第19話洋館2F①
不穏な空気の中、物音は無く、募る恐怖が動きを鈍らせる。慎重に行動していると言えば聞こえはいいが、ただ怯えているだけというのが、真実だ。
階段を一段ずつ上がり、踊り場を過ぎれば、数段上がるだけで、二階の廊下が見えてくる。二階も一階同様窓はなく、薄暗い道が続いている。一階には壁の隙間があり、そこから微かな明かりが差し込んでいたが、二階にはそれが無かった。
しかし、その代わりと言ってはなんだが、壊れかけの蛍光灯がチカチカと点滅するように、廊下を照らしていた。一階は木造の部分が随所に存在していたが、二階は全てがコンクリートを素材に使用しているようだった。蛍光灯には、完全に滅灯したものも数箇所存在したが、無いよりは随分ありがたいと感じた。
ゆっくりと階段を上がっていく中で、警戒したのはやはり二階へ上っていった化け物だが、俺はそれが視界に入ってきたとき、自分たちにとっての脅威が二体の化け物だけじゃないことを、再度思い知らされた。
俺は、背後のスピカを制し、一段下がると、屈んで頭の高さをスピカに合わせてから、伝えた。
「前方にゾンビだ。数はわからないが、俺が見たのは一体だけ」
「前方ってことは…」
スピカも早々に察してくれたようだ。
「ああ、あいつをどうにかしないと、目的地の四角い場所へは辿り着けない…」
俺たちの目的地は、階段を上がった後、前進していき、左折した先にある階段を降りた先にある。つまり、あのゾンビを処理しないと辿り着けない。
「戦う?」
スピカは、最もシンプルな回答を俺に投げかけてくれたが、その案を採用することはできない。
「悪いが、それは辞めておいた方がいいだろう。銃声に反応して化け物が近づいてきたとき、部屋の状況を知らない俺たちじゃ、対処することができない」
「じゃあ、どうするの?」
スピカらしい、模範的な質問だった。
「前進はできないが、曲がれば個人の部屋がある。そっちを先に見て回ることにしよう」
「でも、それじゃあ四角いところは無視するの?春希も、あれは何かの手掛かりになると思ったはずでしょ?」
「別に無視するわけじゃない。地図を見た感じ、扉は無さそうだったけど、もし向こう側の道が通れたら、ゾンビとの戦闘を回避しながら、目的地に向かうことができるだろ?そうすれば、個人の部屋を探索しつつ向かえて効率的な上、安全だ」
俺が言うと、納得してくれたようだった。
「なるほど。わかったわ、それでいきましょう。ただし、奥の道に扉があるかを、最初に確かめるわ。それで、いいかしら?」
「ああ、問題ない」
俺たちは、できるだけ音を抑えて階段を上り切ると、手すりを周って、部屋が並ぶ道へとゆっくり進行し、ゾンビの姿は壁に遮られ、視界から消えた。
視線を部屋が並ぶ廊下の方へ移すと、奥の方でチカチカと点滅する蛍光灯が、まばらに照らし出した。
そこにゾンビの姿は無く、耳を澄ましても、不気味な物音は無い。俺たちは、一先ずの安全を確保することができた。
振り返り、スピカと視線を交わし、話し合っていた通りに、奥へと歩みを進める。一階と違って軋まない床は、好都合とも言える反面、敵の接近には心許なく感じるため、良し悪しの判断は難しいが、現時点での評価は良しとしよう。
進んでいき、等々奥まで来たが、右方向は残念ながら行き止まりだった。もちろん、正面も行き止まりのため、これより先には進めない。
「仕方ない。ゾンビの対処法は、一部屋ずつ探索する中で何か考えることにしよう」
「…わかったわ」
溜め込んだ息を吐き捨てるようなため息の後で、呟くように同意を得られた。スピカは何かを焦っているのかもしれない。それとも、何か知っているのだろうか…。
俺たちはとりあえず、一番奥の部屋に入ろうとドアノブに手を掛けた。しかし、開くことは無かった。どうやら、鍵がかけられているようだ。この部屋の鍵は、カードキーによって開かれるが、俺たちが持ってるカードキーでは反応を見せてくれない。
この部屋は諦めようとしたとき、ふと部屋の名札を見ると、既視感を感じた。スピカにも共有しようと、幼児が覚えたての言葉を発するような、詰まりながらの読み上げを行った。
「トー、マス…、デイ、ブ…」
「トーマス・デイブって、一階で食券を買ってメッセージを残してた人じゃない?」
「そうだ。それで…」
俺は、リュックからダイヤル錠の付いた箱を取り出した。
「この箱を残していったのも、その人だ」
そこで、俺はもう一つあることを思い出し、ダイヤルを動かし始めた。三段目のダイヤルを動かし終えると、錠は『カチッ』と音を立てて箱から外れた。
「…鍵の番号がわかったの?」
「ああ。でも、これはほとんどスピカのおかげだよ。スピカはもう一つの鍵を外すとき、部屋の番号を入れて外そうとしていただろ?それをこれで同じようにやってみたら開いたんだ」
少し、照れたような反応を見せたが、思い出したかのように急かす。
「そんなこといいから、中身を見せなさいよ!」
「あ、ごめん」
一言謝り、箱の蓋を開けると、そこには、一枚のカードキーとサイコロが二つ入っていた…。
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