第18話謎の洋館❸
金切音のような叫び声が、館内に響き渡り、俺たちがいる部屋までも轟いた。
甲高く、濁りを含んだ断末魔は扉の向こう、少し距離はあるように感じたが、とはいえこの館内に間違いなくそれはいる。
探索を開始した後、初めて聞いたその声は、間違いなく人間の声ではなかった。扉の向こうに何がいて、何が起こっているのかを知りたいと思う反面、恐怖への遭遇を予期させるこの現象に、足を留めざるを得なかった。
それ以降、あの声が聞こえることはなかったが、内心に一片の不安感を刻み込まれた。
ここまでなんとか歩み続けていた足には、先ほどまでの力強さが感じられなくなっていた。部屋に入る直前に襲われたゾンビの姿が
あの声は、恐らく俺が見たあの化け物とは別物だ。憶測に過ぎないとはいえ、次々に信憑性を増していくこの現状に、恐怖心を押さえ込むことはできなかった。
思考がまとまらない。何を考えて、どう行動すればいいかが全くわからない。
「……き…」
息が整わない。脈が早くなる。早くなんとかしないといけないのに…。
「春希!」
俺はスピカに両手で顔を挟み込むようにして、叩かれた。その瞬間、今まで駆け巡り続けていた思考が、一気に吹き飛んだ。
目の前には、真剣な表情をしたスピカが、俺を見上げる形で見つめていた。
「…しっかりしなさい」
「わ、わるい。少し、考え事をしていた…」
スピカも同様の状況なのに、一方的に心配をかけてしまった。急いで誤魔化したが、俺の同様は容易く伝わっていたようだ。
「安心して、春希は私が守るわ」
まさか、女性にこんなことを言われることが人生で起こりうるとは…。これは、猛省する必要がありそうだ。
スピカの一言で、気を取り直した俺は、物音がしないことを確認した後、テーブルに地図を広げた。
「とりあえず、ここにいても仕方ないのは確かだ。ここから移動するとなれば、やはり二階に向かうことになるな」
「もう、一階で行けるところは無さそうだし、それでいいと私も思うわ」
スピカの同意を得られたところで、次は道順を決めることにする。地図を見た感じ、上にある三つの部屋は、一階と同じで個人の部屋だと考えられる。
「次はどこから探索するかだが、まずは、この三部屋を見て回るのがいいと思うんだが、どうだろう?」
「…わかったわ。まずは、そこを目指しましょう。でも、どこに化け物がいるかわからないから、あくまで慎重に行動するのよ」
スピカの注意は、当然すでに念頭にあったが、再確認する機会だと思い、力強く頷いた。
「わかってる」
これで、次の行動は決まったのだが、改めて見た地図に、新たな違和感を感じた。
「そういえばこの地図、真ん中に四角いものが両方の階にあるけど、これって何かの部屋なのか?」
俺が言うと、スピカも地図を眺めながら首を傾げてみせた。
「確かにあるけど、部屋にしては小さ過ぎない?サイズ感に関しては、詳細でないかもしれないけど…」
スピカの意見には、俺も同感だった。線で囲われてるから、部屋なのかもしれないと発言はしたが、どう見ても部屋と呼べるような大きさではなかった。しかし、実際のサイズと異なる可能性を考慮すれば、可能性はゼロではない。
とはいえ、部屋と言い切る自信は俺にはなかったため、大人しく引き下がることにした。
「部屋じゃないなら、何かがそこにあるのかもしれないな。どうする、最初はこっちにしようか?」
一階の四角も、二階四角も辿り着けるかという問題は、クリアできると思われる。スピカは、数秒悩んでこう告げた。
「う〜ん…、確かに気になるわね。一階のこれって、シャッターが閉まっていた正面の階段を上った先よね?ここを確かめれば、ひょっとして、一階に戻れたりしないかしら?」
確かにその可能性はありそうだ。この四角の場所に何もなかったとしても、白い部屋へとつながる道を塞いでいたシャッター同様に、操作するためのものがあれば、一階に戻ることはできる。
なるほどと続け、俺は行き先を個人の部屋から、正体不明の四角い場所へと軌道修正し、道順を確かめた。
そうと決まれば、退室の用意を進めていく。残念ながらこの部屋からは、なんの反応も見せなかった、キューブの部品以外何も見つからなかったが、別の化け物の存在や、地図の四角などの、新たな情報を得ることができたことは収穫だ。
そのうち化け物の存在は、ただの不安要素とも言えるが、警戒心を強めるという意味では利点であると考えられる。我ながら、ポジティブな思考だと思う。だが、スピカにこれ以上心配をかけるわけにいかない手前、ポジティブにならざるを得ない。
荷物をまとめ、部屋から出る準備が整うと、スピカとアイコンタクトを交わし、扉の向こうから聞こえる音に耳を澄ませる…。
しばらく聞き入っていたが、物音は一切しなかった。そのため、スピカがドアノブに手をかけ、扉を少しづつ開けていく。
顔を覗かせ、周囲を確認すると、部屋の前でさっきのゾンビの血液で床が汚れている以外は変化無く、恐怖の対象も存在しなかった。しかし、安堵することはせず、警戒を続けながら床を軋ませ進む。
そうして、直進を続けると地図通りに配置された階段を見つけることができた。階段の下は空洞になっていて、ちょっとしたスペースになっていた。
暗くて何も見えなかったため、周囲の安全を確かめた後で、ライターを使ってそのスペースを照らした。
すると、そこには壁面と床に血痕が広がっており、角には埃が山のように積もっていた。そんな中光を当て続けると、反射するように光るものが落ちているのを見つけた。俺たちは階段の下を括り、その正体を突き止めようと歩み寄った。そして、視界に収めたところで、それがあのサイコロのようなものだとわかった。
俺がそれを拾おうとしたとき、自分の足音とは違う足音が聞こえてきた…。
俺は、反射的にライターの火を消し、背後を確認する。スピカは、その場で動いた様子はない。つまり、完全なる第三者の足音ということになる。
床を軋ませ、ゆっくり近づいてくる足音は廊下に響き、心音の加速を促した。呼吸すら許されないような緊張感の中、俺たちはただ立ち尽くしていた。
足音は、俺たちからは視認できないところで止められ、しばらくの間を空けると、階段を使って、二階へと向かって行ってしまった。
足音が聞こえなくなるのを待ってから、深い呼吸で息を吸い込んだ。深呼吸を終えた後でも、心音が静まることはなく、未だに激しく鼓動している。
スピカと目配せして、お互いに頷いたところで、各々体を楽な姿勢へと転じた。その後、俺はサイコロを手に取り、目が書いてある面を確認した。
そのサイコロには、目が二つ刻まれていた。それをリュックのポケットへと仕舞い込んだところで、長らくしていなかったように感じる会話の口火を切った。
「今のって、別の化け物だったのか?」
質問を投げかけたが、スピカも動揺しているようで、すぐには返事が返ってこなかった。
「とはいえ、俺たちにはもうこの道しかないん、だよな…」
「…そうね。危険なのはどこにいても同じなわけだし、行きましょう」
等々俺たちは、探索域を二階にまで広げることとなった。
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