いはで想うは言うに勝れる
西東友一
第1話 同じ世界・それぞれの世界
「ここでは、みんな静かにしています。でも、みんな喜んだり、笑ったり、嬉しくなったり、胸が熱くなったり。ときには、悲しくなったり、悔しくなったり、怒ったりもしています。そういった湧き上がる気持ちを声や表情に出さないことで自分の中に留めています。そうすると、よりその感情は大きくなったり、その感情がより磨かれたり、自分を見つめ直したり、自分の考えをはっきり持てるようになります」
「かんちょ~さん、よくわかんないです」
男の子が挙手をして、発言する。
「えぇ~ごめんなさいね」
エプロン姿で、身振り手振りで話をしていた館長が焦った顔をする。
館長は来年で定年だが、短大を卒業してすぐの私にいつも親身になってアドバイスをしてくださる方で、時に一人で盛り上がってしまうところも本当に癒される。
「みんな、ここでは自分と本の世界に入り込んでいいの。だから、本を読んでいる時は他のお友達の邪魔をしないこと。同じ場所にいるけど、そのお友達は別の世界、本の世界にいるから、絶対に邪魔しないこと。読んでいて面白い部分とかがあって、誰かに伝えたいって気持ちはとても素敵な感情なの。だけど、ここでは静かにしてね。それで、ここを出た後、そう、あの扉を出た後、どうやったらお友達に自分が出会った本のよかったところを伝えられるのか、自分はどう思ったのかをよ~く考えることも、みんなの成長にとって大切なことだからやってみてください」
私は手を上げて、『いいですか』と尋ねる。
「は~い!!」
「シーーっ」
私が人差し指を口につけながら声を出すと、元気に返事をした子どもたちが、口を塞いだりして、やってしまったという顔をする。
「最後に。お友達にお話の全部をお話しないこと。お友達が聞いてないのに最後どうなるかは、ぜ~ったいに言っちゃだめだからね?いいですか?」
「はぁ~い」
静かに今度は返事をする。みんな素直でいい子たちだ。私は心が温かくなる。
「はい、図書館長さん、そして、図書館員の橘さん。ありがとうございました。じゃあ、皆さん。お二人が言ったことを守ってください。あと先生と3つ約束です。1つは、あの時計で10時30分になったら、この場所に集合です。もう1つ、本は必ず、元の場所に戻すこと。1つ、図書館は走らないこと。最後に学校にはない本もたくさんあるので、難しい本もありますが、手に取って確かめてください。では、皆さん、立ってください。新しい世界を見つけましょう」
先生が両手を開くと、元気な子たちは競争するように早歩きで遠くの方に行き、みんなぞろぞろと動き出す。
「橘さん」
「はい」
館長が声をかけてくる。
「フォローありがとうね」
「いいえ、そんな」
「橘さんって素敵よね。同じ場所にいて、別の世界。ふふっ・・・なんだかロマンチック」
屈託のない館長の笑顔に私は照れてしまう。
そして、騒がしい中、黙々と奥の方で本を読む彼を見た。近くて遠い存在。当然、私は彼の世界を邪魔をしない。けれど・・・
―――彼はどんな世界を旅しているのだろうか。
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