第44話十年前⑴
私はその後、家に隔離されたような状態で留学生活を過ごした。勉強は、セミアが用意した家庭教師に教わることとなったが、これでは日本で学んでいる意味が全く無い。
日々不満を募らせながらも、それらを押し殺してセミアの指示には従った。セミアのことを信頼しているわけでは決してないけど、父との繋がりを持っているセミアに楯突いても良いことは無いと判断した。
つまり、ほとんど監禁状態の私には、父の秘密に近づくようなことは一切あり得なかった。そんな環境で過ごしていたこともあり、次第に謎について考えることが面倒に感じ始めていた。
その中で、私の退屈を埋めてくれたのは、読書だった。そこに行き着けば、あの本に手が伸びるのは当然の行いだった。
本棚で異彩を放つその緑色の本は、私の記憶にも存在する本。しかし、内容は全く覚えていないため、この退屈な時間を利用して読んでみることにした。
大まかな内容はこうだ。
ある小さな村に、農家の家族がいました。その家族には、一人の息子がおり、父親は、その日も息子を連れて畑へと出向きました。
息子は、父の手伝いを進んで行う良い子でした。しかし、その理由は父のためというより、植物に対する愛情でした。畑に出ると、必ず日が暮れるまで植物たちの世話をしていた息子を見て、呆れた表情を浮かべていた父親だが、作業が楽になっていることは事実であったため、次第に気に留めなくなっていた。
息子の植物に対する愛情について感じ取れる行為は、他にもあった。息子は、植物が実を付けると、それぞれに名前をつけて、その頭文字を記していた。出荷前にはきちんと洗い流すようにはしているから問題ないのだが、これについては、少し手間がかかるからやめてほしいと思っていた。
その日も、日が暮れるまで作業を行い、息子に家へと帰るように促した。まだ続けると返事が聞こえたが、父親は息子の手を引いて、強制的に家路へと就かせた。
その道中、同じく農作業を終えた様子の人たちを見つけたため、挨拶がてら声をかけると、なんとも浮かない顔をしていた。
どうしたのかと父親が尋ねると、どうやらその人は、自分が育てた野菜が大量に盗まれたらしい。畑の荒らされ方からして、動物の仕業ではないと断定できたため、人に取られたと感心したと言う。
確かにこの村は決して、裕福と言えるような状況ではないし、空腹に困らされている人も多数存在している。そのため、このような被害が出るのも致し方ないが、農家としては本当に困ってしまう。
その話を聞いて、気の毒だと思いつつも、近くでそんな被害が出たなら、自分も危ないのではないかと考えていた父親は、その時既に息子が姿を消していたことに気づいた。
そこで最初に思い浮かんだのは、息子の異常なまでの植物に対する愛情だった。そんなことはないと思いつつも、若干の疑いを抱きながらも、父親は息子を探した。
家に息子は帰ってきていなかった。そこで、次に向かったのは自分の畑だった。近くまで来ると、畑の前に立ち尽くす小さな影を見つけた。その姿ですぐに気づいた父親は、駆け寄って声をかけた。しかし、返答は帰ってこない。
息子は、一点を見つめるような格好で静止していた。父親もその目線を追うように、畑へと目を向けた。その時、すぐに息子の気持ちに気づいた。
畑の状態は、良好と言っていいものだったが、自分が育てていた野菜が、何者かに盗まれていた。父親は、その場で膝をつくようにして崩れ落ちた。
こんなにも早く被害が出てしまったという事実と、息子が野菜を盗んだのではと疑ってしまっていた愚かさが混ざり合って、言葉では表現できないような感情が湧いていた。
その日は、そのまま家に戻り、家族に事実だけを告げて、父親はすぐに眠りについた。その後、なんとなく目が覚めた父親はまだ真夜中であること確認すると、再び眠りにつこうとした。しかし、その一瞬目に写った光景に違和感を感じた。
父親は、再び体を起こすと、家族が眠る寝床を眺めた。そこで、あることに気づいた。その場に、息子の姿が存在しなかったのだ。慌てた父親は、家族をみんな起こして、状況を説明した。そして、すぐに息子を探し出すため、家から出ると、玄関の前に息子はいた。
何をしていたのかはわかなかったが、手に泥をつけているところを見ると、今日の出来事があったため、畑の方にでも出かけていたようだ。
息子の気持ちも理解できたが、それでも夜に出歩くなど許せれるわけもなく、息子を手短に叱りつけると、息子はすぐに改心したような態度を見せた。その後は、もうやらないと約束を交わしたところで、再び眠りにつくこととなった。
そして、次の日。野菜が盗まれたと言っても、全て取られたわけではない。残った野菜だけでもしっかり育てようと、父親は息子と一緒に畑へと出かけた。気を改めて、農作業を行おうと決めた父親に、その光景は無惨に突きつけられた。
なんと、残されていた野菜も全て、昨日と同じ状態で盗まれていた。父親は、立ち尽くすことしかできず、見開かれていた目が閉じられることはなかった。
そんな父親を尻目に、息子はこう告げた。
「もう、誰も盗まれないよ」
咄嗟に発せられた言葉であったため、意味がよくわからなかった。それに、そんなことを考えている余裕も父親には無かった。
その日の家路は、とても早い時間になった。そして道中、今回は人集りに出会した。何があったのかと覗き込むと、見知らぬ家族が倒れていた。どうやら全員死んでしまっているらしい。
その瞬間、驚きと同時に損傷のないその遺体に対する幾つかの疑問が浮かんだ。とはいえ、一先ず息子をその場から遠ざけることにした。子供に見せるには、あまりにも悲惨な光景だったからだ。
人集りから遠のくように歩いていると、同じく人集りから出てくる人を見つけた。知り合いではなかったが、ちょうど良いと思い、尋ねてみることにした。
父親は、その見知らぬ男に、あの遺体について恐る恐る尋ねてみた。すると、返答は案外あっさり返ってきた。あそこに倒れていた人は、間違いなく死んでいたらしい。それも、何かの毒が原因だと言う。
どういう経緯で死に至ったのかはわからないが、自殺ではないとのことだった。そこまで聞いたところで、あまり深入りはしない方が良いと感じた父親は、息子の手を引くようにしてその場を後にした。
悪夢は、ここから始まった…。
その日を境に、村のあちこちで同じ現象が起き始めた。毒に侵された人々が次々と倒れていく。そして、次第に原因が分かり始めると、村の人々はある結論を出した。
人々を恐怖で震わした毒は、口にした野菜から体内に吸収しているということだった。一体誰がなんの目的で行なっているのかは、解明されなかったが、その結論には様々な根拠が提示された。
次々と上げられる根拠は、確実に納得へと向かわせられるものだった。しかし、その中でついでのように紹介された、ある不思議な点が自分の思考を一瞬で狂わした。
最初の被害者が貯蔵していた野菜に、アルファベットの印があったというものだった。その場で話を聞いていた人の中で、ただ一人だけがその印の重要性に気づいていた。朦朧とする意識の中、父親は家に戻ると、息子が無邪気な表情で出迎えてくれた。
父親は、声をかける間もなく、息子の両肩を鷲掴みにして目線を合わせた。驚いた表情を浮かべている息子に対して、父親は声を絞り出す。
「お前が、野菜に毒を盛ったのか?」
「そうだよ!勝手に取られたら、お野菜が可哀想だもん。お店のお野菜も可哀想だったよ。だから、もう誰も取れないようにしたんだ」
話はここで終わっていた…。
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