第16話謎の洋館❶
「これでいいだろ。それで、何かありそうか?」
聞くとスピカは返事をすることなく、部屋の中で視線を巡らせ始めた。まだ入ったばっかりで目ぼしいものは見つけていなかったようだ。
俺もスピカに負けじと部屋の探索を始める。余計な音を立てないように、そっと足場を
仕方なく、床とは別の場所を探索することにした。部屋には、ベッドと机が大部分を占めており、他には衣類を収納するクローゼットのようなものと本棚があるだけだった。
スピカは机を調べているようだったため、俺は最初、本棚に着目し、歩み寄った。すでに、本が掻き出されたような状態だったこともあり、何かあるとも思えなかったが、直感的に足が動いていた。
本棚を上から順に眺めていると、目線くらいの段で本が不自然な傾き方をしているのに気づいた。端にある本が壁との間に何かを挟んでいて、傾いていながら、壁に設置していなかった。俺は迷いなく本を避けて、挟まれているものを手に取った。
手に取ったものの、全く用途はわからなかった。キューブ状で、掌サイズくらいのその物体は、それぞれの面がルービックキューブのように九マスに分けられているのだが、一つを除いた全ての面に四角い穴が存在した。
せっかくの掘り出し物だが、またしても訳のわからないものを見つけてしまったという感じだけが残ってしまっていた。
喜ぶべきなのかどうかを悩んでいると、スピカが俺の名前を呼んだ。
「春希、これ!」
そう言って、俺を手招くスピカは机に何やら紙を広げていた。机へと近づき、スピカに紙を見るようにと、促されるまま覗き込むと、衝撃が脳を駆け巡った。
「これ、館の地図じゃない?」
丁寧に『1F』、『2F』と表記された二枚の地図は、おそらくこの館の地図だろう。理由は、一階を示している地図に、俺たちが通ってきたとおりの部屋が存在していたからだ。
しかしながら、この地図には、奇妙な点がいくつかあった。
「なんでこの地図、黒の用紙に白字なんだ?」
俺が最初に疑問を感じたのは、地図の見にくさに関係する、奇妙な配色だった。通常なら白紙に黒字だと思うのだが。
「それにも何か理由があるのかしら?それに、一つ白く染められてる部屋があるわ。これも、なんなのかわからないわね」
スピカの疑問は、俺が抱いていたものと同じだった。一階の地図の右下には、白く染められた箇所が存在した。実はこの地図、どの部屋にも、その部屋がなんの部屋なのかが記載されていないのだ。
しかし、今まで探索しただけあって、この地図を見れば、位置関係はすぐにわかった。この白塗りの部屋は、俺たちが最初入ろうとして入れなかった、ホール右手の部屋だ。
「やっぱり、この部屋に何かあるのか?」
「そうかもしれないけど、今はあの部屋には辿り着けないから、仕方ないわね」
あまり優しくない地図だが、無いよりはずっとマシだ。一階の地図は今更あまり役に立ちそうに無いが、二階の地図が手に入ったのは、大きな進歩だと言えるだろう。
ずっとこの部屋にいても、仕方ないため、地図を元に次の目的地を定めた。かなり長居してしまったため、急ぎめで決めた目的地は、部屋を退出後、右に曲がった先を二度曲がったところにある小さな小部屋だ。
俺たちは部屋を後にし、何度も通った廊下へと再び出る。何度も通っているうちに、恐怖心が若干やわらいでいた俺は、二、三度首を振り、軽く見渡した後で部屋を出た。
部屋から出た後も、足音や呻き声が聞こえることはなく、安全であることを確信した。スピカが部屋から出て、扉を元通りに戻すと、予定通りの小部屋を目指して歩き始めた。
部屋から出て右に向かい、角を曲がろうとしたとき、俺は歩くのをやめて、スピカを巻き込むように角に身を隠した。
「どうしたの?」
「何かいる…」
俺が答えて、角から覗き見ていると、スピカも同様に覗いた。角を過ぎた先で見つけたのは、壁に向かって立ち尽くしているゾンビだった。何をしているのかはわからなかったが、スピカもそれを見つけて、再び角に身を隠した。
「どうするの?」
「…ここで銃声を鳴らせば、逃げ道はほとんど無い。最短で辿り着ける部屋は、別の化け物が来る可能性を考慮すれば、逃げ道は更にその隣の部屋になってしまう…」
そこまで言えば、スピカも十分に理解できた。
「つまり、この状況で最短の逃げ道を作るには、あのゾンビに接近して、素通りするか、接近戦による最短の対処をして、小部屋に逃げ込むこと…ということかしら?」
「残念ながら、その通りだ。そして、その逃げ場も、あの部屋に鍵がかかっていた時点でなくなる」
小声で相談している合間に、ゾンビの様子を確かめているが、動く気配は全くない。体制を変えずに、ただ揺れているだけのようだった。
「そこで、提案なんだけど。俺が一度ゆっくり歩いて行って、あの部屋が空いているかどうかを確かめる。そして、その後ゾンビの対処を決める。どうかな?」
「却下よ。そんな危ないことはさせられないわ」
即答だった。正直、スピカならそう言うだろうとは思っていたが、即答までは予測できなかった。
「だが、他にやりようが思い浮かばない。危ない橋なのはわかっているが、従ってくれ」
「なら、私も行くわ」
「ダメだ。遠目から状況把握ができた方が、迅速な対応が取り易いし、ゾンビの不意もつける。万が一の場合でも、生存率が上がるんだ」
スピカを同行させないための口実だったが、咄嗟に出た割には、理にかなっている気がした。スピカはしばらく黙っていたが、渋々といった表情で告げた。
「わかったわ。でも、無理だと思ったら、いつでも引き返して来て良いからね」
「わかってる」
話し合いがひと段落したところで、ゾンビの方へと向き直った。相変わらず動く気配を見せないことを確認し、軋む床を踏みしめる。
一歩一歩ゆっくりと歩いて行くと、次第にゾンビの容姿がはっきりと見えて来る。改めて見ても、この世のものとは思えないほどの
腐食によって変色した肌には、骨のようなものが浮き出している箇所が存在し、衣類を身に纏ってはいるが、すでに衣類としての働きはなされていなかった。
視線はゾンビに集中させ、時折足元確認しながらゆっくりと歩き続ける。いつもより小さな歩幅で、丁寧に距離を詰めていくと、等々横並びになった。
目的地の部屋まで、ほんの数歩のはずだが、今の自分には遥か遠くにすら思えた。ゾンビは、横に並んでも動きを見せることはなかった。
俺は残りの数歩を歩き切り、部屋の前まで辿り着くと、ドアノブを握って回した。その後、ゆっくりと引くと、扉を開くことに成功した。第一関門突破といったところかと、安堵の息が漏れる…。
「春希!」
安心してしまっていた俺は、ついゾンビから目を離してしまっていた…。
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