さて、本題はここからだ。
更紗の偽物の彼氏になったのはいいが……。ん? いや、ちょっと待てよ? あいつが勝手に話を進めただけで、僕は了承の返事をしてないよな? ……まぁどうせ、もう決定事項なんだろうけどさ。
それはさておき、肝心の本題は僕のメアドに一通の着信があったことだ。
家族にすら教えたことのない、誰も知らないはずのメアドに。
『今日の放課後、一年校舎の多目的室に来てください。もしも来てくださらなければ、先輩方の秘密をバラします』
帰りのHRが終わると僕はスマホを手に取り、メールの内容をまじまじと読み込む。その文面を見て、僕は固唾を呑んだ。最初は典型的な誘導メールか何かの類かと思ったが、これがすぐに昼の件のことだと理解した。
更紗の自殺未遂の件に関しては、僕たちだけの秘密に留まり、教師陣には伝わっていないはず。
喧騒の一つも耳に入らなかったから、他の生徒にもこの事は露呈していないと思っていたが……まさか、どこかで見ていたのか……?
「……どちらにしろ、行くしかないよな」
僕はスクールバッグを片手に、一年校舎へと足を運んだ。
***
自称進学校である我が校は、学年毎に校舎が隔てられている。
僕は渡り廊下を進んで一年校舎に入ると、道中すれ違った一年生たちが「あの人、二年生?」と小声で会話を始めた。
僕が上級生と一目で分かったのは、恐らく彼我の上履きの色が違うせいだろう。この学校は校舎を分離させ、上履きの爪先部分の色で学年を区別することで上下関係を色濃くしているのだが、なんでも社会に飛び立ってから目上の相手に粗相を起こさないようにするためらしい。
なんて入学式の挨拶で校長が話していたのを思い出しながら、僕は多目的室の扉を開いた。
「お待ちしていました、先輩っ!」
快活な挨拶をもたらした女の子が一人、教室内の中央に佇んでいる。
多目的室と言っても、今は物置部屋として埃を被っている状態だ。
だが、埃びた教室の中でも、彼女は異彩を放って輝いていた。
「…………
「あれれー、もしかしてわたしのことご存知でしたかぁ?」
「ご存知もなにも、入学式で新入生代表の挨拶を務めていただろう」
「だとしても、普通は名前まで覚えてないですよぉ」
愉快そうな笑みを浮かべて、花恋は桜色の目を細める。
僕は値踏みするように彼女を見返した。
甘栗色の髪を後ろで結び、細い四肢がすらりと伸び、加えて目鼻立ちも非常に整っている。更紗と同じく背丈は低いが、ブレザー越しに伝わる胸の大きさは驚嘆に値するだろう。
「せんぱぁい、えっちな視線を感じるんですけど〜?」
「……き、気のせいじゃないか?」
「えへへ、そういうことにしといてあげます♪」
何を考えているのか読み取れない、不思議なやつだと思った。
だが、彼女が入学早々、学年カーストトップに躍り出たということは二年の教室でも話題となっている。花恋が新入生代表の挨拶を務めたということは入試の成績が一番だったということに他ならないし、さらには更紗と同様、超絶美少女と呼ぶに相応しい外見を持っているのだ。
花恋が同級生だけではなく、他学年からも持て囃されていることはよく聞く。
「それで、僕を呼び出した目的はなんだ? というか、どうして僕のメアドを知ってる」
「今は学年カーストトップの情報網を使った、とだけ答えておきます」
「まともに答える気はないってことか」
「さて、どうでしょう?」
潤った唇に人差し指を添えて、花恋は笑顔を崩さない。
肯定も否定もしない、相手に思量の余地を与えない、巧みな言葉の選択だ。
恐らく、差し出してきたメールの内容通り、こいつは更紗が自殺を図っていたことを知っているだろうが……少し鎌をかけてみるか。
「ひとまずメアドの件は置いておくとして……あのメールの内容は一体全体どういうことだ? 先輩方の秘密と書かれていたけど、僕にまともな友人がいないことくらい、学年カーストトップの君にとってはお見通しだろう? 文面が抽象的すぎてよくわからないんだけど」
僕はわざとらしくかぶりをふってみせる。
来年に受験を控えている二年生――もとい、更紗の自殺未遂が校内に知れ渡ってしまえば、それだけで高校推薦などの枠を与えられなくなってしまうだろう。
別に仲の悪い幼馴染を擁護するつもりはないが、もしも昼の件が暴露してしまえば、あの場にいた僕にも少なからず被害が回ってくる。
だからこれは、更紗を助けるためとかじゃない。
絶対違う。うん、違う。誰があんなやつを助けてやるもんか。
すると、今度は花恋が呆れたようにかぶりをふって返答した。
「先輩、それは悪手すぎますよ。寺嶋先輩が自殺しそうになっていたことを隠したいなら、まず呼び出しに応じるべきじゃなかったですね。ここに来たということが、自ら昼の件を自供しているようなものです」
「…………よくわからないなー」
「そんな棒読みで言われても説得力ないですよ? というか、中庭から丸見えでしたから。まぁ幸いにも、あれを見ていたのはわたしだけだったみたいですし、先輩がわたしさえ丸め込めば秘密が漏れずに済みますけど」
花恋は扇状的にくすりと微笑むと、
「さて、わたしはこの情報を学校中に流すつもりです。学年カーストトップのわたしが情報を漏洩させれば、一晩で話題が飛び交うでしょうね。どうします、先輩? 力づくで黙らせてみますか?」
饒舌に、煽るように、甘ったるい声音で発した。
「力づくで黙らせてやる……なんて、僕が本気になったら君はどうするんだ?」
「法的な措置を……とまではいきませんが、まぁ先輩の社会的地位を消すくらいのことはできますよ。ほら、見てください♪」
「っ……そうか、それが目的で……」
そう言って花恋はブレザーの胸ポケットからスマホを取り出すと、その画面をこちらに見せつけてくる。
画像にはマイクのイラストと、録音開始からの経過時間が表示されていた。
「この録音を編集して学校側に提出したらどうなると思いますっ?」
「……オーライ、僕はなにをしたらいい?」
くそ、まさか更紗が撒いた火の粉が僕の元まで飛んでくるなんて……。
いや、こいつの標的は更紗ではなく、元より僕だったのではないか……?
…………やられた。これが学年カーストトップの手腕か。
げんなりと肩を落としていると、本日二度目の台詞が僕を襲うのだった。
「先輩、わたしの彼氏になってくださいっ!」
「…………は?」
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