第13話謎の洋館⑧
扉を開けても、足音は聞こえない。その他の音も一切聞こえないことを確認してから、顔を覗かせる。慎重すぎるかもしれないが、この部屋に入ったときのように、暗さで確認が遅れるかもしれない以上、警戒を怠ることはできない。
安全が確認できると、部屋からゆっくりと出て、まっすぐ食堂の方へと向かった。床が軋むが、この程度の音には化け物も反応しないのかもしれない。単純に距離が遠いのかもしれないが…。
続くようにスピカも、食堂まで戻ってくることができた。改めて見ると、よくこんな部屋を平然と通り抜けたものだと感心してしまった。1度目は化け物に対する衝撃が大きかったため、2度目の方が、恐怖感を感じた。
だが、この部屋は通過点に過ぎない。俺たちは周囲を警戒しつつ、武器庫を通り抜けて、管理者室に無事辿り着いた。たかが数メートルのはずだが、気を張っていたせいで、随分と疲労を感じた。
部屋に入ると、すぐに机のそばまで歩み寄っていき、鍵のかかった引き出しに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「この引き出しね」
「あぁ」
見ると、スピカもすぐにわかったようだ。手に持った鍵を、鍵穴に差し込むと、しっかりと最後まで入り切った。次に鍵を回すと、カチッと音を立てた。どうやら、案の定この鍵は、ここの引き出しを開けるためのものだったらしい。
続けて引き出しを引くと、茶封筒が中から姿を現した。当然中身はわからないので、手に取って確かめる。
最初に出てきたのは、手紙だった。内容を確かめる前に、手紙を出すと同時に、飛び出してきたもう一つのものを拾い上げる。
「カードキーかしら?」
拾い上げたものは、スピカの言う通り、カードキーのようだ。表裏で特に特徴はなく、どこで使えるものなのかもわからなかった。それはさておき、次は手紙に目を通していく。
手紙を開くと、達筆な文字列が姿を現した。
苦行を乗り越え、
君に、は全てを知る権利がある。
正しき使、い道を見つけてくれ。
それでは健、闘を祈る。
1
⬜︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、↓
⬛︎⬜︎⬛︎
⬛︎⬛︎⬜︎⬛︎⬛︎⬛︎
⬛︎⬛︎⬛︎⬜︎⬛︎⬛︎
箇条書きにされた奇妙な文と、さらに奇妙な謎の記号に、俺は頭を悩ました。
「なんだこれ?」
行き詰まり、スピカに相談しようとすると、スピカは手紙を見つめたまま、驚愕しているようだった。何か思い当たることがあるのかと思い、質問を軌道修正する。
「何か、気づいたことがあるのか?」
「…。逆に、あなたはどうも思わないの?」
質問をしたはずなのに、質問が返されてしまった。誰でも気づくようなことを、見落としているというのだろうか…。
俺は手紙を睨みつけ、少し考えてみる。すると、この手紙が、今まで見てきたものと、明らかに違う部分が存在することに気づいた。
「そういえば、これ日本語じゃないか…」
自分が文字を読めたことに不思議を感じるなんて、今まで経験したことがなかった。とはいえ、こんなことに気づかなかったとは、不甲斐ない限りだ。
しかし、彼女が驚愕するほどのものとは、思えない。何か別の理由が、あるのかもしれない。以降も、じっと手紙を眺めるスピカに尋ねる。
「日本語で書かれていることに気づかなかったのは、情けないことだが、そんなに驚くことなのか?」
「えぇ。あなたの言う通り、これが日本語であることだけが、私を驚かせたわけではないわ」
スピカは口を噤むと、しばらくして口を開いた。絞り出したような声は、こう告げた。
「この字は、
俺はその事実に、正しい解釈をできた自信は無かったが、自分の中で一つの仮説が立てられた。
「つまり、この手紙を用意したのが、スピカの父親ってことは、ここにスピカの父親がいたってことか?」
「事実はわからない。けれど、ここで行われた何かに、私の父が関係していたことは間違いないわ」
スピカの父親の目的はわからないが、ここにいたのは間違いない。そして、管理室の男に重要と思われるカードキーを譲り、なんらかの手紙を同封した。俺の予想が正しければ、スピカの父親はこの館で、上位の人物であったと思われる。
「スピカの父親について、聞かせてもらってもいいか?」
「…いいわ。どうせ話すつもりではあったから」
眉間にシワを寄せながらも、話はしてくれるようだ。気を落ち着かせるように息を整え、口を開く。
「私の父は、サイドプラント・イノベーションズの副社長なの。そして、母の信頼を得た唯一の人物でもあった。つまり、社内の実権を握っていた、事実上の社長という位置にいたということ」
その話が事実なら、ここはサイドプラント・イノベーションズが保有する島で、この館も同様であることになる。そういえば、スピカが今回の世界一周旅行に使用された客船が、この島を目指していたと言ってたな…。
「スピカ。スピカはここに来たときから、サイドプラント・イノベーションズと、父親がこの島に関係していることに気づいていたのか?」
「…気づいていた。というわけではないけど、その可能性は頭にあったわ。隠すつもりはなかったの。でも、なかなか言い出せなくて…」
スピカには、スピカの、俺には想像できないような葛藤があったのだろう。もしかしたら、俺がここに流されたことにすら、責任を感じてしまっているのかもしれない。だが、そんなことは全くない。彼女は一切悪くないのだ。
「あまり気にしないでいい。それで、スピカは父親か母親から、この島について聞いたこととかはあるか?」
「ごめんなさい。私、こんな島の存在すら知らなかったわ」
「尚更、悪くないな。仕方のないことだったんだよ。今はヒントを手に入れたことを喜ぶとしよう」
「…、ごめんなさい」
頭を下げて謝る彼女が、何に対して謝罪をしているのか、はっきりとはわからなかったが、なんとなくわかったことで、この件の決着とした。
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