第36話十年前❸

 しかし、重要であることがわかったとしても、この謎が解けない限り、その事実が意味を持つことはない。

 セミアが去った後、紅茶を片手に、机の上に並べた五枚のカードを眺めた。見れば見るほどただの数字であること以外、思考の余地は感じられなかった。

 立ち尽くしていると、カップから漂う湯気が、紅茶の香りを運び込んでくる。カップを鼻の近くまで運び、香りを吸い込むと、一口啜る。期待通りのすっきりとした、渋みの少ない味わいは、いつも私が家で飲んでいたものと同じだった。

 この紅茶は、恐らくセミアが淹れてくれたのだと思う。家で飲むときも、セミアがいつも淹れてくれていたので、味をみればすぐにわかる。いつもの味で一服いれたことにより、なんとなく、気分が落ち着いたように感じる。

 急な環境の変化や、父の秘密を知ってしまったことによる焦りで、どうやら冷静さを欠いてしまっていたのかもしれない。私は、よく大人びていると言われるがそんなことは決してない。周囲に求められるような振る舞いを意識し続けた結果、そういう印象が持たれる人間になっていただけだ。

 そんな言い訳じみた関係のないことを考えられる程度に、今の私はリラックスしていた。そんな状態で机を再び見下ろすと、一つ気づいたことがあり、一枚のカードを手に取った。

「これは…」

 私は、他のカードにも一枚ずつ目を通していき、そうして目当てのカードを見つけ出した。

「やっぱり、そうだわ」

 手に取ったのは、『02』のカードと、『6』のカードだった。その二枚のカードを手に取った理由はただ一つ。そのカードには、他のカードには存在しない共通点があったからだ。

 その共通点というのが、『02』のカードには、右側に何やら縦線のようなものが記されており、『6』のカードには、左側に同じような印がされていた。

 私は、その二枚のカードを印が接するように並べて置き換えた。すると、長さが全く同じで、カードの角を合わせればしっかりとくっつくようになっていた。更に言うと、ただの線だと思ったそれは、横線のようなものも薄らと存在し、結果的に十字架に似た形に姿を変えた。

 そこでようやく、母の言っていたことが理解できた。

「組み合わせになるカードがあるって、これのことだったのね」

 状況的には、一歩前進と言える状況だが、謎に結論は出ていないため、まだ悩む必要はあるらしい。とりあえず、カードを持ち出すのも面倒なので、カメラに収めて、印刷しておくことにした。

 いくら今考えても、日本語が必要だということがわかっている以上、閃きに頼ることもできない。ここは大人しく、地道な努力を重ねることにする。

 日本の学校に通い始めるまで、まだ数日残っている。その間に、日本語を勉強して、簡単なコミュニケーションぐらいは取れるようにしておきたい。でないと、ここに来た意味すら失われてしまう。

 そう意気込んで、教材に向き合ってはみたものの、その集中力は一時間も保たなかった。私にとっては、三時間以上訳の分からない言葉と対峙していたと感じる程の疲労感だったが、時刻は無常な現実を突きつけてくる。ため息もほどほどに、気分転換として、この家を見て回ることにした。

 扉を開けると、静かな廊下がただただ伸びているだけの風景が視界に入った。廊下へと歩み出ると、私は静かに扉を閉めた。

「どうかなさいましたか?お嬢様」

「わ⁈」

 急に声をかけられてしまい、驚きで心臓が飛び出すかと思ったが、声の主が使用人だと知り、ホッとした。

「私、この家を見て回りたくて」

「そうでしたか。それでは、私がご案内いたします。どこか行きたいところがあるのですか?」

 丁寧でかつ、親切な申し出ではあるが、それには及ばないというのが私の意見だったが、もしかしたら、多少なりとも情報が聞き出せるかもしれないため、会話を続けた。

「それじゃあ、父の部屋を見せて欲しいのだけど、どこにあるかわかるかしら?」

「香士郎様のお部屋ですか?」

 不思議そうな使用人の顔を見て、質問が流石に安直すぎたことに気づき、後悔しながらも、静かな廊下で使用人の言葉を待った。

「申し訳ございません。香士郎様のお部屋は、私たちも場所がわからないのです」

「無いんじゃなくて、わからないのですか?」

「はい。どこかにあるという話なのですが、私たちも行き方がわからないのです」

「行き方がわからない?この建物の中にあるのですよね?」

「はい。間違いなくこの建物内にあるはずなのです。しかし、その部屋に行けるのは、香士郎様とセシリア様だけだと伺っております」

 連続で質問を投げかけた結果、ほとんど前進しなかったため、直接聞いてみることにした。

「それじゃあ、あなたに何か心当たりはあるのかしら?」

「心当たり、ですか?ふふふ、やはりお嬢様も謎解きがお好きなのですか?」

「…そうでもないけど、謎解きが何か関係あるの?」

 質問に質問で返されたことにより多少動揺し、一見関係のない内容であったため、とりあえず答えておき、更に質問で返した。

「香士郎様も謎解きがお好きなのです。その影響なのかもと思いまして、ご質問させていただきました。スピカ様の子どもらしい一面が見られて、とても嬉しく思います」

「や、やめてください…」

 この頃、言葉遣いが雑になることがあるのは気づいていたけれど、これ治せないのよね…。恥ずかしくなって、顔を逸らしてしまったが、使用人は本題に戻って会話を再開させた。

「それで、心当たりでしたよね。残念ながら、初めに申した通り、私では思い当たる節すらありません」

 そう言うと、使用人は頭を、私の目線より低く下げてお辞儀をした。話を聞く限り、使用人に父の部屋を知るものはいないのだろう…。

 そんな絶望感を感じていると、使用人が『ですが』と続けて口を開いた。

「皆も私も、気にしていることはございます」

「それは、何なのかしら?」

「このお屋敷には、開かない扉が沢山ございまして、その全てにアルファベットが振り分けられております」

「アルファベット…?」

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