第25話洋館2F⑦
この部屋から出た後の選択肢は、考えられるだけで三つある。
地図を見る限り、扉を開けて正面に一部屋、通路に出てきて、奥へと進んだ先にもう一部屋存在することがわかるため、その部屋を探索する。そして、もう一つは、来た道を戻るようにして、化け物が入っていった部屋周辺のいずれかを探索する選択肢だ。
しかし、その場合危険度の高い三つ目は、選択肢から取り除いて問題ないだろう。よって、二つから選ぶことになるが、この二択なら部屋から出てすぐ近くにある正面の部屋を探索するのが無難だろう。
俺たちは扉を開けた後、危険要素がないかを確かめてから、廊下へと出てきた。扉を閉めると自動で施錠された。その後は、予定通り正面の部屋に入るため、ドアへと近づいていった。
その時、天井でチカチカと点滅していた蛍光灯が、扉を照らすと、何かが光を反射させるようにして輝いた。
俺はドアノブに触れる前に、それが何かを確かめようと、ライターで照らすと、それは何かの液体だった。
それが何かはわからないが、水などといった単純な答えはすぐに排除された。その液体は、糸を引くようにして、ドアノブから床へと垂れていた。それに、異様なまでの腐臭も嗅ぎとれた。そこまで気づければ、なんとなくだが、思い当たる節がある。
ゾンビを吸収する化け物が、触手を使用する時、ねっとりとした水音が聞こえていた気がする。もしかしたら、その類のものかもしれない。
できれば、危険が及ぶ箇所は避けて探索したいと思った俺は、スピカに提案する。
「向こうの部屋へ行こう。ここは危険かもしれない」
「そうみたいね」
部屋を退出後の探索場所に関しては、相談していなかったが、スピカも俺と同様の考えを抱いていたようだ。そして、新たな提案にも特に意義を申し立てることはなかった。
俺たちは、一旦通路へと出てきて、奥へと抜けていくと、地図通りに部屋は存在した。ドアの近くにあった四角い窪みを見つめて、数字を読み取ると、そこにはⅦと記されていた。
要領は同じだ。キューブに三の目が記されたサイコロを設置して、窪みへとはめ込む。すると、やはり鍵は簡単に解錠された。俺は、ドアノブに手をかけて、入室しようとしていると、スピカがどこかを見つめていた。
視線の先は、左方向に位置されたどこかへ続く扉だった。
「どうかしたのか?」
「いや、大したことじゃないけど、少し気になっちゃって…」
気になると言う話なら、俺は今から探索しようとした部屋を含め全てのことに対して気になっているが、しかしスピカの気持ちも分からなくはない。
その理由は、扉の装丁にあった。なぜかその扉だけ、ドアノブではなくてハンドルが付いていたのだ。しかも、鍵のようなものはついていないように見える。どんな部屋へと通じているのか気になるところではあるが、今はこちらを先に片付けてしまいたい思いもあった。
「スピカ、そっちは後にしよう。先にこっちだ」
そう言ったが、スピカはすでにその扉へと向かっていた。呼び止めようとも思ったが、大きな声を出すわけにもいかないため、スピカの後を追うようにして、その扉へと向かうことにした。
数歩進んだところで、扉の前へと来ると、扉に付けられていた、ガラス張りの小窓から扉の向こう側を覗き込んだ。すると、そこは夕日に照らされたベランダのような場所で、外へと通じているようだった。
もしかしたら、ここから出れば外へ逃げ出せるかもしれない。そう思った瞬間、
『ドンッ!』
小窓が腐食した肉体に包まれた。外から、扉を叩き壊すような勢いで、ゾンビが扉へと張り付いてきた。
俺は、驚きでその場で尻餅を吐くようにして倒れてしまった。しばらく動揺で頭が真っ白になっていたが、スピカの手引きにより、正気を取り戻した。
「行くわよ」
そして、聞こえてくる。
『ドス…、ドス…、ドス…、ドス…』
その時、俺は思った。俺たちはいつまでこの足音に、怯え続けなくてはならないのだろうと…。
二人が入室を終えると、扉を閉めただけで自動的に施錠された。室内では二人の荒い呼吸音だけが響き、廊下からは追いかけるように足音が近づいてくる。
近づいてくる化け物がどちらかはわからないが、物音に反応したことを考えれば、おそらく俺が一階で見ることのできた方だと思われる。
足音が大きくなってくると、俺たちは口を覆うようにして息を止めた。今まで、呼吸音に反応されたことはないが、恐怖心が手を口へと運ばせた。意味があるか、ないかという話ではなく、少しでも安心を得られる選択肢を取ること。それが、今俺たちに求められている行動なのだと本能が判断した。
足音は部屋の前まで来ることはなく、しばらく近くを歩いていたようだったが、すぐにどこかへ去っていったようだ。
足音が遠のいていくのを聞き取ると、口元から手を外して、呼吸を再開する。
「ゴホッ」
息を吸いすぎたせいで、埃を吸い込み咳が出た。あまり大きな音がしたということもないため、化け物に反応される心配はなかったが、咳と同時に少し足元が安定感を無くした。
体がよろけてしまい、壁へともたれ掛かるように倒れる。
『カチッ』
壁にもたれ掛かった瞬間に、何かスイッチのようなものが音を鳴らした。自分の肩がスイッチの位置へともたれ掛かっていたため、誤ってスイッチを押してしまっていたようだ。
音を聞いた瞬間、少し焦ったが、そのスイッチの正体はすぐにわかった。
スイッチの音を聞いたのと、ほとんど同時に部屋に明かりが照らされた。そして、その部屋が何のために使われていた部屋かも同時に理解できた。
「ここは…監視室、か?」
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