第24話洋館2F⑥

「…。なんだ、これ」

 正面に姿を表したのは、人の形をしていたが、動くことのないものだった。瞬時に状況を把握することができなかったため、ゾンビかと思い退きかけたが、臆せず歩みを進め入室へと至った。

 続くようにスピカも入室したところで、扉を閉め切り、自動で施錠は完了された。もう一度視線を戻すが、扉を閉めたことにより、部屋の中は暗闇に包まれていて、視界がはっきりしない。

 二階は、一階と違い、隙間からの日差しが一層微量なものとなり、電気は当然使用できないため、視界がはっきりしないことが多くなった。

 俺はライターを取り出し、点火させる。ライターの燃料も有限であるため、無駄な使用はできないが、必要な場面では確実に使用しなくてはならない。できれば、目がなれるまで待ってから探索したいところだが、化け物が二体も徘徊している状況で悠長にしてはいられない。

 ライターを例の置物を照らすように翳すと、その全貌をあらわにした。

 それは、いわゆるミイラと呼ばれる状態で保管されていた、人物の姿だった。手のひらを胸の前で重ねて、目を伏せ俯くようにしてそれは立っていた。

 人間であった面影など感じられないほどの状態ではあったが、厳重に保管されているため、欠損等は見受けられなかった。

 この人物が一体誰なのかは、わからないが、何か手掛かりになるようなものが無いかと眺めていると、スピカはミイラを睨みつけるように視界に写すと、すぐに別の場所を探索し始めてしまった。

「ちょっと、こっちにも光を頂戴」

「あ、あぁ」

 もう少し、確認していたかったが、スピカの方へと歩み寄り、俺も別の場所を探すことにした。

 この部屋には、壁に沿うようなエル字の机と椅子が一脚。机の上には、専門書のような書籍が並べられ、他には筆記用具や、多数の書類に加え、ノートパソコンが置かれていた。

 俺は、すぐにノートパソコンを起動させようと試みたが、当然充電がなされていないため、起動されることはなかった。俺が肩を落としながらため息を吐いていると、スピカは書籍に手を伸ばして、目を通していた。

 俺も他の書籍に手をつけられればよかったのだが、ここにある書籍は全て英語で書かれていたため、手に取るだけ無駄だった。さらにため息を吐き捨て、書類の山を片していく作業へと移った。

 片手でまとめていかなければならなかったため、掻き集めるように書類をまとめていると、何か書類とは別のものが指先に当たった。

 何かと思い、見てみると、それはSDカードだった。何かのデータが入っているのではと期待したが、マイクロSD部分は空になっており、手がかりにすることは出来なさそうだった。

 どっちみち、パソコンが使えない以上、あっても仕方が無いと後々気づいて、静かに元の位置へと戻しておくことにした。

 スピカは、一向に動き出す気配を見せないため、俺は周囲を見渡していると、机の下部にあるものを見つけた。

「スピカ、これってもしかして」

 机の下に設置されていたのは、求め続けていた懐中電灯だった。どうやら緊急時用に、備え付けられているもののようだ。本体を剥ぎ取り、スピカの目の前へと差し出すと、当然の疑問が投げかけられた。

「それ、使えるの?」

 敢えて伏せていたが、それは俺も思っていた。パソコンの件もあり、充電などされているはずがないため、不安を感じずにはいられなかった。

 手元をライターで照らすと、懐中電灯のスイッチを見つけ、指を添えた。一呼吸置いた後、指に力を込めて、押し込んだ。すると、

「お、ついた!」

 懐中電灯は見事に点灯してみせた。しかし、その後、じわじわと光は弱まっていき、最終的には、消えてしまった…。

「ま、そりゃそうよね」

「よし。これで、動作確認はできた。あとは、電池を探すだけだな」

 あくまで前向きに物事を捉えようと必死の発言だったが、スピカの視線は冷たかった。

 一先ず懐中電灯のことは置いといて、別の場所を見てみることにしよう。ミイラの隣にも本棚があり、ファイルのようなものがぎっしりと並べられている。

 そちらも確認してみたいが、スピカが今度は机の上の資料にも目を通し始めていたため、明かりを遠ざけるわけにはいかなかった。

 ま、俺が見たところで文字が読めないのだから、仕方ないか…。

 しかし、スピカは書類を二、三枚目を通しただけで、言い放った。

「ここは、もういいわ」

「え?まだ、全然見てないけど。ここにあるファイルとかも確認しておいた方がいいんじゃないか?」

「いいえ。その必要はないわ」

 スピカはそう言って、書類を机の上にそっと戻した。なぜかを聞こうと思ったが、机の上の資料を険しい表情で見つめるスピカを見て、質問を変えた。

「そこに、何か書いていたのか?」

「…、そうね」

 その答えには続きがあるのではと、少し待ってみたが、言葉はそれ以上続けられなかった。一体何が書いてあったのか、スピカが教えてくれるまで、俺には知り得ることは無い。

 無理に追求するのは、今後の関係を鑑みれば、辞めておいた方がいいのだろう。この場は、それ以上何も聞かず、この部屋を後にしようと考えたが、俺の中で謎ばかりが増えてきて、モヤモヤが募る。

 そろそろ、何か教えてくれてもいいのではないだろうか…。

 俺たちは、書類にまみれた、誰かの研究室だったであろう部屋から出るため、扉の前へと歩みを進めた。

 もっと何か調べたほうが良かったのではという後ろめたさから、もう一度部屋の中へと視線を向けていると、やはり例のミイラが視線を止めさせた。

 全く知らない人間だが、ここでの恐怖を味わった人間なのかと思うと、微量ながら他人とは思えない感覚を覚えた。

 もし、ここから脱出できなかったら、もし、あの化け物に襲われたら、こうなってしまうのかと具体的な恐怖を感じさせられた。

 それと同時に、新たなことに気づいた。最初見た時は、欠損が無いと思ったが、一箇所だけ、欠けている部分があった。それは、頭部の上側が切断されており、平な状態になっていた。つまり、無くなっているのは、脳みそということになる。

 なぜ、脳みそが無いのかと、疑問に思いながらも、心の奥では、何か嫌な予感を感じていた。今は、恐怖感を強める必要は、自分に対しても、スピカに対してもない。

 俺は、深く考えることなく扉へと向き直って、ドアノブの隣にある、四角い窪みを確かめ、IIのローマ数字を見つけると、部屋に入った要領で解錠した。

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