第37話十年前❹

「はい。それぞれの扉に明記されているのですが、どういったものなのかが全くわからないのです」

 扉にアルファベットが明記されている…。父が謎解きを好んでいたという事実と合わせて考えれば、何かの暗号が隠されていると思うべきなのでしょうが、アルファベットがあるからといってそれに意味があるとは限らない。更に言えば、暗号だったとしても、ヒントが無ければ謎解きにすらならない…。

 私が悩んでいると、使用人から新たな情報が飛び出した。

「それと、もう一つ。アルファベットの明記がなされた部屋の内、一部屋だけ開閉が可能なものが存在いたします」

 それを聞いた私は、反射的に誰もが思い抱くであろう質問を投げかけた。

「それは、どこ?」

「一階にある『F』と明記された部屋でございます。しかし、その部屋には見た限り何もないようでした…」

「案内して頂戴。私が確認するわ」

 使用人が言い終える前に、提案すると、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに表情を正し、案内を開始してくれた。

「承りました。どうぞ、私についてきてください」

 使用人が歩みを階段の方へと進めると、後をついていく形で私も階段の方へと歩き始める。ここへ来たときは、いろいろと考えていたということもあり気づかなかったが、確かにアルファベットが扉に明記された部屋が多数存在していた。

 二階を少し歩いただけでも、複数確認でき、一階に降りた後も、いくつか見受けられた。そして、数分歩くと目的の部屋へと辿り着いた。

「こちらの部屋が、一つだけ開くことができた部屋になります」

 使用人が掌で示した部屋には、確かに『F』という表記がなされており、ドアノブを捻れば扉を押し開くことができた。

 押していけばどこまででも開いていきそうな扉をゆっくり開き、中を覗き見てみると、そこには殺風景な一室が姿を現した。中に配置されている家具は必要最低限と言えるような少なさで、使用人が言うように特別何かある雰囲気ではなかった。

 それでもせっかく来たのだからと部屋に入り、中を見て回ることにした。使用人は、廊下側に体を向けた状態で出口の扉を押さえて、私が出てくるのを待ってくれている。振り返り、その様子を見ていると、なぜかドアノブが外側にしか存在しないことに気づいた。その理由はわからないけれど、それで使用人は扉を押さえてくれているみたいだ。

 そんな変なところは存在したが、部屋に関しては全くと言っていいほど何も無かった。机の引き出しを見ても、ベットの下や、クローゼットの中を確認しても、怪しいものどころか何も入っていない。一体この部屋はどのような理由で作られていたのでしょうか?

 ため息を吐きながらも、変なものが出てこなくてよかったと安堵した私は、ふと部屋に入ってくる西日に、目を細めた。窓からは、夕日が差し込み、部屋を橙色に染め上げていた。綺麗なものに引き寄せられるようにして、窓へと近づき、窓越しに夕日を眺めた。

 すると、何か窓に変わった傷のようなものがあることに気づいた。これが何かはわからないが文字のようにも見えなくもない。よく見てみると、それが日本語の文字だということに気づいた。難しく書かれたものはわからないけれど、そこに続く文字には見覚えがある。早くもさっきの勉強が役立つとは、やはりやっておくべきは勉強ということですね。

 私はカメラを取り出しシャッターを切る寸前、念のために消音にしてから撮影することにした。このことに使用人や、他の人物は気づいていないみたいだったため、重要だった時のための配慮だ。

 背伸びしてようやく見えるような位置にあったため、若干苦労したが、なんとか読めるほどの画質で撮影ができた。振り返っても、使用人は扉を押さえて、廊下の方を向き、俯いていた。

 私は、その後も部屋の中を見て回ったが、それ以上のことは何も得ることはできなかった。部屋を出ると、使用人から「どうでしたか?」と聞かれたが、何も無かったと伝え、その場を後にした。

 自室の前まで来たところで、付き合わせてしまった使用人に一度お礼を伝えることにした。

「案内してくれてありがとうございます。それと、付き合わせてしまって申し訳ありません」

「とんでもございません。こちらこそ、お嬢様とご一緒させていただき、嬉しく思います。それと、無理なさらず自分に合ったお言葉遣いで大丈夫ですよ、お嬢様」

「えへへ…。ありがとう」

 なんとなく傷つけられる気遣いですが、確かにそちらの方が自分的にもしっくりくる。部屋に入る前に使用人に別れを告げ、久しぶりに一人になると、ここに来るまでずっと調べたかったことを調べることにした。

 私はパソコンの筆記機能を利用し、『F』の部屋で写真に収めた日本語を、英語翻訳する。どうやら、この日本語は『順序よく』という意味らしい。

 これがヒントということなのだろうか。アルファベットと順序よく。ここから、私に考えられた可能性は、何かによって決められた順番に部屋に訪れれば、扉が開くというものだった。

 しかし、その順序というのがわからない。これをヒントとして考えるのは無理があるのだろうか…。悩むことに疲れた私は、机に突っ伏した。顔を横に向けると、見えてくるのは机に並べられた五枚のカードだった。

 そこで、あることを思い出した。そういえば、私は最近『F』から始まる特別な単語を聞いたのだった。

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