第10話謎の洋館⑤

 スピカが起き上がろうとしていた、ゾンビを再び狙い澄ましていた。俺はスピカの手を掴み、銃を降ろさせた。

「何?邪魔しないで」

 俺は、スピカの口を押さえ、音を立てないように気をつけた。

「静かにしてくれ。何か、聞こえないか?」

 最初は疑問符を浮かべたような表情だったが、だんだんと表情が強張ってきた。どうやら、スピカにも聞こえたようだ。


『ドス…、ドス…、ドス…、ドス…』


 徐々に近づいてくるそれは、間違いなく何かの足音だ。ゾンビの呻き声もしっかり聞こえるが、今警戒すべきは恐らくこの足音の方だ。

 急に聞こえ始めたこの音、偶然とは到底思えない。であれば、恐らくこの足音は銃声に反応し、ここに向かっている。負傷したゾンビよりも、この足音を警戒するのは正しい判断となるはずだ。

 スピカを抑え込んだ状態のまま、カウンターの裏に隠れていると、足音はさらに接近してきた。そして、遂に食堂へと姿を現した。

 音を立てないように影から覗くと、そこには、二足歩行で歩いているものの、生物とは表現できないような、禍々しい容姿の化け物がいた。

 その化け物は、部位の判別が効かないような、肉塊と呼んで間違いない体をしていて、唯一判別がつく右腕は、異常に発達していた。

 さらには、背後から触手のようなものが数本うねっており、不気味さは果てしないものだった。

 その化け物は、目が見えているのかわからないが、周囲を見渡している様子だった。その行動を止めると、すぐに進行を開始し、ゾンビのそばで立ち止まった。

 すると、右腕を振り上げ、ゾンビを殴り飛ばした。ゾンビは壁に打ちつけられると、四肢が飛び散り、床へと落ちた。その後、触手が飛び散った部分へと伸びていき、化物の一部として吸収されていった。

 もう一体のゾンビも同じように吸収してしまうと、再び見渡した後、部屋からは出て行ってしまった。

 化け物の体の正面が、こちらに向いた瞬間もあったが、特に何も起きずにやり過ごすことができたようだ。俺は、安堵のため息と共に、スピカを解放した。

「悪い、急に抑え込んだりして。スピカ?」

 なぜか、顔を伏せたまま上げてくれない。怯えてしまったのだろうか…。

「もう、こんなこと一生するんじゃないわよ」

「え?あ、すみませんでした…」

 どうやら、怒っていたようだ。相変わらず表情は見えないが、猛省しよう…。

「それで、今のはなんだったの?春希に抑えられていたから、あまりよく見えなかったわ」

「よく見ても、わからなかったよ。ただ、ゾンビでもなかった。ゾンビを吸収していたんだ。それに、あの化け物は音に反応するらしい。その証拠に、物音を立てなかった、俺たちはこうして助かってる」

「物音に反応する、化け物ね…」

 スピカは顎に手を当てて、考えるポーズをとった。

「幸い、もう近くにはいないようだし、ここも少し調べていこう」

 言うと、スピカは考えるのをやめて、周囲を見渡した。

「ここは、食堂…よね?」

「そうだと思うけど、荒れすぎてわからないな。いや…」

 俺はカウンターの横に並ぶ、複数の券売機が設置されているのを見つけて、訂正した。

「ここは、食堂で間違いなさそうだ」

 スピカも俺の視線に気づき、券売機を見て確信した。そして、同時に発見したのは、一箇所だけ、異様な券売機が存在していたことだった。

 調べるとは言ったものの、食堂に手掛かりがあるのか不安だった。だが、そこにある血塗れの券売機は、確実にここで何かがあったことを示している。

 俺は、それを目の当たりにしたとき、今までとは別の恐怖に襲われた。急いで口元を抑えて、堪えたが、今も口内には酸味の効いた味が残っている。しばらくは、軽く呼吸をして、息を整える。

「これも、その化け物の仕業かしら?」

「…、たぶん。あいつなら、食堂と武器庫の壁を壊すのも可能だろうし、日記にも壁が崩れる音がしたって書いてた。あいつがここにいたなら、ここで人が殺されていてもおかしくはない」

 ここで殺された人物は、恐らくあいつに吸収されたのだろう。遺体は残らず、飛び散った血液だけが残っているのは、そのせいだ。どこまでも、残酷な化け物だ…。

「これは、何かしら?」

 俺が無残な状況に吐き気を催していると、スピカが何かを拾い上げた。見ると、何かの箱のようだが、三桁のダイヤル錠でロックされているため、開けることはできなかった。

「何か入ってそうなのか?」

「うん。振ると、中から音がするわ」

 振ったらって、何が入ってるかわからないのに、不用意に振らない方が良さそうだが…。ま、そんな危険なものを、こんな簡易的な収納の仕方はしないか。

「少し、見せてくれ」

 俺は箱を受け取り、あちこち眺めてみる。確かに振ると、カラカラと音がする。中身は、金属の何かみたいだが、詳細は当然わからない。そして、ダイヤル錠は、三桁の数字を示しており、開く気配はない。当然、今の数字では錠は開かない。

 調べるとは言ったものの、食堂に手掛かりがあるのか不安だった。だが、そこにある血塗れの券売機は、確実にここで何かがあったことを示している。

 俺は、それを目の当たりにしたとき、今までとは別の恐怖に襲われた。急いで口元を抑えて、堪えたが、今も口内には酸味の効いた味が残っている。しばらくは、軽く呼吸をして、息を整える。

「これも、その化け物の仕業かしら?」

「…、たぶん。あいつなら、食堂と武器庫の壁を壊すのも可能だろうし、日記にも壁が崩れる音がしたって書いてた。あいつがここにいたなら、ここで人が殺されていてもおかしくはない」

 ここで殺された人物は、恐らくあいつに吸収されたのだろう。遺体は残らず、飛び散った血液だけが残っているのは、そのせいだ。どこまでも、残酷な化け物だ…。

「これは、何かしら?」

 俺が無残な状況に吐き気を催していると、スピカが何かを拾い上げた。見ると、何かの箱のようだが、三桁のダイヤル錠でロックされているため、開けることはできなかった。

「何か入ってそうなのか?」

「うん。振ると、中から音がするわ」

 振ったらって、何が入ってるかわからないのに、不用意に振らない方が良さそうだが…。ま、そんな危険なものを、こんな簡易的な収納の仕方はしないか。

「少し、見せてくれ」

 俺は箱を受け取り、あちこち眺めてみる。確かに振ると、カラカラと音がする。中身は、金属の何かみたいだが、詳細は当然わからない。そして、ダイヤル錠は、三桁の数字を示しており、開く気配はない。当然、今の数字では錠は開かない。

 俺が、首を傾げていると、隣からスピカが一つの提案をした。

「撃ったら、壊れるんじゃない?」

「……。それは、ダメだ。中に何が入っているかわからない状況で、それをするのは危険だろう。それに、さっきはゾンビがあいつの気を引いてくれたから助かったけど、次はどうなるかわからない。できるだけ音は立てない方がいい」

 またしても、不満げな表情を見せるスピカは、反論した。

「でも、いつかは戦わないといけないわ」

「それはそうかもしれないが、俺たちは何も知らなすぎる。もう少し調べれば、あいつに対抗する術が見つかるかもしれない。それを見つけてからでも、遅くないだろ」

「…そうね、わかったわ」

 不満げな表情は晴れなかったが、なんとか納得してくれたようだ。それにしても、この三桁の数字は、一向にわからないままだ。箱には、ヒントが記されていたりはしないし、この部屋に偶然あるというのは、話ができすぎている。地道にやってもいいが、時間がかかりすぎる。どうするべきか…。

 いや、待てよ。そもそも、なんでこんなところに、こんな箱が落ちているんだ?誰かが置いたにしろ、落としたにしろ、不自然だ。それに、この埃のかぶり方は、確実にこの事件の同日からここにあったと思って間違いないだろう。ということは…。

 俺は、一つ思いつき、周囲を眺める。正確にいうと、血痕周辺を観察した。そうして、見つけたのは、券売機の取り出し口に残された一枚の食券だった…。

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