第11話謎の洋館⑥
取り出し、手に取ると、その食券には血がついており、内容が読みづらくなっていた。
「す…、すか、すけいで?」
「何を言っているの?」
「いや、読み取れないんだよ」
そう伝えながら手渡すと、スピカはすぐにその内容にピンときたらしい。苦しそうな表情を見せると、内容について話した。
「これ、ショートケーキの食券みたい。あと、このKに上書きされてる部分、DじゃなくてPね。たぶん、正しい読み方は、
そう言うと、食券を俺に差し出した。再び手元に収めると、改めてその文字列を確かめる。雑な字だが、確かにショートのS以外が血で塗り潰されており、Dだと思っていたのがPだったとわかった。
「誰だかわからないが、他の誰かに伝わるように残したのか…。残念ながら、俺たちに逃げ道はなかったが…」
せっかくの警告だが、俺たちは、それに従うことができない。俺は食券を見つめながら呟くと、スピカが口を挟んできた。
「いえ、これはかなり大きなヒントになるわ」
「え?どういうことだ?」
「その食券をよく見てみなさい」
言われて、食券を睨みつけると、確かにいろいろなことが書いてある。だが、やはり血痕により読み取ることができない。そもそも、英語じゃ正しく読めない…。
「これの何がヒントになるんだ?」
「トーマス・デイブ。そこに書いてある人物の名前よ。その食券を買ったはその人らしいわね。さらに、その箱。きっとその人が持ち出した、自分の私物なんじゃないかしら?中身が何かはわからないけど、この名前に気をつけていれば、いずれ鍵を解くヒントが見つかると思うわ」
再度食券に目を通すと、確かに小さな文字で、人名らしき文字列が確認できた。
「だが、これがなんで、ここで食券を買った人の名前だと思うんだ?責任者とかの名前かもしれないだろ?」
「この券売機には、お金を入れるところがないでしょ?もしかしたら、ここの人たちは、従業員用のパスか何かで、食券を買っていたんじゃないかしら。それなら、誰が買ったかを確認する場合や、領収書の代わりとして食券に名前を記す必要があった、と私は思う。
それでも、あなたの言うような可能性が無くなるわけではない。けれど、少ないヒントは、有効活用しなくちゃじゃない?」
スピカは自信がないようなことを、補足として言葉にしたが、彼女の言うことは十分あり得る話だ。中身はまだわからないが、このヒントを頼りに、この箱を開けるときは近いかもしれない。
「なるほど、それは確かに…。とりあえず、その線で頭に留めておこう。よし、そうとなれば、ここからは引き上げるとしよう。一箇所に長居するのは、危ない気がする」
この意見には、スピカもすぐに同意した。食堂を出るには、さっきの化け物が入ってきた、開け放たれた入り口から抜ける以外のルートはない。
俺たちは、ただ一つの入り口からゆっくりと顔を覗かせ、様子を確かめた。左右に続く廊下には当然明かりなどなく、薄暗いため先の方は近づかないと確かめようがない。だか、見える範囲にゾンビはいないようだ。
「とりあえず、どっちに進むかだな。どっちがいい?」
「…、ここを右に曲がれば、さっきホールで鍵が閉まってた部屋に、繋がってるんじゃないかしら?」
忘れていたが、言われて思い出した。そういえば、ホール右側の扉は入れなかったんだった。ここは恐らく、シャッターで仕切られていた階段を、ホールとで挟んでいる部屋だ。
俺たちが想像する位置感覚が間違いなければ、右方向はあの部屋へ続いているかもしれない。まぁ、それも道があればの話だが。
「とりあえず右側だな。…行こう」
周囲の確認をしながら、スピカに伝えると、無言の頷きが返ってきた。化け物の存在がある以上、必要最低限の会話で悟られぬようにするための配慮だろう。
俺たちは、食堂を後にして、先の見えない廊下へと出てきた。予定通り、右へと進行していこうとしたが、その前に気になるものが現れた。
食堂を出入り口正面の壁には、部屋が並んでいた。それぞれ扉があり、部屋番号のようなものが記されていた。最初に目に映ったのは、二つの部屋に挟まれ、出入口から最も近い一○二号室だった。さらに扉には、その部屋を利用していたであろう人物の名前も一緒に記されていた。
「…スティーブン・アレイラ」
読み上げたのはスピカだったが、見覚えのある文字列であったため、俺もすぐに読み解くことはできた。
「これって、日記を書いてた人の名前…だよな?」
「間違いないわ。さっきの部屋には寝泊りするような設備はなかったし、恐らくさっきの部屋は仕事部屋で、こっちを業務外で使っていたのね」
言われてみればそうだ。この島で働くのに、家から通う人間はいないだろう。この館は、宿舎も兼任していたのか。
「先にこの部屋を、見ておきましょう」
言いながら、すでにドアノブに手をかけていたが、その意見には俺も同意だったため、余計な口出しはしなかった。
扉に鍵はかかっておらず、あっさりと開かれた。見落としていたが、ドアノブの隣にはマーカーのようなものがあった。おそらく先ほど話していた、パスのようなもので施錠や解錠をしていたのだろう。
そして、開かれた扉の先に現れたのは、酷く荒らされた部屋だった。ベッドは粉砕され、机も原形を留めてはいなかった。書物が散乱する床を踏み入っていくと、部屋の奥で物音がした…。
視線を向けると、呻き声と共にゾンビが起き上がろうとしていた。散らかる本につまづきながらも、近づいてくるゾンビは確実に俺たちとの距離を詰めていく。部屋が暗くて入った直後は気づかなかったが、この部屋にはすでにゾンビがいたようだ。
俺は銃口をゾンビに向けて構えた。先に部屋へ入っていたスピカも、同じように構え、銃声を鳴らした。銃弾は見事に頭部を打ち抜き、ゾンビは倒れた。だが、死んだわけではない。追撃で俺も頭を撃ち抜いた。さっきは外したが、倒れてくれたおかげで距離も近くなったし、何より動かないから狙うのも簡単だった。
ゾンビは痙攣したように震えていたが、起き上がる気配は無かった。不意の窮地を無事に乗り切り、安堵していると、スピカが何かを小声で俺に伝えていた。
「…春希、鍵をかけて」
声量はなかったが、切羽詰まったような雰囲気が声色と表情から伝わってくる。そして同時に聞こえたのは、あの足音だった…。
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