第39話十年前❻
私はその言葉の意味を、即座に理解することができなかった。数秒の間を空けて、セミアに対して口を開く。
「で、でも、他の部屋にはたくさんアルファベットがあるわ。だから、どこかにあるんじゃないのかしら?」
震えた声でそう言い放つと、セミアはさらに表情を曇らせた。
「私たちは、役目上全ての部屋を把握しておりますので、見逃しということはあり得ません。ご期待に添えることができず、申し訳ございませんでした」
「いいえ、いいのよ。ごめんなさい、急に変なことを言って…」
私は、そう吐き捨てるようにして、その場から離れることにした。俯いきながら歩き始めた私を心配したのか、セミアが一言何か言っていた気がするが、その時の私には何も聞こえなかった。
そんな状態のまま、自分の部屋まで辿り着き、室内に入ったところで自分の考えを一度整理してみようと試みた。
私は、間違いなく謎の解明に近づいていると思っていた。しかし、自身の考えにおいて一番重要な部屋が存在しなかった。つまり、また一から考え直す必要があるということになる。その結論に達した私は、思わず肩が落ち、ため息を溢す。
そんな中、事実の部分で希望に転じるものもいくつか存在する。まずは『F』の部屋が入室できることと、そこで見つけた傷。これは、何かのヒントになる気がする。そして、もう一つは、『A』の部屋で見つけた、床に記された棒状の印。これが何かはわからないけれど、全ての部屋に該当することではないことから、何か理由があるのかもしれないと予想できる。
もう少しで謎の解明に達するところまでは来ているのかもしれないけれど、やはり今までの考えは捨て置かなくてはならないのかもしれない…。
しかし、そこである一つの疑問が浮かんだ。本当に『E』の部屋だけが無いのでしょうか?この疑問は、セミアを疑っているという意味ではなく、私にとって重要である部屋だけが存在しないのは、逆に怪しむべきところなのではないかというものだ。
仮に、なんらかの理由で隠されていると考えれば、私の考えが適していることになるのではないでしょうか。
そうは考えたものの、あまりに希望的観測すぎる思考であることに気づき、ごく自然にため息が溢れる。あまり、自分を信じすぎるというのも良くないのかもしれないわね。
そんな時、部屋の扉がノックされ、誰かが部屋を訪れてきたことを報せた。私は咄嗟に端的な返事をした。
「はい」
「セミアです。お食事のご用意ができましたので、食堂までご案内に参りました」
「わかりました。少々待ってください」
「承知致しました」
扉の外にいたのは、セミアだった。私は、身なりを正してから、扉を開けて廊下へと出た。そこで、セミアを見上げたところで、一言を告げる。
「お待たせしました」
「とんでもありません。では、参りましょう」
一度お辞儀をして、顔を上げたセミアは、進行方向へ左手を仰がせると、姿勢良く歩き出した。私もその後を、最大限姿勢を正してついて行く。静かな廊下を歩いていると、唐突にセミアが口を開いた。
「お嬢様、先程のお部屋の件ですが…」
「え?あぁ、あなたは気にしなくていいのよ。そんな大したことじゃないから」
「いえ、そうではなく」
セミアにしては、歯切れの悪い会話が続き、不思議に感じた私は、直接的に聞いてみることにした。
「どうかしたの?」
「…失礼ながら、お聞かせ願いますでしょうか。なぜ、お嬢様は『E』の扉をお探しになられていたのですか?」
その質問は、確実に私の心臓は鼓動を早めた。セミアの表情が見えないため、どういう意図で問われているのかが、全くわからないけれど、返答には細心の注意を払う必要があると思われる。既に数秒の間は空いてしまったが、意を決して返答する。
「さっき、この家を見て回っていたってことは言ったわよね。その時、アルファベットがある部屋を見つけて、全部見て回りたかったのだけど、『E』が見つからなかったの。それで、探していたのよ」
「…そうでしたか。それは、残念でしたね」
そう言ったセミアに、言葉以外の反応は一切見られなかった。意外にも単純な返答と、態度だったため、私は呆気に取られた。
「お父様は、謎解きがお好きだと聞いたので、少しこの家に興味を持ってしまいましたわ」
緊張が解れた私は、いつの間にか言葉を発していた。すると、セミアの歩みが止められ、振り向くことなくセミアが続けた。
「香士郎様が、謎解きを好んでいるとお聞きになられたのですか?」
「え、えぇ…」
「どなたから、お聞きになられましたか?」
「…使用人の方ですわ」
何か、先ほどとは違う雰囲気が漂い始めた中、繰り返される質問に、私は恐怖に似た感情を抱き始めた。
「お名前はわかりますか?特徴でもよろしいのですが」
「ごめんなさい。お名前は聞いてませんわ。特徴も、他の使用人との違いは特にありませんでしたし…」
名前を聞いていないのは事実でしたが、なんとなく感じた違和感に、特徴を告げてはならないと思い、言葉を濁した。
「そうですか…。何度も質問を繰り返してしまい、申し訳ありません。さぁ、食堂へと向かいましょう」
再び歩き始めたセミアは、華やかな声でそう告げたが、こちらに表情を見せることは最後までしなかった。先程のやりとりの中で私は、何か間違えてしまったのでしょうか…。不安で、立ち尽くしていると、遠のいていくセミアの背中に、変わらず違和感が漂っているように感じた。父の秘密について、セミアは何か知っているのでしょうか…。
その後も、私は独自に家を探索したが、得られるものは何もなかった。結局、謎の一切を解くことなく、日本の学校へ登校する日が来てしまった…。
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