第7話 記憶③


あの鷹、地面に激突しておいてめっちゃしぶといなとも思ったし、何だかさらに凶暴化していて、人間の肉を抉ってたし。まぁ正直なところ人間は別にどうでも良かったんだけどさ、さっきちょうど反撃のイメージトレーニングをしていたし、鷹は左翼の先端の方が折れて血が出てて恐らく手負いっぽかったし、この薄暗い状況で突然背後から襲い掛かれば、流石にビビって退散するだろうと思って、その鷹を襲い返すことに決めたのよ。

こんなに早くリベンジのチャンスが回ってくるとは思ってなかったし。


多少距離をとるために上昇をした後で、空中から狙いを定めて、鳴き声を一切発さずに、鷹の背後から足で蹴り飛ばした。すると鷹はすごい勢いでポーンってその場から吹っ飛んでいったよ。まぁ鳥の体は一般的に軽く作られているもんだから、鷹であってもさもありなんという感じかな。

それで吹き飛ばしつつ、薄闇の中でなるべく大きな鳥に見えるように、甲高くなり過ぎない鳴き声を大声で叫んだ。怪鳥って感じで。冠毛も逆立てて、体躯も長く大きく見えるように。

そんなことをしたら、流石に鷹も驚いたのか、こっちにもう一度襲って来ることはなかったよ。


それでまぁ、人間の生死は正直なところどうでも良かったけど、鷹への衝動的リベンジの結果、偶然にも倒れている人間を助けたのは事実なので、ちょっとくらい感謝してくれたらと打算的に人間の顔の前に降り立ってみたのよ。

そうしたら、俺を見たその人間は横に倒れたまま、両手でガッと俺の体を包むように素早く掴んだのよ。俺はびっくりして何も動けずに、その両手に捉えられちゃった。

その手の中でバタバタ動こうともがいたけど、意外にも力が強くて、全然だめだった。


すると、その人間は、自分の顔の目の前に俺を掴んだまま横倒しにして近づけて、何やら話だしたのよ。白い息を吐き出しながら。

『インコさん。助けてくれてありがとう……』

って最初に言われたんだけど、インコとオウムを間違えるなと。正直キレそうになったよね。

え、そんなことどうでも良い? 俺にとっちゃ重要なんだよ。

インコなら動物園の別ケージだったんだから。あっちの方が鳥の密度がめちゃくちゃ高くて環境が悪かったからな……、ってそんなことはどうでも良いんだよ。


話を戻す。その人間は相変わらず俺を顔の目の前で掴んだまま、こう続けた。

『なんか、私はもうダメみたい……。きっとこの霧のせいね……。

この霧は脳に影響をするらしくて、もう全然手足を動かせないのよ……』

とかゆっくり俺に話しかけてきて、俺はマジでびっくりしたよ。いやだって、俺、そいつに両手で掴まれて逃げられないし、目の前くちばしで突ける距離にそいつの顔があって、直接そいつの白い息が当たるような距離だったし、しかも何故かオウムを相手に遺言みたいなことを言い出したんだよ? 誰だってビビるでしょう。


まぁ恐らく記憶の喪失による判断能力の低下で、「インコが鳥類である」とか「インコは人語を解さない」とか、そういったことを当たり前のことが理解出来なかったか、そもそも色々なことを忘却していたんだろうと思うよ、今となっては。

きっと、相手が誰であっても、何の動物であっても同じことを言っていたんだろうなとは思う。


さらにその人間は続けた。

『ごめんなさい……厚かましいとは思うけど、私はもうダメだから、代わりに娘を助けてくれないかな……?

今は多分父の家に……』


と言ったかと思うと、そいつ、そのまま気絶しやがったのよ。今から思うと『霧』のせいだなってすぐにわかるけど、その時は『霧』の影響でどういう効果が出るのかとか分からなかったから、俺は結構驚いた。めっちゃビビった。

だって、俺を両手で掴んだまま気絶しやがったからな。気絶しても全然力が緩まないんだから、本当に困ったのよ。

翼を両手の手の中で無理やり動かそうとすると、骨が折れちゃいそうだったし……。


仕方がないからいつか解放されると信じて、ジタバタするのをやめて、色々と考えることにしたの。だって他にすることも無かったから。


さっきの人間の言葉で、今際いまわの際に娘を思う親心はどの動物でも変わらない、ってのはよく理解出来たけど、そもそもこいつの娘がどれかわからねぇよ、とか、こいつの父の家ってどこだよ、とか、この人間はどうしてこんな変な神社にいるんだよ、とか、様々な疑問は尽きなかったね。

まぁ所詮、相手が鳥であることを忘れて言ったようなことだろうから、最初から無視しても良かったんだけど、どうせ今後はやることもない自由気ままな旅になるだろうし、俺に何か出来ることがあれば助けてやっても良いかなとか、その時は漠然と考えていたんだ。


そんな感じでその人間の顔の前で掴まれながら色々と考えていると、何故だか不思議と、この倒れている人間の記憶というか、非常に細切れにされた断片的なイメージ映像が俺の中に流れ込んでくるような感覚がしたんだ。

何と言うか、フラッシュバックを見た時とか、又は走馬灯を見たような感じかな。まぁ俺は走馬灯とか見たことないんだけどさ。


この断片的な映像で、そいつの娘の見た目と名前も脳内にイメージとして浮かんできたし、この人間の父の家に関する場所や形もなんとなく『理解』することが出来たんだ。

当時は「不思議な体験もあるもんだ。この人間の娘に対する思いの強さによって、こっちまでイメージが伝わってきたのかな」とか、オカルト的に考えていたんだけど、そうじゃなかった。


そう。もう気づいているよね。

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