第45話十年前⑵
私がこの本を読み終えた時、まず思ったことは、この本の内容に全く記憶がないということでした。確実な記憶として、本の装丁には覚えがあるのに対し、内容については私の覚えていることとの類似点が一切存在しなかったのです。
本を読んでもらったこと自体が、かなり前のことだったということを踏まえても、記憶に全く引っかからないというのは、ありえないのではと思い、少し違和感を感じました。
更に内容について意見をさせてもらうとしたら、私はこれで物語が完結しているとは思えませんでした。というより、続きがあるのではと思ったのです。
特に深く考えることではないのかもしれませんが、物語が未完であると思わされた根拠として、一番大きなものは、文字列が並べ終えられた後にも存在する空白のページです。この本には、数十ページほどの空白が存在しており、そのページには、ページ数だけが印刷されていたのです。
それを見つけた時は、物語が未完というより、書物として不完全なものなのかという印象を同時に感じました。しかし、どちらにせよ違和感を拭うことにはならないため、頭の片隅に置いておく程度には気にしていたが、そのうち考えることもなくなっていた。
そんな退屈な日々も半年が過ぎた頃に、セミアから声が掛かった。
「お嬢様。お邪魔させていただいても、よろしいでしょうか?」
それは、ゆっくりと過ごしていた昼過ぎのことだった。セミアが、私の部屋を訪れることは日常的にあったため、特に変わった対応は必要なかった。私は、一言告げてセミアを自室へと迎え入れることにした。
「お邪魔致します。突然ですが、編入の手続きが終了しましたので、最後にあの学校へと向かうのですが、お嬢様も同伴する必要があるみたいなのです。誠に申し訳ありませんが、ご足労いただけますでしょうか?」
今日は少し面持ちが違うとは思っていましたが、まさかの報せに返答が遅れてしまいました。
「…わ、わかりました。少し待っていてください」
「ありがとうございます」
セミアは一言そう告げると、扉が閉められた。その後、私はすぐに着替えと準備を済まして、セミアと共に半年前、一度だけ行った小学校へと向かった。
セミアの言葉が本当なら、私はあの学校を去らなくてはなりません。だとすれば、学校に行くのはこれが最後になることでしょう。つまり、あの写真を渡した方に会えるチャンスも最後ということになります。
この時間帯なら、あそこに行けさせすれば、もしかしたら会えるかもしれない。そんな期待を抱きながら、車に揺られること数分。私たちは、小学校へと辿り着いた。
私たちは、まっすぐ職員室へと向かい、入室するなり担任に声をかけられた。セミアが反応をすると、担任は何かの書類を手にしており、セミアが説明に耳を傾けていた。その様子を見て、私は口火を切った。
「すみません。私、お手洗いに行ってきてもいいですか?」
正直、この話がどれくらいの長さになるかは、予想もつかなかったけれど、終わってしまえば元も子もなくなってしまいます。それだけは、避けなければならないため、会話の始まりで切り出すことにしました。
「承知いたしました。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
セミアは平然と返事をすると、再び書類に視線を落として、担任の言葉に耳を傾け始めた。後退りするように職員室を退出し、廊下を目立たない程度の急ぎ足で抜けて、階段を駆け上がると、図書室横のトイレを目指す。
私が目的地に到着すると、案の定個室が一つだけ使用中になっていた。一通り周囲を確認した後、前回のように隣の個室へと入り、上から隣を覗くと、やはりそこには彼女がいた。
高揚感を抑えながら、私は彼女に声を掛けた。それに反応するようにして、彼女は私に気づいた。前回と違う反応だったため、少し驚いたけれど、その先の話を続けることにした。
私は一旦床に降りて、ポケットからメモ帳と鉛筆を取り出し、平仮名で質問を連ねていき、矢印を下に向けて添えた。
『なぞはとけた?』
メモ帳を切り取って、隣に送ると、矢印の意図を汲み取ってくれたようで、矢印の先に質問の返答を書いたメモ用紙が同じように送られてきた。
『わからなかった』
返答は、喜ばしいものではなかったけれど、文句を言える立場でないことは理解していたため、すぐに新しいお願いをメモ帳に書いて送った。
『このことは、おとなにはなしてはだめ。ぜったい。でも、あなたのしんらいのひとにつたえるのおねがい』
ちょっと長くなってしまい、表現が難しいところがあったけれど、おそらく伝わるだろうと、半分願いながらメモ用紙を送った。
すると、すぐにメモ用紙は返ってきた。
『どうして?』
私もこれについては、この返答が来るのではないかと、予想はしていたけれど、深く説明している時間はない。私は腕時計を見ると、セミアと別れてから既に十分程度が経過していることに気づき、急いで最後の言葉を書いて彼女に送った。
『みんなぞんびにされる。それまもるだから、おとなはしられるかもしれない。でも、あなたがえらぶこどもならだいじょうぶだとおもった』
そのメッセージを最後に送り、私が個室を出たと気づいてもらうため、大きめに音を鳴らしてその場を後にした。正直、伝わるか不安ではあるけれど、これ以上時間をかけることはできないため、ここで去るしかなかった。
トイレを出ると、真っ直ぐ職員室へと戻り、セミアと合流した。遠目から、二人がまだ何か話している様子を見つけて、肩の荷が降りた。急ぎ足を辞めて、近づいて行くと、突然私に話が向けられた。
「スパイスさん。もう、お別れになっちゃうけど、明日最後に登校してくれないかしら?みんなも、もう一度会いたいと思うんだけど…」
担任の口から、その言葉を聞いた時は、こんなことがあるのかと不思議にすら思ったけれど、セミアの顔を覗くと、表情を変えずに私を見下ろしていた。
恐らく二人の間で結論は出たものの、私の意見が聞きたいという段階なのでしょう。そして、私はもちろんこう答えた。
「イキタイデス」
それを聞いて、担任は微笑み、私の頭を撫でながら口を開く。
「そうよね。じゃあ、また明日会いましょうね」
その言葉を最後に、私たちは職員室を後にした。担任とセミアで何を話したのかはわからないけれど、この機会を手放すことはできない。なんとしてでも、明日またあの子と接触して、伝えなければならない。
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