第14話謎の洋館⑨

 俺たちは、移動を開始した。手に入れたカードキーと手紙について、気になりはするが、足を止めて考えていても解決に至る補償はなかった。会話を最低限に留めることは必要だが、道中に意見を交わす手段を採用した。

「この暗号、スピカはどう思う?」

「ごめんなさい。私もこういうのは得意ではないの。でも、右側の読点と矢印に関してはわかった気がする」

 確かに手紙には、読点と矢印が記されてあった。そして、本文には明らかに不自然な位置の読点。確実に何かあると思ってはいたが、スピカはその謎を解いたらしい。

 俺はその言葉を聞いて、手元の手紙を再び開いた。

「その手紙の内容には、不自然な位置に読点が使用されているわ。だけど、それだけでは、何の意味も持たない。そこで、下の矢印が意味を持ち始める」

 なんだか、回りくどい言い方をしているようにも思えるが、答えをサラッと言われても理解できないだろうし、しっかりと聞いておくことにした。

 説明をする上でも、手紙が手元にあった方がいいと思い、手紙をスピカに渡し、二人で覗き込んだ。

「私は、矢印の向きではなく、場所が最大のヒントだと考えたわ」

「場所?」

「この矢印は読点の右側にあるでしょ。そして、この数字の一は、一文字目を表しているのよ」

 スピカの説明に納得した部分があり、自分なりに、気づいたことを整理する。

「それじゃあ、右側の記号が示しているのは、蜂起の頭文字である、『ほ』ってことか?」

「正しいけど、それはあくまで、答えの一部。矢印が示しているでしょ?」

 そういえばと思い出しはしたが、結局矢印が下を向いている意味にはたどり着けなかった。

「この矢印は、縦読みを示しているのよ。ただし、ただ縦に読むわけじゃなくて、それぞれさっきの法則に従って読むの」

 俺は、スピカの言う通りに記号が示す内容をなぞらえていく。

「つまり、最初が『ほ』で、順番に『は』、『い』、『と』…?ホワイトか、ということは白?」

 結論に至ったところで、結局何もわからなかった。

「たぶんそれであってるとは思うんだけど、私にもなんのことかはわからないわ」

「まぁ、それだけわかれば、そのうち何かわかるんじゃないか?」

 そんな話をしているうちに、食堂を再び抜けようとしていたため、一先ずは一歩前進といったところで、この件についての会話を打ち切った。

 相変わらず先の見えない廊下を、覗き込むように確かめる。ゾンビの姿は確認できなかったため、廊下へと侵攻を開始した。

 次は、目の前の部屋ではなく、両サイドに位置する部屋を訪れることにする。

「日記の内容が本当なら、この両隣の部屋は、化け物になった人間と、そいつに殺された人間が生活していたってことだよな?」

「…そのようね」

 少し反応が遅れたように思えたスピカは、右側の部屋の前で足元を見つめていた。つられるように、視線を落とすと、そこには部屋から流れてきたであろう血が廊下に漏れ出ていた。

 すでに乾燥してはいたが、その光景に俺は気分を悪くしていた。こんな光景には、何度出会したとしても、慣れはしないだろう…。

 そんな中、スピカはドアノブに手をかけ、部屋へと入ろうとしていた。行動に積極性は感じられたが、顔色は正常と呼べるような状態ではなかった。

 音を立てながら、扉が開かれると、羽音と共に数匹のハエが飛び去っていった。ハエを逃すためにも、扉を開ききると、血に染まった床とそこに放置されている、白骨化した死体が視界に映った。

 腐臭が気にならなくなり始めたと感じていたところだったが、今までとは比べ物にならないほどの腐臭だった。どうやら、部屋が密閉されていたことが原因のようだ。扉の隙間程度では、この臭いが抜けきることはできないだろう。

 口に加え、鼻も抑え込むようにし、その状況と対峙した。スピカも腕を使って、鼻を抑えているようだった。

「この部屋は、最初の被害者がいたらしいわね」

「日記の内容どおりならそうなるな。となると、向こうの部屋が化け物の部屋か…」

 不安を口にしながら、部屋を見渡すが、部屋が荒らされすぎていて、手がかりのようなものは見当たらなかった。そんな中スピカは、ハエが飛び交う白骨化した死体を見つめていた。

「何か気になるのか?」

「ハエが飛んでいるの…」

「ん?あぁ、そうだな。床か扉の隙間から入ったウジが、死体を餌に成長したんだろ。成長したはいいが、部屋から出ることができなかったんだな」

「そういうことじゃないわ。ハエが飛んでいることが、おかしいのよ」

「おかしい?」

 スピカの指摘には、理解が及ばなかった。俺の考え方がおかしかったのか、スピカの知識に、ここのハエが反していたのか。真相は、彼女の口からすぐに聞くことができた。

「私たちはゾンビを見たわ。でも、ゾンビにハエが集まっていた様子は無かったでしょ?強弱はあっても臭いにそこまで違いはないはずよね?」

「まぁ、それは確かに…」

 スピカの言い分はわかるが、それを不自然とは思えなかった。俺たちには、ゾンビに関する知識はほとんど無い。ただ単にゾンビがハエを寄せ付けない体質、という場合だってあるのだ。おかしいと言うほどでは無いと自分の中で結論付けたのだが、スピカが本当におかしいと感じたのは、それではなかった。

「それに、この人は白骨化している。ということは、死後腐食を経て、今に至るということよね?」

 そこでようやく、彼女の疑問を読み取ることができた。その気づきは、自然と口からこぼれていた。

「この人は、ゾンビになっていない…?」

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