第20話洋館2F②

 箱の中に入っていたサイコロの目は、八と九だった。一面にこれだけ目があると、違和感より恐怖を感じるな…。そうは思いながらも、ありがたく拝借し、注目はカードキーへと移った。

 何も言わずに、扉の横に設置されている盤に、カードキーをかざすと、『ピッ。キューン、ガチャ』という、いかにもといったような機械音が盤から聞こえた。

 それを確かめた後で、再びドアノブへと手を伸ばし、扉を開こうと試みる。その結果、扉はゆっくりと開かれ、俺たちは部屋への侵入を許された。

 部屋の中を覗き込むと、鍵が掛かっていただけあって、ゾンビや化け物の姿は無かった。入室後、扉を閉めて鍵を掛け終えると、ようやく安心することができた。

 この部屋は、他とは違い、荒らされた形跡は特になく、埃をかぶってはいるが、十分綺麗と言えるものだった。俺たちはほぼ同時に、部屋の中を見回し始めると、お互い同じものを視界に捉えた。

 歩み寄り、それを手に取り持ち上げたが、この類に俺の出る幕は無いと判断し、すぐにスピカへと手渡した。またしても、それは何者かの手紙だった。何者かと言っても、この部屋にあったのだから、おそらくはこの部屋を使っていた人物のものだろう。

 スピカは受け取ると、埃を払い除けた後で、手紙の内容に目を通し始める。少し間が空くと、スピカは口を開いた。

「これは、この部屋の人物、トーマス・デイブの遺書みたいなものかしら。それで、内容だけど、

 『仲間が何人も殺された。私もいつ殺されるかわからない。だから、私はあの化け物を殺して、ここから逃げる。もし逃げられたら、ここで行われていた奴らの卑劣な行いを全て公言するつもりだ。だが、失敗した場合、私はこの世を去ることになるだろう。そこで、この手紙を残す。

 この手紙を見つけた誰かが、私の無念を晴らしてくれることを願って…』

 と、いうことらしいわ。後は、私たちが探索してきた部屋のことがちらほらと、この人物が見つけ出したサイコロのことが書いてあるわ。でも、残念ながら、使い方については何も書いてないわ」

 スピカが読んだこの手紙が全て真実なら、トーマス・デイブという人物は、化け物に立ち向かい、殺されたということになる。カードキーとサイコロが入った箱が、落ちていた食堂の状況を見れば、それが事実であることに疑いの余地は無いと思えた。

 しかし、そこでふと疑問に思う。

「…手紙の内容から察するに、この人物は、あの化け物の存在を、他の人間に周知させたかった。なら、どうして食券のメッセージは『逃げろ』だったんだろう?無念を晴らしてもらおうとするなら、『俺の部屋へ行け』とかの方がいい気がするけど」

 この疑問を口にするかは、少し迷った。文をメッセージとして残すより、単語の方が残しやすかったというのは、紛れもない事実だ。そう言われてしまえば、ほんの些細な疑問にすぎないが、もしこれに、何か別の理由があるのなら…。

 俺の話を聞いて、スピカは悩み始めた。顎に手を添えて、しばらく考えると、想定として、俺の考えの後者である、その他の理由で言葉を発した。

「もしかしたら、この手紙を読む対象と、あのメッセージの対象が別だったのかもしれないわ」

 予想外の回答を聞かされた俺は、疑問をぶつけないわけにはいかなかった。

「対象が別ってことは、どちらかが俺たちに向けられたものじゃないってことでいいのか?じゃあ、どっちがどっちなんだ?」

「あくまで想像だから、あまり本気にしないでよ。でも、そうね。私の予想は、この手紙が私たち宛てで、下のメッセージが別の人物だと思うわ」

「それは、なぜ?」

 少し食い気味で反応すると、スピカも少し動揺していた。詰め寄っていた距離を元通りに戻して、咳払いを挟んだ後で再び問う。

「なんで、そう思うんだ?」

「彼が遭遇した化け物は、酷く恐ろしいものだったと思うわ。だから、あのメッセージの対象が無事に食堂まで来られたとき、迷わず行動できるようにと残したんじゃないかしら。つまり、あのメッセージを受け取る相手は、そのときに存在した、他の生存者ということになるわ」

 それを聞いて、自分の疑問が一つ解消された。しかし、一階の悲惨な現場を立て続けに見てきた俺からすると、あんな状況で生存者がいたことにすら疑いの目を向けてしまう。

 まだ、知らないことの多い段階で決めつけは、良い行いとは言えない。生存者に関する疑問は一先ず取り除き、思考を止めた。

「でもそれじゃあ、大した手掛かりにはならないな…。他にも手掛かりを探すとしよう」

「そうね。これが真実か嘘、どちらだったとしても、それほど関係は無いかもね。…ん?」

 スピカが話を終えたと思い、部屋の探索をしようとしたとき、疑問符が続くような声が漏れ出てきたスピカに俺は反応した。

「どうかしたか?」

「ごめんなさい。手紙がもう一枚あったわ」

 そう言って、後ろに重ねられたもう一枚の手紙を読もうとしていたが、何かでくっついてしまっているようで、少し手間取っていた。

 手紙同士を剥がし離すと、一部が破けてしまった歪な形になってしまっていたが、スピカは気にせずに内容を読み始めた。すると、途中で驚いたような表情を見せて、明らかに動揺している様子だった。

 スピカが話し始めるのを待っているつもりだったが、考えるより先に声を掛けてしまっていた。

「…どうかしたのか?」

「あ…、ごめんなさい。手紙の内容よね。えっと、

『サイコロを集めれば、目が揃って鍵が開く。そうすれば、あなたはあの部屋を目指すことができる。スティーブンはあの部屋には近づくなと言っていた。あなたはまず三階を目指せ。ここからが重要だ。三階に行くには、まず石像を動かせ。鍵はスティーブンとハロイナが持っている』

 …」

 なるほどな。このサイコロは、鍵として使うのか。…、と言ったものの結局使い方がわかったわけではないので、進歩とは言えないが、しかし、新たに石像の存在が明らかになった。

 当面の目的は、その石像を目指すことになるが、どっちみち在り方はわからない。つまり、今まで通り探索を続けることになるだろう。

 ところで、スティーブンというのは誰だったかな?聞いたことがあるはずだが、はっきりとは思い出せない。スピカに尋ねてみようと、声をかけようとしたとき、スピカは再び口を開く。どうやら、手紙の内容はあれで全部というわけではなかったらしい。


「そして、石像を動かすヒントは…、『spiceスパイス』…」

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