第8話 処刑①
ハナはナギを右肩に乗せつつ『忘却の霧』に覆われた広い平野部を抜け、山間部の山道を群青色のスーパーカブで走っていた。既に夕方の時間帯になっていた。
「ようやく山に入ったね、ナギ」
「いやー長かったねぇ。俺の昔話だけじゃ全然間が持たなかったね」
「確かにね。でもようやく『霧』が薄くなってきたし、またいつも通り、上から見張りをお願いできない?」
「おっけー」
そう言うとナギは白い翼をバサリと広げ、ハナの右肩を蹴って上空へと飛び立っていった。
ハナのバイクを先導しつつ、念のための見張りのためである。
『忘却の霧』の中は警察もいない無法地帯のため、ハナの
暫くスーパーカブを走らせると、上空のナギからイヤーカフ型通信機を通して声が聞こえてきた。
『もうすぐ「霧」が晴れて、その先に小さな村……というか集落が見える。……何というか、結構貧相な村だな……』
「ふーん、多分元々目指してたところとは違うけど、まぁとりあえず寄ってみようか」
そういうとハナはスーパーカブのスピードを上げ、軽快に目的の村まで走らせて行った。
その村に着くと、確かに川沿いの僅かな面積の土地に多くの家が並んでいた。
堅牢に建てられた家もあるものの、『霧』以後に造られたと思しき「バラック」とも呼ぶべき貧弱な建物も多く、強風が吹けばすぐにでも吹き飛びそうな様子だった。
ハナはそのボロ屋の横の道をスーパーカブでゆっくりと周囲を観察しながら走っており、またナギも上空から色々と偵察をしていた。
すると、スーパーカブのエンジン音が珍しかったのか、そのボロ屋から胡乱そうな目をした男性が顔を出した。
ハナはちょうど良かったとばかりに、その男性に声をかけてみることにした。
「ちょっとすみません、この村の村長さんに会いたいのですが、どこに行けば会えますか?」
ハナはいつものように、村での商売の許可を得たり、屑拾いの需要を聞き取るために、村長の居場所を尋ねた。
するとその男は胡乱そうな目をさらに細め、こちらを値踏みするかのように逆に質問を返してきた。
「……会ってどうするんだ?」
「あの、私は
「……ふん、この村にそんな
「……はぁ、そうですか。でもまぁとりあえず村長に会いたいのですが……」
「ふん、この先の道を行った田んぼの横にあるグレーの家だよ。行けばわかる。あと、道中襲われんように気をつけろよ……」
「ありがとうございます、行ってみます」
「ナギ、今の話聞いてたよね? どう思う?」
ハナは群青色のスーパーカブを走らせつつ、上空から通信機越しに今の話を聞いていたナギに問いかけた。
『どうって、まぁそのままだろ。あの道路脇のボロ屋の並びを見るに、『霧』の避難民で急激に人口が増えて、村が人口増に耐えきれず食糧難になってるってことだろ。で、相手が
「うーん、めっちゃ胡散臭い目でこっちを見てたけど……。そうかなぁ」
『きっとそうだよ! 人を見た目で判断しちゃいけないよ!』
ナギはちゃんと意味が分かっているのかよくわからない軽い口調で言った。
村長の家は男性の言うとおり、確かにすぐにわかった。
と言うのも、山間部の川沿いにあるこの集落では平地が非常に狭く、田んぼに適した土地が非常に少ないようだった。
そして、その貴重な田んぼの横にあるグレーの立派な家は1つしかなかった。
ハナはそのグレーの家の前にスーパーカブを横付けすると、金目のものと食料品を全て背負った上でインターホンを押した。
玄関脇には沈丁花の木が植えてあり、こんもりとした白い花が密集して咲き、なんとも良い匂いを辺りに漂わせていた。
旅をしている
ハナはナギを右肩に乗せたまま、簡単な応接室に通された。
家の内部は木目を基調としたシンプルな内装をしており、小さめの椅子と膝の高さのテーブルがある小さな部屋だった。
ハナとナギは暫くそこで待っていると、村長らしき男が入ってきた。
その男はカズオと名乗った。
「私は
「この村での商売はご自由にどうぞ。また依頼の件も、お申し出ありがとうございます。ただ、ここまで村の様子を見て十分ご理解頂けたかと思いますが、この村は大変貧しく、村人がダイバーさんにお出しできるお金はおろか食糧もほとんど無いのです。また私個人としても今のところ依頼したい事項はございませんね……」
「そうなのですね……、やっぱり『霧』からの避難民の影響でしょうか?」
「そうです。私の家の前にある田んぼが、この辺りでは唯一の広い田んぼで、昨年の収穫量だけでは全く足りなくなってしまったのです。村の外から食糧を調達することも難しく……」
「なるほど……」
ハナは少々落胆したが、このような食糧難に陥っている村は珍しくないため、気を取り直して、今後のことを考える。
「それでは今晩はここで泊まりたいのですが、宿屋のようなところはありますか?」
「宿屋ですか……、昔はあったのですが……」とそこまで言いつつ、村長のカズオは何かを思い出したような顔になった。
「ああ、そういえば以前に
村長のカズオは優しい微笑みを浮かべていた。
「なるほど、それは良いかもしれませんね、有り難く使わせていただきます」
そう言うとハナは村長の家を出た。
するとハナのスーパーカブの周囲にみすぼらしい身なりの人が十数人立っており、村長の家から出てくるハナを待ち構えていた。
彼らはハナを確認すると、一斉に地面にひれ伏して、頭を地面につけ始めた。いわゆる土下座の姿勢だった。
「
大人達が一斉にハナに向かって土下座をしている光景にハナは唖然とした。
それと同時にそこまで酷い食糧状況だったのかとも感じた。
しかしハナとしても、そこまで食糧に余裕があるわけでもなく、この十数人全員に対して回せるほどの在庫があるわけでもなかった。
ハナはどうやって答えれば良いのか思案したが、ふと運んでいたあるものを思い出した。
「あの……、とりあえず顔を上げて立ってください」
ハナはそう言うと、土下座をしていた大人達が素直に立ち上がった。
「私もそんなに食糧を持っている訳では無いのですし、ましてこの人数全員を助けることはできません。しかし、こちらなら無料で差し上げることが出来ます」
ハナはそう言って荷台から取り出したのは、以前の街で買い付けを行なったさつまいもだった。それも、大きいものはハナが随時焼き芋にして食べてきたため、残った小さなクズさつまいもである。
その小さなさつまいも数本を見せられた大人達は戸惑った。
どう考えてもその小ささでは一人分のお腹を満たすことすら出来ない。
「……あの、
「これがあれば、この種芋からさつまいもを栽培出来るでしょうきっと。今は辛いかもしれないですが、これで来年は少しは楽になるかも、と思ったのですが……」
「なるほど……」
ハナとしては小さいさつまいもは食べ応えもなく、捨てようかと思っていたところの体の良い在庫処分のつもりである。
ハナのアドバイスに従って栽培をするも良し、小さいまま食べるも良し。
それは彼らの選択だと思う。
十数人の大人達は様々な反応をしていた。潤んだ視線で感謝の態度をとる人、そんなに上手く行くわけないだろうと諦めの姿勢をとる人、何かを脳内で計算している人。
ハナは村人達の出す結論には興味がなかったので、小さいさつまいもを渡すと、すぐにスーパーカブに乗り込んで、再び霧の中へと戻って行った。
村長さんに教えてもらった、近くの空き家に向かうためである。
ハナがスーパーカブを運転していると、右肩で静かにしていたナギから楽しそうに話しかけられた。
「ハナ、やけにあの大人達に優しかったじゃん。急にどうしたのさ」
「まぁねぇ。あそこまで土下座で並ばれて何もしないとなると、逆怨みされそうで怖かったからねぇ」
「確かにそうかも。食べ物の恨みはとっても恐ろしいからねぇ」
ナギは、何がそんなに楽しいのかわからないが、黄色い冠毛をぴょこぴょこ動かしつつ最後にこう付け加えた。
「そんなに食べ物がないなら、虫でも木の実でも食べれば良いのにね! 美味しいのに!」
ハナはスーパーカブをゆっくりと運転して村長に教えてもらった空き家に到着すると、一通り内部を回って問題がないことを確認した上で、眠りについた。
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