ごくありふれた昼下がり
香月は毎日と称して良いくらい、正午に窓際の一人用ボックス席へ座っている。やんわりと年齢を聞いてみればなんと辰也の年下。会社の近くにある▽▽大学の在校生だった。あの発言の直後、辰也より先に自分が年下であると気がついた香月は敬語を使った。だが即座に彼は香月を制した。今更だし
今日の香月は教本を広げていた。
「今日もなんだか難しそうな本を読んでいるんだね」
「そうかしら。私と同じ授業を受けている人はみんなそうよ」
彼女は無表情のまま小首を傾げた。
心理学科生の香月はよくこの席で読書をしている。本人曰く、読書などではなく次の授業の確認をしているだけなのだそう。要は斜め読みをしているので、そんなに熱心ではないと言いたかったらしい。だが漫画くらいしか活字に触れない辰也にとって、香月の姿勢は読書にしか見えなかった。そう言わしめるほど、本を前にした香月は尋常ではない熱量を発信しているのだ。野暮なので彼は指摘しなかったが。
そう、と返して辰也はホットドックに
香月は無表情の奥の瞳を煌めかせて、彼を見た。
「本当に、いつも美味しそうに食べるわね」
「そりゃあ、ここのホットドックは絶品だからね」
得意げに頷く辰也に香月は瞬きをした。
「でも使っている食材は珍しいものでもないでしょう。特にパンとケチャップ」
「まぁね。でもパンはかるーく焼いてからソーセージを挟んでいるからさ、香ばしくて美味しいし、何よりこの自家製マスタード。これが塩気のある普通のケチャップ、いや市販のケチャップだからかな。良く合うんだ」
言い終わるが否や、辰也はまたホットドックを
「俺にとっては君こそレアだよ」
「あら、そうかしら。確かに私は同世代の女性より食が進むけれども」
「違うよ。君の場合は
辰也が指を差す。そこあるのは先程まで飲んでいた香月のデミタスカップ。香月はきょとんとしたままだ。辰也の指先と自分の手元を交互に見ている。
「エスプレッソを水のように飲むのは君くらいだよ」
「そうかしら。いくらでもいるでしょう、こんな人」
「空っぽのデミタスカップの塔を作らせて、君の右に出る人はいない。断言するよ」
未だ訝しがる香月を見て、辰也は溜息をつく。でも彼女はこのままで良い。そう思うと辰也は無性に可笑しな気分になった。突然肩を震わす彼を見つめる香月は、真意が悟れなかった。でも笑う彼に悪意が微塵もないと気がつき、香月は初めてその無表情を緩める。
本日も2人分のボックス席に暖かい空気が漂った。
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