第6話 傲慢不遜!奴らの名前はシューマとシャルディ

 バトルが終了し、ナギサ達は元いた場所……ターミナルのロビーに立っていた。モトカズのドウルはデバイスの中へと戻ったらしい。



「やった……」



 ナギサが呟く。

 心の中に溢れる勝利への喜び。そして卑怯にも騙し討ちをしようとした相手を返り討ちにしたことへの悦び。

 同じようなものをソウハも感じていたようで、「やりましたね」とナギサの顔を見上げながら少し微笑んで言った。


 そしてナギサのデバイスには「アンティルールによりN:ファイアボールを入手しました」との表示が。どうせならSRが欲しかったなと心の中でぼやく。

 ナギサの目の前にいたモトカズは露骨に不機嫌そうな顔をしてチッ、と舌打ち。



「ふん、今回はたまたまだ。次にやる時はぜってぇ負けねえ」



 そしてポケットに両手を突っ込んでわざとらしくナギサに背を向けて歩いていく。

 その時、モトカズの前へと別の男性が歩いてきたため、互いはぶつかりそうになった。



「おい、どこ見て歩いてやがる!」



 モトカズとぶつかりそうになった男性はフッ、と鼻で笑う。

 そしてその男性の傍に立っていたメイド服を着た銀髪の女性もフフフッ、と同時に笑った。



「ああ、すまない。見えなかったよ。

敗者の姿というものはあまりにも小さく見えるものでな。危うくぶつかりそうに…………いや、うっかり踏んでしまうところだった」


「あらごめんなさい。虫かと思いましたわ」



 モトカズを馬鹿にしたような声でそう喋る2人。モトカズは彼らのことを知っているのか、驚きの表情を浮かべた。



「なっ!……テメェら昼の!」


「傍らに立ってるそいつは……ふむ、間違いなく初心者だな。もしかして俺と同じようにバトルをふっかけて負けたか?まさかそんなことはないよな。弱そうな初心者を狙って戦いを挑んだら返り討ちなんて、そんな情けないことが2回も続くわけないもんなァ?

俺が貴様だったら恥ずかしくて二度とANOをやらんな!フハハハハハ!!」


「テ、テメェ……!」



 ナギサはその声に聞き覚えがあった。少し気取ったクールな声、他人を見下すようなその態度。友人である志木宗馬……シューマその人であった。傍らに立っているのは彼のドウルだろう。

 モトカズは何も言い返せなかったのか、また大きく舌打ちすると、シューマとナギサから視線をそらすように軽く俯き、その場から走り去る。



「テメェら、調子に乗るなよ!実は初心者相手だから手加減してやってたんだ!次は負けねえんだからなー!」



 ありきたりな敗者の台詞を叫んで走り去っていくモトカズの背中を見送りながらシューマはまたフンッ、と小馬鹿にした様子で笑う。



「やれやれ、みっともない言い訳だ。もっとも、次をやったとしても俺とシャルディが勝つに決まってるがな」


「間違いないですわね」



 そしてナギサの方へと向き直る。



「ようやくお前も来たようだな。御察しの通り、お前が来るまでに一戦したよ。さっきの無様な初心者狩りとな。結果?勿論圧勝だ!フハハハハハハ!!」


「いや、聞いてないし」






  ◆






 ターミナル内に併設されてある売店のテーブル席にナギサとシューマは向かい合うようにして座っていた。お互いの隣にはそれぞれ自身のドウルが座っている。


 ナギサの目の前にはコーラ、ソウハの目の前には柚子茶、シューマと彼のドウルの前にはアイスティーがそれぞれ置かれてある。それぞれ1杯の値段は100コイン。先ほどのバトルで得たコインは200。高いのか安いのかよく分からない。

 この世界での金銭感覚にはもう少し慣れが必要なようだ。


 シューマの隣に座る、美しく長い銀髪を持つメイド服の女性の身長はソウハよりも高い。設定されている年齢ももう少し上なのだろうか。


 ――そして大きい。


 ナギサはチラリ、と視線を少しだけ女性の顔から下の方……胸部辺りに視線を落とす。

 シューマの奴、イマちゃん以外の女性キャラに対してめちゃくちゃ失礼な態度をとる割には結構いい趣味してんじゃん……と即座に視線を元に戻した。


 大丈夫、バレてない。……筈。


 そう思っているとソウハが何やらじとーっとした目つきでこちらに視線を飛ばしていることにナギサは気が付いた。



「……何かな?」


「いいえ、別に」



 ――バレてない……よな?


 そして隣に座っているナギサにしか聞こえないような声でソウハが呟く。



「小さくて悪かったですね、と思っただけです」



 ――バレとる。


 違うんだよ、僕は大きさに拘りはない。ただどうしてもそこに大きいものがあると嬉しいだけで……と大層下品な言い訳をしようとしたが、あまりにも恥ずかしいので辞めておいた。目の前には友人達もいることだし。


 そんな2人を意に介さず、シューマとメイド服の女性が上品そうに紅茶を口へと運ぶ。美男子と美女が紅茶を飲む姿は中々に絵になっていた。

 そしてずぞっ、ずぞぞぞぞっ……とナギサの隣から柚子茶をすする音。ソウハは初めてこの世界で会った時は雅な雰囲気を感じたのだが、お茶を飲む様子はなんだか幼い子どもっぽい。


 というかドウルも普通に飲食とかするんだ。そんなことを考えながら自分もコーラに口をつける。


 ……味覚の再現まで完璧だ。味覚の再現はかなり難しいのか食事機能は搭載されていなかったり、食事機能はあるものの味覚の再現は放棄したりするVRゲームが多いのに凄いなANO。と思いながらナギサはもう一口を含む。



「まだ甘さが足りんな」



 シューマは口をつけたティーカップを一旦テーブルに置くと、シュガースティックを6本ほど放り込んでかき混ぜた。

 そういえばこいつは大の甘党だったな、と思い出す。それにしてもその数はいくら何でも入れ過ぎだろう。もう砂糖でも舐めてればいいのに。


 そんなシューマを見てシャルディが口元に手を当てて上品そうにクスクスと笑う。



「シューマ様ったら、そこまで甘い物がお好きですのね」


「悪いか?」


「いえ。味覚は人それぞれですもの」



 そう言って女性は2杯目に口をつける。メイド服を着ているものの、その仕草や言動は高貴なお嬢様のようだ。

 そしてその向かい側で自分の相棒は「ぞぞっ、ぞぞぞっ」と音を立てながらお茶をすする。


 ……なんだこれ。まるで僕ら2人があちらと比べて幼く見えるではないか。

 片方は砂糖に砂糖をかけて食ったことがある程に味覚が馬鹿なことは知っているが、雰囲気で負けている。


 シューマがティーカップをテーブルに置き、ふう、と一息。



「この姿だから不要とは思うが、一応自己紹介でもしておくか。さっきこいつに呼ばれた通り、俺は”シューマ”の名前でプレイしている」


「僕は”ナギサ”だ。ま、リアルと同じ姿で本名と大きく違った名前を名乗る方が違和感あるしね」


「だな。そして紹介しよう。こいつが俺のドウル、シャルディだ」


「よろしくお願いいたしますわ」



 そう紹介された銀髪の女性、シャルディが深々と頭を下げる。

 声も落ち着いており、喋り方や立ち振る舞いからは高貴さと優雅さを感じる。常に気取っているシューマの横に座っていると実に画になった。

 こちらこそよろしく。と頭を下げるナギサ。その隣でソウハも「よろしくお願いします。ソウハです」とお辞儀。シャルディが顔を上げてほほ笑む。



「マイマスター・シューマ様の記憶にもありましたわ。シューマ様の唯一のお友達でしょう?」


「……”唯一”は言わんでいい」


「あら、これは失礼」



 くすくす、と悪戯っぽく笑うシャルディ。

 そうか……唯一か……。

 そうだよな、僕らってお互い以外に親しい友達いないもんな……。それにしても”友達”は否定しないんだなこいつ。と、ナギサはちょっとだけ照れ臭い気分になった。

 シャルディが続ける。



「そしてプリステの須藤あずみ推しの枯れ専である、と」


「おいコラァ!お前の記憶の中の僕はそういう認識されてんのかァ!?」



 向かいの席に座る友人に掴みかかるほどの勢いで顔を近づけるナギサ。

 対するシューマはそれを一切気にしていない様子で紅茶をすする。



「ん?……別にいいだろ。事実なんだし」


「あずみさん担当が枯れ専だってのは訂正しやがれ!まだ25だぞ、あの人は!」


「ハンッ!“まだ”だと?一の位を四捨五入すれば30!とっくにババァではないか!」


「んだとぉ!?そもそも30代も枯れてはねえだろうが、えぇ!?やっぱお前ロリコンだよ!クソロリコン!」


「ロリコンじゃないって言ってんだろうが!大体、イマ以外のロリガキ共なぞアイツのお姉さん要素を引き立てるための添え物に過ぎんといつも言って――」


「二人とも、声が大きいですよ」



 ソウハに注意され、ハッと我に返る2人。周りにいる何人かのプレイヤーが迷惑そうに2人を見ていた。シューマはこほん、と咳払い。



「……高校時代から繰り返してきたこのやり取りをまさか仮想現実の世界でもやるとはな」


「お前のせいな気もするけどね……。というか僕はこのやり取り好きじゃないんだけど。そろそろマジで自重してほしいと思ってる」



 それを聞いてシューマはニヤリ、と笑う。何がおかしいのだ。



「だったら、力づくで言うことを聞かせてみるというのはどうだ?」


「え、何?喧嘩しろってこと?

おうおう、やってやろうじゃん。渾身の右ストレートをお見舞いしてやる」


「そうじゃない。全くどこまで単細胞なんだお前は。この世界にやってくる時にまともな思考能力を現実世界に置いてきたのか?……これだ、これ」


 シューマは自分のデバイスを取り出し、ちょんちょんと指差す。



「バトルだよ。お前達が勝てば、二度とお前の前で美浜あずみの悪口は言わんと約束しよう」


「……あらシューマ様、もう本日の2回戦目をやるおつもりですの?激しい殿方」



 隣でシャルディが言う。

 それと同時にナギサも驚きのあまり目を丸くした。そしてその直後に心の中で叫ぶ。



 ――雑な対戦理由作りだな!



 思えば昔から彼はそういう奴だった。

 何かと理由をつけては対戦ゲームやTCGなどといったコンテンツを用いて「負けた方は勝った方の言うことを聞く」というルールで戦いを挑んできた。それでお互いによく缶ジュースや昼食を奢りあったりしたものだった。



「まあ、私は別に構いませんけど。あなた方はどういたします?」


「私も構いませんよ。というか今日はいっぱいバトルしたい気分です。記念すべき初ログイン日ですしね」



 確かに今日一日は複数回バトルをして戦い方に慣れておいた方が良さそうだ。ソウハもバトルが楽しいようだし。


 ……それにいい加減自分の担当アイドルを馬鹿にされるのにもうんざりしていたところだ。ここはカッコよくソウハと共に勝って、あずみさんと自分に謝罪してもらおうじゃないか。



「よし分かった、やろうか。表に出ろこの野郎」


「まあ待て、これを飲み終わってからだ。脳みそ無し男」


「お前、真面目に僕と喧嘩したいのか……?」



 グイっとシューマは紅茶を一気に飲み干す。それと同時にナギサも残りのコーヒーを飲みほした。

 ぞぞっ、ずぞぞぞぞぞ……と隣で柚子茶をすする音がまた聞こえた。






  ◆






「さぁ、やろうか」


「お手合わせよろしくお願いいたしますわ」


 支払いを済ませて外に出たナギサとシューマは傍らに自らのドウルを立たせて向かい合っていた。

 シューマがデバイスを取り出してナギサに対戦申請を送る。ナギサはそれをタップするとお互いの身体が光に包まれ、バトルフィールドへの転移が始まった。



「絶対負けないからな!……さぁ、いこうソウハ!」


「ええ、ナギサ君」



 ナギサの言葉にソウハが涼し気な顔でコクリと頷く。



「さぁ……、おブッパの時間ですわよ!」



 シャルディがなんだか変な言葉を叫んだ気がした。

 ……おブッパ?聞き間違いだろうか。高貴そうな彼女からそんな頭の悪そうな単語が出るとは思えないのできっと空耳だろう。




 こんな感じで、ナギサとソウハのANOでの日々は始まった。

 始まってしまったのだ。

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