第40話十年前❼

 学校へは、セミアが同行することになった。セミアと部屋の話をしたあの日から、私の行動は全てセミアが管理し、常に側にいる状況が続いた。会話の対応や、普段共に行動する場合などでは、何も変化は見られないが、どこか私を警戒している様子を感じる。よって、あの日以降に調べられる範囲は、とてつもなく狭まっていた。セミアの監視下にある以上、怪しげな行動はできない。

 家の探索はできないと考えた私は、部屋の中でひたすら日本語の勉強をすることにした。嫌気が差しながらも、定期的にお茶とお菓子を運んでくるセミアの目を掻い潜るためにも、私はこの選択肢を選ぶほかなかった。

 そのおかげで、簡単な会話程度であれば、可能な状態まで学べることができた。と言っても、挨拶を交わしたり、端的に自分に関する説明ができるほどのものなので、会話が成立するかに関しては、相手側次第となってしまう。

 学校付近で車を降りると、既に色とりどりのリュックを背負った子どもたちが、列を成して登校していた。あのリュックはランドセルと呼ばれるものらしく、ファッションとして利用する人も少なくないという話を聞いたことがあるわ。そんな数人の子どもたちを目の当たりにして、セミアに監視されている状態ということを抜きにしても、緊張してしまう。

「それでは、参りましょう」

 セミアはそう言うと、私が返事する間もなく歩き始めた。今日のセミアは、カジュアルかつ、庶民的な服装に身を包み、私の母親として振る舞うための配慮をしてくれている。いつもは、スーツかメイド服を着ているため、若干の違和感が感じられる。それに、どう見ても母親に見えるような年齢ではないでしょう…。

 そのままの足で校門を通り抜けると、周囲で生徒たちが騒がしく私たちに注目していた。彼らにとっては、私の金色の髪や、青色の目は珍しいことこの上ないため、致し方ないのかも知れませんが、あまり気分のいい状況ではありませんでした。

 そんな中でも、セミアは普段通りの良い姿勢のまま、迷うことなく目的地へと向かっていた。セミアは、自分が注目なれていることなど、一切興味を示しませんでした。

 そうして、職員室に辿り着き、一人の女性が私たちに歩み寄ってきた。その教師は、これから私が担任として接することになる人物だった。

「おはようございます。アンリサイドさんで、よろしいのでしょうか」

「はい。これからお世話になります。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 何やら日本語で、セミアとの会話が始まったみたいなのだが、自然なイントネーションではうまく聞き取れなかった。頭上に疑問符を浮かべて悩んでいると、教師が私の目線の位置に顔を合わせるようにして、しゃがみこんだ。

「おはようございます。今日からよろしくね」

「…ヨ、ヨロシク」

 必死に返事をしたが、少し詰まってしまった。すると、教師は笑顔を返して、再び立ち上がった。

「すみません。この子はまだ、日本語がうまく話せないんです。なので、ある程度は先生の方で、クラスの皆さんに紹介していただけないでしょうか?」

「そうだったんですね。もちろん、大丈夫ですよ。どのような紹介をすれば良いのでしょうか?」

 また、何か会話が始まったようだ。セミアの使う日本語は何度か聞いたことがあり、今日も何度か聞いているため、さっきよりはなんとなく単語が拾えた。しかし、まだどんな会話をしているのか検討もつかない。

「そうですね。日本語がほとんど話せないので、会話は英語でお願いしたいのと、少し忙しい日が続きそうなので、あまり用事等に誘わないようにお願いします」

「そ、それは…。大変そうですが、せっかくの留学なのに、それでは勿体ない気がするような…」

「問題ありません。それで十分目的は達成されるので」

 二人の会話について、全てがわかったわけではないですが、拾えた単語と女性の困った表情を見て、なんとなくまずい状況であることだけは感じ取れた。私は、割って入るようにして、口を開いた。

「ワタシ、ニホンゴスコシ、ダイジョブ。ダカラ、ナカヨク」

 そう言うと、教師の表情は即座に明るくなったが、セミアの表情に関しては、見られずにいた。やはりセミアは、私が他人に近づきにくい状況を作ろうとしていたみたいだ。それがわかれば、尚更セミアの顔は見られない。

「スパイスさんもこう言っていることですし、自己紹介の内容は改めてみてはどうでしょうか?」

「そう…、ですね」

 力のない返答をセミアから聞き出すと、早速教師の女性は、私に何を伝えてほしいか尋ねてきた。

 私は辿々しい日本語を紡ぎ、自分が日本について学ぶためにここに来たことと、日本人の父とアメリカ人の母を持つハーフであることから、ある程度日本語での会話が可能であると説明した。私が即席の日本語を話していることを知っているセミアは、その場で否定できたはずでしたが、そのような様子は見せなかった。

 最後にみんなと仲良くしたいと付け加えて、私の話を理解した教師により、この会話は幕を下ろす結果となった。

「わかりました。ちゃんと伝えるからね」

 そう言って、笑顔で頭を撫でる教師に対して、反射的に笑顔で返していた。その後、教師に手を引かれるようにして、すぐに教室へと案内された。振り向くことはできないが、足音を聞く限り、セミアもしっかり着いてきている。

 教室に辿り着くと、『少し待ってて』と言い残して、先に教師だけが教室に入っていった。この現象から導き出せる状況は、廊下に私とセミアが二人きりになってしまったというものでした。

「お嬢様。勝手な行動をされては困ります」

「…ごめんなさい」

「いえ。以後、お気を付けていただけるのであれば、問題はありません。勉学にお勤しみください」

 静かな廊下で、唐突なセミアからの注意を受けてしまった。このような状況なら、当然と言えば当然でしょうが…。それにしても、なぜここまで私が他人と接することを警戒しているのかしら。もしかして、私の考えがバレてしまっているのかも…。でも、それならそもそもここにはいられないはずよね。

 そんな思考を巡らせていると、教室内から足音が近づいてきたことに気づいた。扉が開かれ、さっきの教師が私を見つめていた。私は、誘導されるがままに教室内へと入室した。すると、微量のざわめきが起こり、クラスメートの視線は、当然私へと集中する。

 数歩歩いたところで、教師の隣に位置取ると、その場で足踏みをするよに左を向いた。クラスメートたちの様子が一望できるその眺めに、すぐさま目を逸らした。俯きながらも、名前だけは名乗ることができた。名前だけ伝わればいいと思っていたが、英語で名乗ってしまっため、続けるように挨拶を日本語で述べた。

 その後のタイミングで、教師がクラスメートに向かって、話を始めた。どうやら、先程お願いした私の説明をしてくれているようだった。

 教師が簡単な説明を終えると、聞き取れない言葉と共に『何か言いたいことがありますか?』と言いたげな視線を私に向けていた。私は、首を横に振って、自分の意思を伝えた。

 そこで、私の紹介は終わりとなり、指示された空席に向かって歩いた。その時は、クラスメートやセミアの視線を気にしないようにするため、ただ姿勢を正して歩くことだけを考えていた。

 しばらくすると、チャイムが鳴り響き、初めての休み時間を迎えた。私は、用意するように言われていた物に、名前でも書いておこうと机に並べていた。すると、一声女の子に声をかけられたことをきっかけに、大人数が私の周りを囲い始めていた。

 興味本位であることは間違いないでしょうが、予想以上に積極的な対応に少し嬉しさを感じた。これなら、秘密を共有できる関係を築くのも予想より早いかもしれないわ。

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