本当に怖いのは……?

逢雲千生

本当に怖いのは……?


 これは、私が小学生の頃に体験した話です。




 私が小学生の頃、全国的に怖い話が流行していました。


 学校でも怪談話が一番人気で、毎日のようにみんなで話し合っていたと思います。


 私のクラスでは特に盛んで、毎日放課後になると、教室にみんなで残っては怖い話をしていました。




「でね、その時後ろのしょうがスーッと開いて、血走った女の目が」


「キャ――!」


「もうやだあっ」


 クラスで一番話すのが上手だったは、毎回クラスメイトを怖がらせては笑っていました。


 人を怖がらせるのが好きというわけではなく、場が盛り上がるのが好きだったようで、そんな彼女にある日、一人の生徒がこう言ったのです。


「沙梨奈ちゃんって、絶対いつか痛い目に遭うよね。そんな風に人を怖がらせて笑ってるんだもの、絶対そうだよ」


 クラスで一番怖がっていた生徒がそう言ったのをきっかけに、沙梨奈は気まずい顔をして黙ったと思います。


 みんなは気にしていませんでしたが、沙梨奈は明るい性格ながら押しの弱いところがあったので、強く反論できなかったのでしょう。


 その日は歯切れの悪い終わり方で、彼女の怪談話は終わってしまいました。


 次の日も、また次の日も、沙梨奈は怖い話をしましたが、またあの子が彼女に同じ事を言ってしまい、気まずい空気が流れては終わるということを繰り返していて、だんだんと嫌な雰囲気になっていきました。


 すると何日か経った頃、亜架音あかねという女の子が、その子に怒ったのです。


「もうっ、あなた何なのよ! 怖いなら怖いってハッキリ言えば? こっちは怖い話を聞きたいから集まってるだけなのに、そんなこと言うなら帰ればいいじゃないの! ほんと不愉快!」


「そうだよ。怖いなら帰りなって。無理しなくていいんだからさ」


 怖い話が好きだった私もそう言うと、怖がりの子は私を見てニヤリと笑ったのです。


 その笑みが気持ち悪くて、思わず視線をそらしていました。


 亜架音は気づかなかったのか、ずっと怒っていましたが、沙梨奈が「もういいよ。今日はおしまい」と言ったため、その日はそのまま帰ることになったのでした。


 私と亜架音は家が同じ方角なので、途中まで一緒に帰ります。


 まだ怒っている亜架音でしたが、彼女は膨らませた頬をしぼめると、残念そうに沙梨奈の話を始めたのです。


「沙梨奈の話って、なんか作り物っぽいんだけどリアルだし、私は好きなんだよね。あの子は話すのが上手だし、本気で怖がらせるつもりはないんだってことはわかるのに、あんな風に言われたらショックだろうね」


「うん、私もそう思う。なんであんなこと言うのかなあ」


 怖がりの子は他にも数人いる。


 だけどみんな友達と手をつないだり、最初から参加しなかったりしていたので、自然と聞きたい人だけが集まる怖い話の会になっていたのだ。


 聞いている怖がりの子は、本当に駄目なら耳を塞いだり、目を閉じて隣の人の後ろに隠れたりと、自分なりのごまかし方法でやり過ごしているのに、沙梨奈にひどいことを言ったあの子だけは何もしていないのだ。


 正直に言うと、あの子のせいで場がしらけてしまう。


 せっかく盛り上がっているのに、沙梨奈だけでなく、聴いている方も嫌な気持ちになるのだ。


 亜架音が怒ったのは意外だったが、少しだけスッキリしたので、普段はそれほど話さないのだけれど、この日は珍しくお互いにいろいろと話し合った。


 明日からの怖い話の会のことや、沙梨奈への対応などを一通り話し終えると、私達はいつもの分かれ道で別れた。



 

 その日の夜だった。


 家に一本の電話が入ったのだ。


 お母さんが出たその電話は無言電話だった。


 いたずらか何かだろうと、お母さんは気にしなかったが、その夜を境に、毎晩同じ無言電話がかかってくるようになったのだ。


 最初は本当にいたずらか嫌がらせだろうと思ったけれど、そんなことをされるほど、ウチの家族は人付き合いが悪いわけではない。


 近所の人達ともそれなりにつきあっているし、町内会のような集まりや行事に参加はしているし、一人や二人、仲の良い人がそれぞれにいる。


 それで充分だったので、特に気にしていなかったのだけれど、もしかすると誰かの怒りを買ってしまったのかもしれないと思い始めた頃、電話の相手が話し始めたのだ。


『うるさい……やめろ……』


 そんなことをノイズ混じりで話すようになったそうなのだ。


 けれど、すでにスマホが出て久しい頃の家電いえでんで、古い電話のような状態が生まれるのだろうかと疑問が湧いた。


 私も何度か電話を取ったが、前に見たビデオテープがすり切れた時のようなその声に、私は背筋が寒くなるのを感じていたのだ。


 それとなくクラスメイトに電話の話をしたが、誰もそんな電話はかかってこないと言っていた。


 そんな話が怪談のネタにされた頃、とうとう私は泣きだしてしまったのだ。


『しね……はやく……しね……しんでしまえぇ……』


 とうとういたずらでは済まない内容になり、家族は警察に相談することを決めたのだ。


 しかし、警察は首をかしげてしまった。


 なぜなら、電話の着信履歴が残っていないというのだ。


 そんなはずはないと調べ直してもらったが、何度調べてもらっても結果は同じだった。


 混線などはありえないし、普通の電話回線なのでハッキングされることもない。


 両親は警察と首をかしげてしまったが、とりあえず電話が来たら内容をメモして、時間も詳しく書き残すようにと言われて終わった。




 相変わらず怖い話の会は続いていたけれど、沙梨奈を悪く言っていたあの子は参加しなくなった。


 というよりも、学校に来なくなってしまったのだ。


 亜架音が怒ったからだと、からかう男子がいたけれど、どうやら家庭の事情で転校してしまったらしく、急なことだったらしい。


 初めは心配していたけれど、一ヶ月も経たずにみんなが忘れ、私も家のいたずら電話で頭がいっぱいだったので、いつの間にか忘れていた。


 先生や大人も、あの子の話をしないので、なおさらだったのかもしれない。




 それから何ヶ月も続いた謎の電話は、毎日夜の九時頃にかかってきて、ひたすら同じ言葉を繰り返すだけになった。


 最初は「やめろ」、次に「しね」。


 たまに違う言葉が混ざるくらいで、すり切れたビデオテープのワンシーンのように繰り返し続ける。


 最初は怖かったが、慣れてくると苛立ちの方が強くなり、電話に出る声にも力が入るようになっていった。


 一番電話を取っていたお母さんは特に苛立っていて、普段でもため息が増えていた。


 私もたまに取るのだけれど、同じことしか言わないためか、だんだんと飽きていった。


 あの日も、またかと思いながら受話器を取ると、同じような内容を話すだけだった。


 早くに切るとまたかかってくるので、数分は聞き続けなければならず、この頃にはもううんざりしていたんだと思う。


 つまらなそうに聞いていると、相手が突然笑い出した。


 それはだんだん大きくなっていって、受話器に耳を当てるのがつらくなると、私は受話器を遠ざけた。


 しかし声は大きくなり、受話器越しから家族に聞こえるほど大きくなったのだ。


 私の家では、誰でも電話をしやすいようにと、家の電話を居間に置いていた。


 なので、テレビを見ていた家族は一斉にこちらを振り返り、驚いた顔で私を見た。


 私が笑っていると思ったらしいけれど、青い顔で受話器を見る私に何かを察したのか、お父さんは青い顔でお母さんを見たらしい。


 お母さんは無言で立ち上がると、驚く家族の視線を独り占めしながら私に近寄り、受話器をとって大きく息を吸い込んだ。


「いい加減にしなさい!」


 笑い声をかき消すほどの大声に、飼い猫が驚いて駆け出す。


 私も突然のことに驚き、お母さんを見上げて口を半開きにしていた。


 お母さんは笑い続ける相手に、もう一度「いい加減にしなさい!」と怒鳴ると、もう一度大きく息を吸い込んだ。


「電話越しにしか怖がらせられないなら、あなたに人を怖がらせる才能はないわ! 話もワンパターンだし、内容もありきたりでつまらない! 正直に言ってもう飽きたわよ! それ以上何も言えないなら、もうやめなさい!」


 笑い声が止まった。


 私達家族が見つめる中で、お母さんは今までのうっぷんを晴らすかのように説教を続ける。


 それが数分続いた頃、突然お母さんが黙り、受話器から耳を離したのだ。


「切れたわ」


 お母さんのその一言で役目を果たした電話は、それ以来、必要な連絡以外を知らせることはなくなった。




 結局、あの電話の相手が誰だったのかは、今でもわかりません。


 大人になった今では、当時のことを笑い話にしているのですが、あの時のお母さんの怒りようは凄まじいものでした。


 お母さんいわく、


「あんな子供じみたことしか出来ない人を相手にするのが、どうしようもなく嫌だったの。電気代だってタダじゃないし、時間を使ってまで相手するほどじゃなかったからね」


 とのことらしいが、私にしてみれば、得体の知れない相手に怒れるお母さんが一番怖かった。


 相手がもし幽霊だったのならば、祟られるかもしれないと思っていましたが、たしかにお母さんの言うとおり、一度怒られただけでやめるようなら、それほど怖いものでもなかったのかもしれない。


 そう思うようになったのです。



 

 そのことを、今でも連絡を取り合う亜架音に伝えると、「よかったじゃない」と言ってもらえた。


 亜架音とは幼なじみという関係のまま、高校まで一緒にいた。


 大学に進学した彼女とは、先に就職した私の都合で連絡が一時期途絶えてしまったけれど、成人式をきっかけに復活した。


 沙梨奈は高校が別になってしまい、あれから一度も会っていない。


 大学進学を機に、本籍を別の所に移してしまったらしく、成人式でも会えなかったからだ。


『沙梨奈の怖い話、たま――に聴きたくなるけどさ、誰も今の連絡先知らないんだものね』


「そうそう。私も調べたけど、けっきょくわからずじまいだった。何してるんだろうねえ」


 そんなことを亜架音と話していると、ふと、あの日のことを思い出したのだ。


 放課後の怖い話の会で、沙梨奈に文句を言っていた子。


 思えば、亜架音があの子を怒って、私も一緒に怒った日から、あの電話は始まったのだ。


 まさかね、と思いながら亜架音に話をすると、彼女は笑って「そんなことないわよ」と答えた。


「そうだよね。まさか、あの子が私に仕返ししようとしてたなんて、そんなことありえないものね」


 私も笑ってそう言うと、亜架音は少しだけ声のトーンを落とした。


『違うよ。あの子が仕返しなんてするはずないんじゃなくて、できなかったんだよ』


「ええ? それってどういうこと?」


『だって、あの子。あの日の夜に死んでるんだもの』


 一瞬、音が途切れた気がした。


「……え?」


『今だから言っちゃうけど、私があの子を怒鳴った日の夜に、あの子が急死してるの。死んだ原因とかは教えられてないんだけど、本当に急だったんだって。お葬式とかは家族だけでやったらしいけど、私達クラスメイトには、あまり知らせないでほしいって言われたとかで、あの子の家族から保護者達に口止めされてたらしいよ』


「ちょ、ちょっと待って。私聞いてないよ? なんで亜架音が知ってるの?」


『それは、この間偶然聞いちゃったからよ。お母さんが何気なく、ぽろっと話しちゃって、それで詳しく聞いたの。だけど、死んでしまったってこと以外、本当に何も教えてもらえなかったんだ。あなたのいたずら電話の件もあったから、なおさら話せなかったんだと思うけど、なんか、変な感じよね』


 変なんてものじゃない。


 おかしすぎるよ。


 電話がかかってきた日に亡くなったクラスメイトが、その日に怒ってしまった相手だなんて、なんて偶然なんだろう。


 スマホを握る手に力を込めると、亜架音が言いにくそうにこう教えてくれたのだ。


『……なんか、あの子、いろいろあったらしいんだ。親が仲悪かったとか、友達ができなかったとか。だから、あの時沙梨奈にあんなこと言っちゃったのは、何か理由があったからだと思うんだよね』


 後日、私の家族にあの子のことを聞いてみると、亡くなっていることを教えられた。


 当時はいたずら電話の件があったので、家族も口をつぐんでいたそうだけれど、やはり死因については教えてもらえなかった。


 ただ、お母さんはうつむきがちにこう呟いた。


「……いろいろあったのよ。いろいろ、ね」


 それきり、あの子の話はしていない。






 土で汚れた足を見つめながら、自分のベッドに座って体を震わせる。


 足音が聞こえてくるので、今日もまた始まるのだろう。


 逃げようとしたけれど、お母さんに引きずられるように部屋へ連れ戻され、何度も叩かれた。


 静かになった家には、私と”お父さん”以外、誰もいない。


 お母さんは今頃、安全な場所で笑っているんだろうなあ。


 ゆっくりと部屋のドアが開くと、冷めた目をした”お父さん”が入ってきた。


 その手には光るもの。


 かすかに入り込む月明かりに照らされたソレは、私を見下ろすように振り上げられて、落ちた。


 ――赤が飛ぶ。


 一回、二回、三回と、繰り返し繰り返し赤が飛ぶ。


 無表情の”お父さん”が、何十回目になるかわからないソレを振り上げたとき、お母さんの声が聞こえた。


 お母さんは怒っているのか、それとも泣いているのか、よくわからない声で”お父さん”にすがると、私から引き剥がしてたたき出す。


 いつもは絶対しないのに、お母さんは私の名前を呼びながら、赤く染まった”お父さん”を叩く。


 ああ、眠たいなあ。


 痛いのか、寒いのか、なにもわからなくなってきた。


 お母さんが叫ぶと、”お父さん”がもう一度大きく腕を振り上げたのが見える。


 薄れていく光景が、遠くなる声が、私には別の自分が体験しているように感じた。





 ……今日は、いやなことばかりあったなあ。


 宿題を忘れちゃうし、先生には怒られるし、大嫌いな怖い話を聞かされるんだもの。


 私は嫌だったのに、クラスの子が引っ張るから、それでいやだって言ったのになあ。


 なんであの子達、あんなに怒るんだろう。


 特にあの子は嫌い。


 いつも幸せそうに笑っていて、それなのに、なんで私のことを怒るのかなあ。




 思い出すのは、クラスの代表みたいな女の子達に、いつもくっついている子。


 いつもは大人しいのに、偉い子達が何かを言い出すと、決まって同じことを言って笑っているクラスメイト。


 いつも目立たないのに、なんで人のことを悪く言うときは、進んで話し出すんだろう。


 いやだなあ。





 ……ああ、なんかねむたいなあ。


 お母さんのこえ、きこえないや。


 ”お父さん”のことも、みえないや。


 もう、目をあけていられない……。




 ゆっくりとまぶたを落としたその子は、最期に、ニヤリと笑った。


「……あのこばっかり、ずるいなあ……」








     

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本当に怖いのは……? 逢雲千生 @houn_itsuki

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