第12話謎の洋館⑦

 俺は、スピカに言われるがまま、部屋に鍵をかけた。その後は物音を立てないように、その場に立ち尽くした。倒れたゾンビが起き上がらないか心配だったが、やはりその気配はない。書物が擦れるような音はするが、この程度の音なら足音にすら紛れる。


『ドス…、ドス…、ドス…、ドス…』


 恐怖に心臓が潰されるかと思いながらも、近づくその足音を聞きながら立ち尽くす。できるだけ気配を消すため、口元も手で覆い息を止める。食堂ではそこまで激しく反応していなかったが、あれはゾンビに気を取られたからかもしれない。できることは、可能な限りしておく。

 等々、化け物の足音が限界まで近づき、扉の前で足を止めた。扉から一メートルも距離が空いていない俺は、この扉を破壊されるだけで殺されてしまうかもしれない。恐怖は募るばかりだが、ここは我慢するしかない。扉の向こうから聞こえる、不気味な呼吸音は動悸を一層激しくさせる。

 次に聞こえたのは、化け物がドアノブを回し始めた音だった。ガチャガチャと何度か回し続けた。そのうち破壊されるんじゃないかと、命の危機に気を張っていると、鍵がかかっていることがわかったのか、ドアノブは音を立てなくなった。

 すると、再び足音が聞こえ始め、軋む床を歩いて遠のいていくのがわかった。化け物は右側、最初に俺たちが行こうとしていた方向とは逆に歩いていった。

 やがて足音は消え、本当の意味での安堵がやってきた。口元の手も解き、精一杯呼吸をして、息を整える。

「はぁ、死ぬかと思った…」

「やっぱり、日記通りだわ」

「日記通り?そういえば、よく鍵を閉めれば入って来ないってわかったな」

 俺が情けなく呟くと、スピカはさっきの出来事で気づいたことがあるらしい。俺に指示も出していたし、スピカはあの化け物について何か考えがあったようだ。

「日記に書いてあったでしょ?あの化け物がドアノブを回すだけで、去っていったって。それで、あいつが鍵のかかった部屋には、入って来ないんじゃないか、と思ったのよ」

「そういえば書いてあったな。何か理由があるのか?」

「わからないわ。でもあの化け物、壁は壊していたわよね?扉はダメで、壁は大丈夫な理由、ね…」

 知れば、知るほど謎だ。ゾンビを仲間だと認識していないのは、知性がないからなのだと思っていたが、ドアノブを使って扉が開くことを認知し、同時に鍵の存在も知っている。しかし、壁は壊す。あの化け物は、本当になんなんだ…。

「悩んでいても、仕方ないわ。この部屋にはきっと何かあるはずよ。探してみましょう」

 モヤモヤするが、スピカの言う通りだ。あの日記を残した人物の部屋なら、何かあるかもしれない。気を取り直して、探索を開始することにしよう。

 部屋を見渡し、最初に気になったのは、扉横の壁に設置された、鉄製の箱だった。何が入っているかは想像もできなかったが、鍵穴に鍵が刺さったままで放置されていたため、調べないわけにはいかなかった。

 鍵を回すと、扉は簡単に開いた。どうやら、鍵を収納していたようだが、ほとんど空だった。唯一残されていたのは、一つの小さな鍵だけだった。小指ほどの長さもないその鍵を見れば、部屋を開けるために使われてないことは、容易にわかる。何より、宿舎としての部屋はパスによって扉の施錠、解錠が行われるため、こんな鍵の出番はまず無い。

 俺は、鍵を手に悩み続けた。そのうち今度は、スピカが何かを発見した。

「春希。これって、さっき落ちてた箱と同じものじゃない?」

 スピカが手に持っていたのは、食堂で発見した、ダイヤル錠によって鍵をかけられた箱と同じものだった。そして、同様に鍵がかけられており、スピカは開けずに困っていた。

「何かヒントがあるのかしら?」

 悩みながらダイヤルを動かしていたが、残念ながら開くには至らなかったようだ。箱は次に俺へと差し出された。

 受け取ると、ダイヤルは一○二で固定されていた。部屋番号とは、安易な数字を入れたものだと思ったが、状況からヒントを得ようとしたら、仕方のないことなのかもしれない。しかし、俺にもわかるはずはないため、渡されても困ってしまう。

 記憶にある数字で、なんとか試してみることにした。最初に揃えた数字は、九一五だった。我ながら安易だと思いながらも解錠を試みると、意外とあっさり開いた。

「凄いわね。なんでその数字で開くってわかったの?」

 箱が開く瞬間を、隣で見ていたスピカは呟くと、すぐに質問をしてきた。

「本当にたまたまなんだけど、この箱が日記を書いた人物のものなら、ここに来た日付を解錠のナンバーにしていると思ったんだ。日記を見た感じ、余程嬉しかったみたいだったから」

「なるほどね。それで、何が入っていたの?」

 説明を終えたあと、スピカに言われて、中身の確認を忘れていたことに気づいた。箱を開くと、中からは掌サイズくらいの円盤が出てきた。見かけによらず重量のあるそれには、Cの文字が刻まれていた。実際Cであるかはわからないが、少なくとも俺はそう思った。

「なんだこれ?」

「何かに使えるのかしら?」

 さすがのスピカも、これには困惑したようだ。指でつつきながら、首を傾げていた。わざわざ鍵までして保存していたものだから、大事な何かではあるようだが、現状使用用途は不明だ。

 とりあえず保管しておこうと、リュックを下ろして円盤を中へとしまい込んだ。腰を落とすと、床の方もよく見えるようになり、壊された机の方に視線が移った。

 壊されてはいたが、机だったことが分かる部分に残された、小さな引き出しを発見した。その引き出しを引いてみるとカランと音を立てたが、中身はほとんど空だった。音を立てたのは、唯一中に残されたライターだった。火はあれば何かに役立つかもしれないため、一応確保しておく。そこで、あることを思い出した。

「そういえば、俺も小さな鍵を見つけたんだ」

「鍵?ここには、その鍵が使えるところは、無いみたいだけど?」

 鍵を見つけたときの俺と同じような反応が帰ってきた。まぁ、当然の疑問だろう。スピカは、俺の思い出したことがについて、知らないからな。

「こいつの使い道があるのは、この部屋じゃない。最初に入った部屋でなら、使えるんだよ」

「そうなの?」

「あぁ、あの部屋に、一つ鍵がかかってて開かなかった引き出しがあったんだよ。このサイズなら、あの鍵穴に入るかもしれない」

 俺が、引き出しを開けたことによって思い出したことを説明すると、スピカは辺りを見回した。

「もう、ここには何も無いみたいだし、その引き出しを開けにいきましょうか」

 スピカの許可も取れたところで、次に俺たちは、最初に閉じ込められた管理者室へと向かうことになった。

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