第32話十年前③
紫織との不思議な会話を終えると、俺は自室に戻り、机へと向かった。それまで、深くは考えていなかったが、動きを止めた途端、紫織との会話が蘇った。
一体あれは、どういう意味だったのだろう。本を読むのが好きとはいえ、あそこまで影響されているところは見たことがない。それに、紫織の異変は発言だけではなく、手の震えや、表情からも窺えた。何かあったのだろうか…。
考えを巡らす俺は、机に頭を乗せて突っ伏した。そこで、机に並べられている教科書が目に入り、本来の目的を思い出した。
そうだ。宿題を済まさなくてはならなのだった。俺はランドセルから、ノートを取り出し、再び机へと向かった。
何があったかはわからないが、質問に対しては、正しい答えで返答出来たわけだし、問題は無いだろう。ゾンビなど存在するはずがない。それは、紫織も理解の及ぶところのはずだ。あれは、中々年相応の態度を取らない紫織が見せた、単なる子どもらしい一面だったのかもしれない。ゾンビに怯えて手を震わすほど怖がるとは、可愛いところもあるというものだ。
それからしばらくすると、母親が帰宅した。母は、夕飯を作り終えると、食卓にはつかずに再び家を出て行った。
いつもの光景といえば、その通りだが、少し寂しい気持ちも無いと言えば嘘になる。そして、それは紫織も同様である。紫織が本を読んでいるのは、その寂しさを紛らわすという意味も含まれているのかもしれない。少なくとも、俺はそう思っている。
食卓には、二人で対面になるように座った。会話はなかったが、紫織の表情は帰宅時より幾分か良好な状態になっていた。やはり、心配するようなことではなかったらしい。その安心感だけで、今日は寂しさも紛れる。
俺たちは食事を終え、風呂を終え、寝支度を済ませると、それぞれの部屋で眠りにつく。俺は、ベッドに寝そべり、天井を眺めながら、ふと考えてしまった。
もし、紫織が言うようにゾンビが実在したら、俺はどうするのだろう。人を助けたりとか、勇敢に戦えたりするのだろうか。いや、それは俺に向かない行為かもしれない。
俺ならきっと…。
・・・・・
目覚ましが鳴り響き、俺は目を覚ました。目覚ましを止めると、欠伸を一度挟んだあとで、ベッドから降りた。目を擦りながら、自室から出ると、玄関の扉が開かれる音がした。
「いってきまーす」
続いて聞こえてきたのは、紫織の声だった。まだ、学校に行くには、時間が早すぎる気もしたが、何か用事でもあるのだろうか。
リビングに向かうと、母が朝食を準備している様子だったので、テーブルに向かい、昨日と同じ位置の椅子に腰掛けた。
「あら、起きてたの?それなら、挨拶くらいしなさいよ」
「おはよー」
俺の挨拶を聞いた母は、ため息をこぼしながら、朝食の準備を再開した。ぼーっとテレビを見ていたが、あることを思い出したので、なんとなく聞いてみることにした。
「そういえば、紫織は今日早いんだな。何かあんの?」
「さぁ?なんか、友達と話したいことがあるとか言ってたけど、よくわかんなかったわ」
「へー、早起きして友達とね」
確かに早起きするほどの用事とは思えないし、よくわからないな。もともと理解し切れる相手ではないため、致し方ないのかもしれないが…。
俺は、いつもの時間に家を出て、登校した。毎日同じ時間と、同じ顔ぶれで学校へと辿り着き、校門にいる教師ともいつも通りの挨拶を交わして、教室へと向かう。
その途中で、何やら賑やかな教室を一つ見つけた。何を騒いでいるのかわからなかったが、その教室が、自分の教室であることは遠目からでも理解ができた。
何やら楽しそうだが、何が起こっているのかはさっぱりわからない。それほど気にはならなかったため、塞がれた手前の扉からではなく少し遠回りをして、奥の扉から入ることにした。
俺は、通り過ぎる最中、窓から賑やかさの原因を見てみることした。そこで目に写ったものは、かつて一日だけ見ることができた、輝かしい金髪だった。一度見れば、忘れるはずがないほどの輝かしいそれは、紛れもなく蒼い瞳をした彼女のものだった。
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