第46話十年前⑶

 私は帰宅すると、いつも通りの平凡な日常生活を過ごした。最後に明日の用意を済ませて、眠りにつけば、その日はあっさりと私の目覚めを迎えてくれる。

 ゆっくりしてばかりもいられないため、起き上がると、いつも通りの時間に扉が叩かれた。

「おはようございます、お嬢様。朝食のご用意を致しましたので、お迎えに参りました」

「おはようございます。すぐに向かいます」

 身支度を済ませると、廊下で待っているセミアと対面することとなり、すぐに朝食へと向かった。その道中、セミアは少し不満そうにも伺えるような表情で、本日の動向を話し始めた。

「この度の登校は、予定外であったため、私が同行することができません。申し訳ありませんが、他の者と行動を共にしていただきます」

「私より、優先すべき用件があるということですか?」

「本日に限って言えば、僭越ながらその通りと言わざるを得ません」

「そうですか。では、仕方がありませんね」

 セミアの言葉を聞いた時、驚きながらも、なんとか即座に言葉を捻り出すことができた。セミアにとって、私の監視は特別な意味を持っていることは間違いありませんが、他の使用人であれば、それほど重要視しないかもしれません。

 私は、再び学校でやるべきことを頭に浮かべつつ、残りの時間を過ごした。そうして、車に乗り込み、学校へ向かうことになった。私の隣には、家で何度か見かけたことのある女性が座っている。使用人であることは間違いないですが、会話をしたことがないため、私から話しかけることはできなかった。

 そんな状況で車が走り始めてしまったため、車内はいつも以上に重たい空気感となった。しかし、その中で隣から声がかけられた。

「お嬢様。少しお話しさせていただいてもよろしいですか?」

 二、三度の咳払いの後に聞こえてきたのは、同伴していた使用人の声だった。

「もちろん、構いませんよ」

「ありがとうございます。では、早速ですが学校というものは、楽しいですか?」

「残念ながら、その質問に答えられるほど、私も学校に通ってはいません。ですが、皆さんは楽しそうに過ごされていましたよ。それが、どうかしましたか?」

「あ、いえ。私は学校に一度も行ったことがありませんので、どんなところなのかと思いまして…。では、友達などもできてはいないのでしょうか?」

「そうですね。友達と呼べる存在はいないかもしれません。ですが、…いえ、なんでもありません」

 私は、一人だけよく会話を交わした人物がいると、続くはずだった言葉を制した。危うく、彼女のことを口走ってしまうところだったことを自覚し、緊張感が一気に押し寄せてきた。

 これが誘導尋問だったのかは、わからないけれど、仮にそうだとすれば、使用人全てが私を疑っていることになってしまう。セミアがいないことによる、気の緩みがいつもと違った回答を誘発してしまっていることに恐怖を感じた。それは、気を抜くには、まだ早いということを再確認できた瞬間だった。

 車内には、たわいの無い会話が続けられたが、恐らく問題ないと言える状態で、学校にたどり着くことができた。いつもより早い時間に登校したことにより、校門に混雑は見受けられなかったが、その代わりにある人物がすぐに視認できた。

 壁に背をもたれかけ、本に視線を落とす彼女は、間違いなくトイレで出会した少女だった。私はすぐに目を逸らしたが、横目で見ていると、彼女も私に気付いたみたいで、一歩歩みを進めた。

 しかし、ここで私と彼女に関わりがあることを知られるわけにはいかないため、私は平然と進行を続けた。幸い使用人も彼女には興味を示していない様子だったため、彼女がこれ以上接触してこなければバレることはない。

 そんな私の思考を読み取ったのかどうかは、知り用がなかったけれど、どうにか彼女の踏み出された足は、すぐに元の位置へと戻された。その後は、すぐにその場を去っていってしまった。

 一先ずは事なきを得たことに、安堵しながらも、目的が果たされたわけではない。私は、使用人と共に、教室を目指して歩いていく。

 そうして辿り着いた教室には、誰の姿もなかった。この時間には、まだ誰も来ていないらしい。使用人は廊下で待機しており、私は自分の席の近くまで歩み寄ったタイミングで、教室から退出することにした。

「どうかなされましたか?」

「お手洗いに行きたいのだけど、大丈夫かしら?」

「でしたら、お荷物だけでも置いて行かれた方が良いのでは?」

 私がリュックを背負った状態で戻ってきたことを、不自然に感じた使用人が一つの提案をしてきた。最もな意見ではあったけれど、私はそれを否定した。

「誰かに取られても困りますから、持っていくことにします。お気遣いありがとうございます」

 そう言うと、真っ直ぐ図書室横のトイレへと向かう。使用人は校舎内の設備について詳しくはないため、私が遠い位置のトイレに向かっていても、意見を口にすることはなかった。

 私が、なぜここに行こうと思ったかと言うと、先程校門から去っていく彼女が、こちらの方向に向かっていったことが気になったからです。生徒たちの教室と、図書室がある建物は別になっているため、こちらに向かう理由はほとんどの場合考えられません。

 何かあるのかと思い至った私は、このトイレに向かうことにしたのですが、残念ながら鍵がかけられている個室はなく、誰もいないことがわかりました。

 しかし、使用人が廊下で待機しているため、何もせずにトイレから出るわけにもいかないので、いつもは彼女が入っている一番奥の個室へと入ることにした。

 特に何をするために入ったわけでもないため、適当に時間を使ってから出ようと思っていると、退屈を感じたことも相まって、トイレの蓋が上がっていることに気が向いた。

 彼女は、ここを本来の用途で使用していないため、蓋を下ろして帰ることをしないのかもしれないと思うと、少し不満に感じる程度の感情が湧いた。しかし、彼女以外の方が使用した可能性を考えつつ、一般の方ならこちらが普通なのかもしれないとも思ったため、静かに蓋を閉めた。

 その時、蓋が開かれていた本当の理由を、私は知ることとなった。

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