第9話謎の洋館④

 散乱している銃は、どう見ても使い物にはならない。銃に触れたことすらない俺が見てわかるのだから、よっぽどだ。

 スピカは、しばらく足元を見つめていたが、視線を上げ歩き始めた。

「まだ、使えるものがあるかもしれない。探しましょう」

 奥へと進んでいくと、半ばでしゃがみ込んで壊れた銃を漁り始める。

 諦めろと言われて、諦めれるものでもない。よく見れば、壊されているものは長物ばかりだ。小型の銃ならいくつか残っているかもしれない。

 だが、そこが妙でもある。つまり、この銃を壊した者の目的は、銃の破壊ではなかったということ。では、一体何か。

 さっきの日記では、こっちの方向から壁が壊れる音がしたと、書かれていた。だが、本棚は扉を抑えたまま残されていた。この日記を書いた人間が言うような化け物が、こいつを襲う過程でここを荒らした、というのが一番あり得るが、それは本棚と矛盾が生じる。

 ま、それもこれも日記の内容をすべて信じ、日記の内容だけを元に考えた推測だが…。

 今は、スピカと同様に足元に散らばった、銃の残骸を漁ることにする。実際に手に取り、眺めてみたら、はっきりと壊れているものはすぐにわかる。しかし、それほど損傷を受けていないものは、判断しかねる。

 俺は、状態の良さそうなハンドガンを手に取り、表面を見回してみる。もしかしたら、これは使えるんじゃないだろうか…。正直言うと、銃がどうとかの前に、暗すぎてまともに状態が確認できない。

 さっきまでは、隙間から差し込む日差しが光源になってくれていたが、その日差しもここまでは届かない。

 俺では、判断できないため、スピカに相談しようとすると、すでに背後へと移動して、俺を見下ろしていた。

「それは、ダメね。マガジンが本体ごと変形してるし、先端にもヒビが入ってるわ。一発は打てるかもしれないけど、精度も威力も定まらないし、役には立たないわ」

「そ、そうか…。よくそこから、そんな細かいところまで見えるな。というか、スピカは銃に詳しいのか?」

 光源がないのに、よく見えるものだ。ヒビには、俺も気づいていたが、この程度なら大丈夫だと思ってしまっていた…。

「詳しいというほどは、知らないけれど、旅行中に射撃場で実際に触ってから、少し興味を持ってしまったわ。面白くて、旅行の間少しだけ通ったけど、それっきりね。ま、その後もおもちゃは触ってたけど…」

「それはまた、すごい経験をお持ちですね。将来は、警察官か何かなんですか?」

 聞くと、少し不満そうな表情を見せたが、返答はすぐだった。

「そうですが、何か?」

 冗談のつもりだったが、予想外に正解だったため、俺は苦笑いで誤魔化した。まさか、本当に警察官を目指していたとは…。てっきり、母親の会社を、継ぐものだと思っていたのだが…。

 会話がひと段落ついたと判断したスピカは、俺に一丁の銃を投げ渡した。俺は受け取ると、感触を確かめるが、特に何も感じない。初めて触るのだから、当たり前と言えば、そうなんだが…。

「それをあなたに、渡しておくわ。予備のマガジンと弾もついでに集めておいたから、受け取りなさい」

 あまり、乗り気にはなれないが、俺はそれを受け取り、ポケットとリュックに別けて収納した。

 見ると、スピカも自分の銃を手にしていた。俺が手渡されたものとは、また違う形状のもののように見えるが。

「それは?」

「これ?これはリボルバーよ。威力が強いから、私がこっちを使うわ。あなた、使い方はわかる?」

 初めて触るから、わからないのはわからないが、見ればなんとなくはわかる。映画でも使ってる人いたし…。

「な、なんとなく…」

「なんとなくじゃ、ダメでしょ。貸しなさい、教えてあげるわ」

 おっしゃる通りで…。

「お願いします」

 俺は、おとなしく使い方の指導を受けた。打ち方の基本的な手順から始まり、構え方、狙いの付け方、リロードの方法など、様々なことを教えられた。一気に言われて、完全に理解できたかと聞かれると怪しいが、なんとかなりそうだ。

 引き金を引くことはなかったが、指導は終わり、次なる行動の相談へと移る。

「でも、これからどうしようかしら。結局進める場所がないわね」

 スピカの言うことは一理ある。戻っても開く扉は存在しない。だが…。

 俺は、武器庫の奥へと進んでいく。暗くてよく見えなかったが、確かにそこに、それはあった。

「日記で書いていた通りだ。この奥の壁、壊されてる。ここから、隣の部屋に行けそうだ」

 それを聞いて、スピカもこちらに駆け寄ってきた。崩れた壁を見て、進む道を見つけたと同時に、壊れた壁に恐怖を煽られた。

「この壁、すごく分厚いわ。これを道具無しで壊したと言うの?」

 言われて俺も気づいた。確かにこの壁、武器を収納しているからかもしれないが、とてつもなく分厚い。こんなものを砕いてしまうようなやつが、ここにいるというのか…。

 俺は、会話を続けようと声を出そうとしたが、スピカに制された。口元に指を立てて、静かにするよう促された。

 スピカの視線は、壊れた壁の向こうへと注がれ、集中した表情を浮かべていた。つられるように、俺も視線の先を追うと、そこにはヤツらの姿があった。

 ゾンビだ。暗闇の中で立ち尽くしていて、俺たちには、まだ気づいていないようだった。視界に入ると、意識がそっちに向いて、今まで聞こえてきていなかった、ゾンビの呻き声も聞き取れるようになっていた。

 破壊された壁の先には、またしても壊されたカウンターらしき設備があった。辺りを見回すと、等間隔に並べられていたと思われる長机と、椅子が散乱していた。カウンターの裏には、調理室も存在する。つまり、ここは食堂ということで間違いないだろう。

 あまり、長居する必要はなさそうだが、二体のゾンビが立ち尽くしている以上、こちらも下手には動けない。

 カウンターの裏へと素早く移動すると、スピカが部屋内を覗いて、再び状況を確認する。

「あなたは、右のを狙って。私は、左を受け持つわ。頭をよく狙って、撃ちなさい」

 小声でそう告げられたが、今の今まで銃なんて握ったこともないような人間に、そんなことを求められても困る。

「いや、さすがにそれは無理だ。いきなり、このシチュエーションは荷が重すぎる」

 さっきから、手の震えが治らない。これが、緊張からなのか、恐怖からなのかも自分で判断がつかないほどに、焦っている。こんな状況でもし撃っても、当たるはずがない。

「なら、ここから先は私だけで行くわ。あなたは、さっきの部屋で、私の助けを待ってるといいわ」

 俺は、そう言われて銃を握り直した。さっき指導された通りに、しっかりと。

 我ながら、単純な性格をしている。こんな言葉にやる気にさせられるとは。

「わかった。やってみるよ」

「同時にいくわよ。私が合図したら引き金を引くのよ」

 そう言うと、すぐにカウントダウンが、五から始まった。手の震えは相変わらず治らないが、これからこんな機会はいくらでも訪れる。ここから、生きて帰りたいなら、こんなところで立ち止まってはならない。

 カウントダウンは、躊躇なく減っていき、等々最後の数字が告げられた。

「ゼロ」

 二つの銃声は、カウントダウンの終わりと同時に鳴り響き、弾丸がゾンビを捉えた。スピカの弾丸は間違いなく頭部を撃ち抜いて見せ、ゾンビはその場に倒れた。

 しかし、俺の弾丸は、ゾンビの腹部に命中したため、少しよろけただけで、体制を整えると、俺たちの方へと歩み始めてしまった。

 俺は焦って銃を前に突き出すが、引き金を引いても、弾が出ない。なんでだ?どうして?俺が焦っていると、さらに銃声が鳴り響いた。

 この状況で、俺以外に銃声を鳴らすことができる人間は、ただの一人だけだ。

「焦りすぎよ。スライドを引かないと、次弾は打てないわ」

「そ、そうだったな…。ごめん」

「謝ってないで、次の準備して、あいつら生きてるわ」

 俺が覗くと、確かにまだ動いていた。あれを生きていると表現するのは、正しいかどうかはわからないが、あれだけでは倒れないようだ。

 次は失敗しないように、あらかじめスライドを引いておく。カウンターの裏で、銃撃の準備をしていると、そのときだった…。


『ドス…、ドス…、ドス…、ドス…』


 これは、足音?何かが、近づいてきている…。

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