第4話無人島③
時刻は、正午を過ぎた。二日目の無人島は、今朝の恐怖が、嘘だったかのように、穏やかさを取り戻していた。
朝から、寝床を充実させる作業をしていたが、そろそろ空腹を感じ始めた。少し面倒だが、森に入ってラズベリーを採取しにいくとしよう。
ここで、頭をよぎるのが、今朝の出来事だ。あのとき、現れたゾンビは森へと姿を消していたのだった。もしかしたら、あのゾンビが、森の中を歩き回っているかもしれない。そう思うと、森へと伸びかけていた足が止まる。
しかし、俺がこの島にいる以上、あのゾンビは確実に脅威となる。誰にも頼ることができないこの状況では、最終的に向き合わなくてはいけなくなる。
リュックを背負った俺は、ナイフを手に取り、森への進行を開始した。
それなら、向き合うタイミングが早いか、遅いかだけの違いに過ぎない。つまり、面倒なことは先に終わらせる性格の俺は、今解決に向かうというわけだ。
ナイフ一本に、自分の命がかかっていると思うと、不安を感じずにはいられないが、俺に選択肢は残されていなかった。
森を進むと、昨日気づかなかったのが不思議なくらいの腐臭に襲われた。これは、あいつがここを通ったことによるものなのか、どうかはわからないが、足跡らしきものが残っているのを見ると、その可能性が高そうだ。
植物にも、得体の知れない液体が付着している箇所が存在し、あれが夢でないことは即座に証明された。
どうやら、この液体がこの臭いの元らしい。赤と言うには、あまりにも毒々しく、黒ずんだそれは、気持ちが悪いと表現するのが適切とすら思える。
一度通っただけあって、迷うことは少なかったが、ゾンビの足跡や、謎の液体を避けながらだったため、昨日より時間はかかってしまった。
昨日と同じところに、ラズベリーはしっかりと実っていた。
一安心と言ったところだろうか。一つずつ、摘み取り、サングラスをしまっていたケースに詰め込んでおく。
意外と入るもので、これだけあれば、二日は摘みに来なくて良さそうだ。あとは、腐らないようにしないといけないのと、腐ったものを判別しないといけないのだが…。
「ラズベリーって、どれくらい保つんだ?こんなとき、携帯が使えればすぐに調べられるのに…」
呟くが、携帯が使える状況なら、こんなことを考えなくて良かったのではないか、という思考が、諦めを促した。
そして、ここまでゾンビとの遭遇がないが、ここに来て、昨日は気づかなかったものがそこにはあった。ラズベリーのなる絡まり合う草木の隙間から、タイルのような床が、うっすら覗き見えた。
ナイフで草木を切り裂こうとすると、何かに引っかかった。長年の成長による繁茂と、大量の雑草によってわからなかったが、どうやら、このラズベリーは、金網に沿って成長したもののようだ。引っかかったナイフに、力を入れると、すぐに金網は裂けた。
裂け目を広げていくと、足元に苔と雑草で埋もれたレンガタイルが姿を現した。
金網といい、このタイルといい…。確実に人工物であるそれは、人が住んでいたという可能性を示唆するものではあるが、この様子では、希望を、抱くには弱すぎる。
特に考えがあったわけではないが、足はそのタイルの上を歩き、前進し始めた。期待か、好奇心か、その歩みを進ませるものが何かは定かではないが、そこに恐怖はなかった。
木々によって、日差しは木漏れ日程度しか差し込んでこないため、時間とは関係なく、薄暗い場所が続く。人が通った形跡は全くなく、成長した草木をかき分け、進んでいく。
すると、今度は鉄柵に行手を阻まれた。左右に長々と続いているようで、どちらに沿って進むかで迷ったが、結論はどちらでもいいということで、右に進行を再開した。
草木で溢れる、道無き道は続き、数十分ほど経過したところで、見晴らしのいい空間が現れた。
「ここは…」
無意識に言葉を漏らし、周囲を見回す。最初に目に止まったのは、柵を越え、生茂る草木に覆われた一軒の館だった。
素人目で見てだが、この館は、豪邸と呼べる大きさではないかと思えるほどに、大きかった。無人島に似つかない金網も、タイルも、鉄柵も、すべてはこの館を囲うものだったようだ。
次に俺が視界に収めたのは、館の入り口と思われる場所の正面に存在する、門だった。
門は開け放たれていたため、館には難なく侵入できそうだが、好奇心のあまり、見逃すところだった。
この門の周辺には、無数と言えるほどの足跡が存在した。四方八方へと広がる足跡は、到底一体のものとは思えなかったが、これがいつつけられたものなのかが、わからない以上、結論づけるのは早い気がした。
しかし、これだけでも、足を留める理由には十分だ。この事実を踏まえた上で、無人島での暮らし方を考えるのも、悪い考えではないんじゃないか?
そんなことを考えて、来た道を後ずさろうとすると、背後から何かの足跡が聞こえる。恐怖を感じた俺は、振り向けずに、立ち尽くすことしかできなかった。迷っていると、すでに、気配はすぐ後ろにまで、近づいてきていた…。
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