第17話謎の洋館❷
振り返ると、目と鼻の先までゾンビが接近していた。すぐさま、頭でも食い破られそうな勢いで、迫ってくる恐怖を目の当たりにして、俺の体は動きを失ってしまった。
スピカは叫ぶと、同時に銃を構えて二発の弾丸を打ち出した。廊下に銃声が響くと、ゾンビの頭部が撃ち抜かれ、バランスを崩してよろめいた。つられるように、足元がよろめき、俺は床へ手をついて倒れる。
「春希、早く!」
いつの間にか、俺の方へと駆け寄っていたスピカはそう言うと、手を引いて小部屋へと連れ込んだ。
部屋へ入ると、急いで扉を閉めて鍵をかける。そこまでした後に、スピカは扉に背を向け、もたれかかると、肩で息をするような激しい呼吸を続けていた。
外では、ゾンビが動いているような微かな音が聞こえて来るが、扉を開けて入って来るようなことは無さそうだった。部屋にはしばらく、呼吸音だけが聞こえていたが、やはりあの音が遅れて聞こえてきた。
『ドス…、ドス…、ドス…、ドス…』
それが聞こえると、激しく呼吸していた息を整え、物音を立てないようにその場で動きを止める。
階段から降りて来るような足音が聞こえると、真っ直ぐにこちらの部屋目掛けて、歩行速度を上げていく。
静寂に響く足音が、一層恐怖心を煽り、微量の動作すら許さぬような空気が漂い始める。暗闇に包まれた部屋の中で、息を殺して、ただその足音が遠のくのことを祈り続けた。
足音は扉の付近で止まり、一瞬の沈黙が訪れると、壮大な衝撃音によって打ち砕かれた。部屋の壁を砕かれたのかとも思ったが、どうやらその音は、化け物がゾンビを殴り飛ばしたことによる音だった。
再び足音が聞こえると、メキメキと音を立てて何かをしているようだった。おそらく、化け物がゾンビを吸収しているのだろう。
その間も、物音一つ立てることなく留まり続け、やがて足音はどこかへと消えていった…。
「…もう、大丈夫かしら?」
「ああ、たぶん…」
疑心暗鬼の中、お互いに言葉を交わし、一先ず安全を確かめる。会話は成立しているものの、この部屋には光源と呼べるものが一切無い。よって、お互いを視認するので精一杯という状況だった。
「ところで、ここは、なんの部屋なのかしら?」
スピカが切り出したが、そう言われても、俺にそれを知る由はない。辺りを見渡しても暗闇が続くだけで、一切ヒントは得られなかった。
「さぁ…。あ、ちょっと待ってろ」
そこで俺は、ライターを拾っていたことを思い出した。リュックのポケットを弄り、ライターを手に取り、すぐに点火させた。
すると辺りが照らし出され、ようやく部屋の中が見えるようになった。
そうして姿を表したのは、中央に配置されたテーブルを、囲うような形で積まれた段ボールだった。この部屋は、物置として利用されていたのかもしれない。
段ボールには違和感や、細工の形跡などは全く無い。はっきり言って、ここはただの物置だ。しかし、テーブルには、あからさまな異様さが感じられた。
「手紙…、みたいね」
テーブルに置かれていたのは、切れ端のような紙切れが一枚と、サイコロのようなものだった。スピカは呟くと、手紙を拾い上げ、目を通し始めた。俺は横で、ライターを手紙へと近づけ、文章を照らした。
「Prepare X in a cube?…キューブにXを準備?いえ、揃えろってことかしら?」
スピカは手紙の内容を読み上げたが、理解することはできなかった。俺も覗いてみたが、それ以上のことは書かれていなかった。ただ、殴り書きのような雑な書体からは、焦りや急いでいる様子が読み取れた。
キューブという単語が引っかかり、手紙と一緒に置かれていたサイコロのようなものを、手に取った。そのサイコロには、一面だけにしか目が存在せず、なぜか通常のサイコロにある六の目に、追加で中央にも一つ、目が付け加えられていた。
「七…、でいいのか?」
「そうね、七だわ。これを使って、Xを揃えるのかしら?…はぁ、全く検討がつかないわ」
ため息と共に、諦めのような言葉を漏らすスピカに反し、俺は更に何かが脳裏で引っかかっていた。そして、数秒悩んで思い出すと、ライターをスピカに手渡し、リュックのポケットを覗き見た。
俺は、目当てのものを見つけ出し、手に取ってスピカに見せつけた。
「これ、さっきの部屋で見つけたんだが、何か関係があるんじゃないか?」
そう言って俺が見せたのは、本棚で挟まっていた、数箇所に穴のあるキューブ状の何かだった。スピカは、それを手に取ると、しばらく眺めて、言った。
「こんなの見つけてたのね」
「う…。それはとりあえずいいじゃないか。見つけた後に地図が出てきたから、言い出すタイミングが無かったんだ」
冷たい視線を向けられ、すぐに報告できていなかったことが今更になって悔やまれた。しかし、スピカはすぐに話題を変えて、会話を切り出した。
「まぁ、いいわ。それよりこのキューブと、ここにあった小さなキューブ。やはり、かなり関係の深いものらしいわよ」
「え?なんで、そう思うんだ?」
「見てみて。この穴が空いていない面。ここに入ってるのって、そのサイコロなんじゃない?」
そう言われ、受け取ったキューブを見てみると、確かにサイコロのような三の目が書かれていた。しかも、キューブの端に何か文字も書かれているようだった。
「本当だな。あと、anside=…?とかなんとか書いてるが、どういう意味だ?」
これを拾ったときは、薄暗い部屋の中だったから何にも気づけなかった。そして、スピカも同様に、文字には気づいていなかったようだ。首を傾げて、再びキューブを見つめた。
「確かに書いてるわね。anside=。どういう意味かはわからないけど、直訳するなら「逆側イコール」、かしら?」
聞いておいてなんだが、ますますわけがわからない…。というより、何か意味があるのかすら怪しいか?そう思いつつも、今までにわかったことを整理していく中で、一つの仮説が生まれた。
「もしかしてこれ、逆側をイコールで、Xに揃えればいいってことじゃないか?」
「…」
スピカからの返答はなかった。どうやら、無言で説明を要求しているらしい。自信満々で言い放った分、理解されなかったのは、少し恥ずかしく感じるが、説明することにした。
「今手元にあるサイコロの数字は、三と七だ。これでXを揃えればいいってことは、Xをエックスじゃなくて、テン、つまり十として考えるんだ。三と七を足せば十だろ?これを続ければ…、何かあるんじゃないか?」
意気揚々と話したものの、揃えて何が起こるのかが、検討つかずのままだった。
「なるほど。それは、あり得るかもしれないわ。早速、七を入れてみるわね」
そう言って、スピカは三とは真逆の穴へと、七のサイコロを詰め込んだ。音も無く、あっさりと入ったサイコロだが、特に何も起こらなかった…。
「何も、起こらないな…」
「そう…ね」
少し間を空けたつもりだったが、一向に何かが起こる気配を見せなかったため、とりあえず保留とした。そういえば、このサイコロサイズの穴をどこかでも見たような気がするが、どこだったかな?
小さな疑問を抱きつつ、キューブをリュックの中へと仕舞い込むと、再び部屋へと視線を戻す。
「それで、これからどうするんだ?この段ボールの山でも探るか?」
「まさか。そんなことをしていたら日が暮れてしまうわ。でも、見ないわけにもいかないから、手近なものだけにしておきましょう」
そう言うと、段ボールに向かってずんずん歩いていき、手前の二段に重ねられた段ボールを一つ開いてみせた。俺も続くように近づいていって覗き込んだが、なんともコメントに困る中身だった。
「なんと言うか、ガラクタばかりだな」
「やっぱり、何も無かったわね」
段ボールの中には、壊れた食器や、破れた服などの使用できなくなった日用品が、乱雑に詰め込まれていた。
二人してため息をこぼすと、そっとダンボールを閉じて、自然にテーブルの前へと歩いていた。その時だった。
俺たちは不意をつかれ、心臓がはち切れそうなほどの恐怖に襲われた…。
『キェェェァァァァーーー!!』
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