第30話十年前①

 小学校生活も三年が経過し、四年目へと突入しようとした今年。クラス替えにより、メンバーが入れ替わったことが、クラス中に高揚感を高めていた。

 とはいえ、俺たちの学年はクラスが二クラスしか無いため、顔ぶれにそれほど代わり映えはしない。見知った顔が、隣やその他周囲に散りばめられただけで、喜べるのだから、教師たち的には、安上がりで助かるといった具合だろうか。

 そういう自分も、毎年のことであるにも関わらず、去年と面持ちが多少変わるだけで、少し気分が浮ついた。

 教室内に広がる小学生らしいざわめきは、担任の一言によって制された。

「はーい、静かにしなさい」

 担任は去年も俺たちの学年を受け持っており、俺は二年連続で同じだ。これも、代わり映えしない要因の一つだろうが、そんなこと今はどうでもいい。

「皆さん進級おめでとうございます。無事に四年生になってもらえて、先生は嬉しく思っています。それで、早速だけど、今日は新しい友達が来てくれてます」

 冗談のつもりなのか、義務教育の進級を喜ぶ担任の口から飛び出したのは、漫画やアニメでしか聞いたことのないような言葉だった。直接的な表現ではないが、ここまで言えば次の展開は小学生レベルの思考でも予測できた。

 言葉に続くように、担任は教室の扉へと向かい、締め切られていた入口を開け放った。すると、そこから見知った面々とは違い、見たことのない少女が入室してきた。

 彼女は、金色の髪を靡かせ、モデルと見間違えるような姿勢で教壇へと向かうと、蒼く輝く瞳をクラスメートへと向けた。

「My name is Spiceスパイス Henrisideアンリサイド.コレカラ、ヨロシクオネガイシマス」

 流暢な英語は、彼女の名前を俺たちに伝え、片言の日本語がその後に続いた。

「アンリサイドさんは、日本に関する知識を学ぶために一年だけ留学生として、この学校に通うことになりました。アンリサイドさんは、日本人のお父さんとアメリカ人のお母さんとのハーフなので、簡単な会話であれば、日本語でやりとりができます。たくさんお話をしてあげてください。あ、でも、その時は少しゆっくり話してあげてくださいね。

 えっと、ここまでが、アンリサイドさんから伝えて欲しいとお願いされたことなんだけど、他には大丈夫?」

 担任が問いかけると、彼女は、無言のまま頭を上下に振った。どうやら、スムーズに進行するため、挨拶で言っておきたいことを先に担任へと伝えておいたらしい。

 俺は、担任の指示で、空席になっていた椅子に着席するまで、綺麗な姿勢を保っていた彼女を、無意識に目で追っていた。

 その日は、休み時間になるたび彼女を囲むような人だかりが出来上がり、終いには隣のクラスからも一眼見ようと集まってくるまでに、彼女は人気を見せつけた。

 一躍刻の人となった彼女は、周囲から集まってくる同級生を迷惑そうに感じることなく、笑顔で受け入れた。

 そんな中俺はというと、人集りの中心にいる彼女に近づくことなど出来るはずもなく、次々と入れ替わりながら会話を楽しむ同級生たちを遠目から眺めていた。

 一向に減らない人集りを眺めていることに退屈を感じ始めた頃、机に項垂れるように寝そべると、偶然廊下へと視線を向けていた。そこには、扉に姿を隠すようにして教室内をみつめる、スーツ姿の女性が立っていた。

 最初は怪しいと感じたが、みつめる先を目で追うと、なんとなく状況が理解できた。恐らくあの女性は、アンリサイドさんの付き添いのような存在なのだろう。

 どうやら彼女は、俺たちとは住む世界が違うらしい。どうりで近づくことすらできないわけだ。そんな皮肉めいたことを、心中で呟きながら、その場は眠りについた。

 桐堂春希、十歳、春。クラスに転校生がやってきた。しかし、彼女はその日以降、学校に来なくなった…。


・・・・・


 彼女が、学校に来なくなってからすでに半年が経過した。始めは担任も『家の事情で来られない』と、曖昧な説明を繰り返して伝えていたが、いつしかそれすら口にしなくなっていた。

 同級生たちも、最初からいなかったかのような口ぶりで、笑い合っていた。そんな会話すら無くなったとき、彼女は本当にいなかったのではないかと思えるほどに、自然に時が過ぎるようになっていた。

 当の俺自身も、彼女の存在が疑わしく感じていた。そもそも、彼女がこんな平凡な学校に、転校してくること自体が、あり得なかったのだ。彼女は、文字通り住むところが違うのだから。

 そんなことを思いながらも、俺は彼女と一度も会話ができなかったことを悔いていた。負け惜しみのような言い訳を、毎日のように自分へ言い聞かせながら、本音は彼女の登校を待ち望んでいた。

 そんな心境で、まともな学校生活など送れるはずもなく、俺は毎日を自堕落に過ごしていた。

「何、ボーッとしてんだよ。春希」

「え?あぁ、ボーッとしてた?」

 声をかけられてようやく存在に気づけたのは、クラスメートで幼馴染の嶋田しまだ正孝まさたかだった。

「お前、最近ずっとそうだな。そんなに、あの転校生が気になんの?」

「そんなんじゃ、ねーよぉ〜」

 俺は、全力で背もたれにもたれかかり、海老反りになりながら、覇気のない返答をした。それを見た正孝は、ため息混じりに、声かけた本題へと移った。

「お前がそう言うならいいけど。そんなことより、休み時間になったし外でサッカーやらね?みんなもう、外に出てるからやるなら来いよ」

 そう言い捨てるように、正孝は教室を後にし、廊下を駆けて行った。誘ったなら、返答ぐらい聞いていくのが筋のような気もしたが、特に行かない理由もないので、俺は正孝を追うように、教室を後にした。

 グラウンドに向かうにあたって、まずは靴箱で靴を履き替える必要があるため、一階の玄関を目指して、階段を駆け降りていく。俺たち四年生の教室は三階に位置しているため、一階に降りるだけでも多少労力を消費する。

 とはいえ、疲労を感じるほどでもないため、その時はいつも通り、一段飛ばしで駆け降りていた。しかし、踊り場を越え、二階に足を踏み入れた時、その足が止められた。

 俺は、階段を降りていく最中、廊下の窓から見える反対側の校舎で、あるものが目に入った。ただ、一瞬見えた程度のことだったため、もう一度しっかりと確かめるため、足を止めて、同じ場所を見てはみたが、残念ながら見間違いだったようだ。

 確かにその時、金色に輝く髪が見えたような気がしたが、考えてみれば、彼女が学校に来ているはずがないため、当然見間違いという結論に至った。疑問が解決したところで、再びグラウンドを目指すため、俺は階段を駆け降りた。

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