第3話無人島②

「なんだ、この臭い…」

 目を覚ますと、強烈な異臭に襲われた。排便物のようなものではなく、腐臭のような…。そこで、俺に危機感が芽生えた。その特徴的な臭いには、心当たりがある。

 先程とは違った、草木が凌がれ、何かが進行するような音が聞こえ始める。こういうときは、周囲の静けさが心強い。方向がわかったところで、岩陰から顔を覗かせる。

 森の中は、月光が差し込まないため、あまり視界は良くない。だが、確かに視認できた。二足歩行の何かが森を歩き回っている。もしかしたら、俺以外の人間かも知れないという希望が湧いたが、下手に近づくわけにもいかないため、目を凝らす。目が暗さに慣れてきたところで、月光がその姿を照らす。

 間違いない。ゾンビだ。

 まさか、同じ島に流れ着いていたとは…。いや、他の人間が流れ着いているかもという予想を立てた時点で、この可能性があり得ることもわかっていた。だが、得体の知れないものとの遭遇により、動悸が激しさを増す。

 周囲を確認するが、他にはいないようだ。ということは、あいつだけか。それなら、なんとかなるか?いや、ゾンビの撃退方法なんて知らない。もっと、そういうゲームをやってた方がよかったか。

 くだらないことを、考えている暇はない。俺は、撃退手段を練るため、一旦距離を置くことにした。

 月光に照らされるゾンビから、目を離さないように、後退していく。何が有効かはわからないが、刃物がいくつかリュックに入ってたはずだ。少し心許ないが、それで、撃退を試みるか。近づくことすら、できるか不安だが、これはやらなくてはならないことだと、直感が告げる。


 パキッ。

 

 俺の足元で鳴ったその音は、微量ながらも、静寂に響いた。俺は動揺したが、ゾンビから視線を背けることはしなかった。これが、好判断であったかどうかは、定かではない。ただ一つ言えることは、月光に照らされる、二つの水晶の反射が、こちらに向けられているということだけだ。

 俺は、後方へと走り出した。すでに激しかった動悸は、さらに増していく。特に何か考えがあったわけではないが、海を経由すれば、あいつもうまく追ってくることができないんじゃないかと思い、海へと走る。だが、足がもつれて、その場に倒れ込んでしまった。さっきまで、ずっと同じ体勢だったからなのか、足場が悪かったからなのか、原因はわからないが、そんなものはどうでもいい。

 後ろを振り向くと、すでに数メートルというところまで、ゾンビは接近していた。早く逃げないといけないというのは、わかっているのだが、足が思うように動いてはくれない。

 転んだ理由が、わかってしまった。俺は今、恐怖しているんだ。そこからくる緊張が、俺の体の自由を奪っている。

 ゾンビは、確実に接近してきている。俺は、這いずりながら、海へと入っていく。だが、こんなペースでは、追いつかれるのも時間の問題だ。必死で逃げていたため、ゾンビの様子を見ることはできなかったが、全身が海に入ったところで、一度確認しておく。

「あ゛あ゛ぁぁ」

 背後から、奇妙な呻き声が聞こえる。俺が、恐る恐る振り返ると、あと一メートルというところまで詰め寄られていた。

 それを見て、俺は逃げる意味を見失った。反転し、海へと背面から倒れ込む。手をつき、顔を海中から出すと、すぐそこにゾンビが立っていた。

 目はすぐにでも、落ちてしまいそうで、腕と足の皮は一部剥がれていた。服は着ているが、ほとんどただの布と違わなかった。ゾンビの接近により、腐臭は強まり、その場で吐いてしまいそうだった。

「ハァ、ハァ、ハァ…」

 俺はゾンビを睨みながら、荒い息を立てるくらいしかできなかった。

 ゾンビが動きを止めてから、数十秒が過ぎたが、一向に何かしてくる雰囲気ではない。視線にも、口元にも、反応がないため、何を考えているのかもわからなかった。

 ゾンビは、特に何もしないまま、踵を返して、森へと引き返して行った。遠のくゾンビを眺めていると、ふと足元から湯気のようなものが出ているのに気づいた。

 ゾンビが、完全に森へと姿を消すと、自然と安堵のため息が漏れた。その後、俺の背後から太陽が姿を表す。昨日は砂浜で、今日は海中で日の出を感じれるとは、本来なら気分も幾分かいいかもしれないな。しかし、あれは一体、なんだったのだろう…。

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