第43話十年前➓

 あのカードをセミアが処理したのだとしたら、もう私の手元には戻ってこない。私は自分の油断を悔いた。まさか、こんな直接的な方法を取ると思わなかったとはいえ、最大のヒントであるあのカードだけは、なんとしてでも関与されない場所に保管しておくべきだった。

 後悔に思考を蝕まれながらも、数分の移動を終えて、セミアと共に夕食の場へと辿り着いた。

 そこで現実に引き戻され、視界のピントが定まりはじめた。そこに映し出された情景はいつもと変わらぬものだった。テーブルを囲うように配置された多数の使用人たちが、顔を伏せて私のことを待っている。

 あまり見慣れた光景と表現したくは無いけれど、毎日見ていると見慣れた光景だと言わざるを得ないこの不思議な状況から、あることを思い出した。

 そういえば、あまり気にしていなかったけど、セミアが言うには、ここに全ての使用人が集まっているらしい。私は席に着くまでの間、ずっと周りの使用人たちを見渡していた。そこで、一つ疑問に思うことが現れた。

 セミアに連れられ着席したタイミングで、私は尋ねた。

「セミアさん。ここには、全ての使用人さんが、いらっしゃるのですよね?」

「はい。その通りですが、どうかなされましたか?」

「あ、いえ…。特に大したことでは…」

 おかしい。私はそう思い、何度も使用人たちを眺めるように見回した。しかし、その違和感が拭われることは無かった。

 使用人が全てこの場にいると言うのなら、いるべき人がいないのはおかしい。そう、私を『F』の部屋へと案内してくれた、あの使用人がそこにはいなかったのです。

 考えられる可能性はいくつかあるけど、やはり私と話したことがきっかけで、ここにいられなくなったというこのなのでしょうか…。私はそのことに気づいて、セミアに詳細な質問はできなかった。私は複雑な感情のまま、静かに座って待つことしかできなかった。

 その後、運ばれた夕食を食べ終えると、再びセミアと共に自室へ向かうため廊下を歩いた。その時は、何も喋る素振りを見せなかったが、部屋に辿り着いたタイミングで、口を開いた。

「お嬢様」

 私が返事を返す前に、その言葉は続けられた。

「明日以降、学校へ行くのを控えるようにしていただきます」

 それを聞いた私は、驚きで一瞬頭が真っ白になった。しかし、次の瞬間に考えるより先に言葉が出ていた。

「そ、それはなんでですか?」

「あの場所は、お嬢様にとって相応しくないと判断しました。ただいまお嬢様に相応しい学校を探しております。また、その間の家庭教師については目処がついております」

「私はそんなこと許可した覚えはありません。明日も学校には行きますわ」

「残念ですが、既にご主人様からご許可をいただいている案件ですので、今更変更はできないのです」

 私は言葉を失った。セミアの口から、父の存在が出てきた瞬間、何も言えなくなっていた。その状態の私を見てセミアは、言い放った。

「これが、あなたの運命なのです」

 踵を返すと、すぐに歩き始めたセミアを見つめながら、私は視界が霞んでいくような感覚を感じた。セミアが言い残した言葉の意味はわからないけど、なんとなく理解できた気もしていた。

 結局、私には抗うことすら許されていない。遠ざかるセミアから視線を自室の扉へと移した。部屋に入ると、気力を失ったかのように立ち尽くし、綺麗に整頓された部屋の中で、視線を泳がす。

 そこで目に入ったのは、この綺麗な部屋の中で唯一、若干の埃を乗せた本棚だった。無意識に歩み寄ると、その本棚からは本が抜き取られたという形跡が無かった。何かのこだわりでもあるのかと、並べられた本に無気力な視線を巡らした。

 視線は、私の胸の位置くらいの一番低い棚まで巡らせたところで止められた。特に読みたかったわけでは無かったけれど、無意識に一冊の本を手に取っていた。

 その本は、いつか父と母が二人で読み聞かせてくれた本だった。内容は全く覚えていないけれど、緑地の背表紙に、銀色に輝く文字が並べられたこの本の装丁は特徴的だったため覚えていた。タイトルは、『生贄』。シンプルだけど、それだけに嫌な雰囲気を感じる。それにしても、よくこんなタイトルの本を子供に読み聞かせたものだ。

 私は、ペラペラと本の中身を眺めていくと、あるページを開いた時、何かが舞うようにして、床に落ちた。

 何かと思って拾い上げると、それは手作りの栞だった。とてつもなくシンプルなデザインのその栞には、白い生地に対して、見覚えのある文字で『gaide』と記されていた。おそらく『guide』と書きたかったのだろうけど、これではスペルミスだ。しかし、こんな初歩的なスペルミスをする人が、この家にいたとは思えないけど…。

 とりあえず、その栞は元の場所へと戻し、今から読むにしてはボリュームがあったため、同時に本も本棚へと戻した。というより、今は本を読みたい気分でも無かったという方が正しいのかもしれない。

 私は、ベッドへと歩みを進めると、そのまま倒れ込んで考えを巡らせた。

 その中で、ある考えが降って沸いた。よく考えてみたら、カードに記されていた数字は覚えられないほど複雑ではなかった。更に言えば、本当に今更どうしてという感じなのだけど、実際に今回のようなことが起こってしまった。

 簡単に考えられる要因は、数字以外ところにヒントが隠されていた場合。だけど、あのカードを昨日まで眺めて、それらしいものは一切見当たらなかった。

 でも、仮にそのヒントを既に見つけていたとしたら、あり得ない話と言い切ることはできなくなる。もしかしたら…。

 私は体を起こして、綺麗になった机を見つめた。そこにカードは存在しないけど、視線は自然とそこに集中していた。

 母の言っていた、ペアのカードを見つけられるのを防ぎたかったのかもしれない。そう予想は立てたものの、やはり引っ掛かりは存在した。

 私は、あのカードを机に並べるとき、ペアとなったカードを揃えて置いていた。その状況を見て、たまたまだと思う可能性はあるけど、多分誰もがペアの存在に気づいていると考えるでしょう。

 しかし、その状況でもあのカードを処分したということは、そこに気づいたこと自体は、重大ではないということになる。

 次から次へと起こる現象に、頭を抱えなくてはならない状態は、過度な疲労を与える。その後も、ベッドに寝転がりながら、色々と考えてはみたものの、考えがまとまることは無かった。そしていつの間にか、本日二度目の睡眠へと誘われていた。

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