第7話 記憶②

で、例の『霧』の発生した日になるのよ。

その日は晴れてた気がするな。俺はいつも通りに一番上の止まり木で空をボケーっと見ながら、お客さんの会話を盗み聞きしていたと思う。そんな感じで空を見ていたら、突然白い霧が発生したようで、一気に空が見えなくなってしまったんだよ。俺のいた動物園のあたりじゃ滅多に霧なんて出ないのに。

少なくとも俺が動物園にいた時に霧が発生したのは、両足で数えるほどだったぜ。

ちなみにキバタン、というかオウムの足の指の本数は片方で4本だからな、覚えておけよ。


霧が発生してからしばらくは特に何も起きなかったな。いつも通りの日常が過ぎていた。

ただ、体感1時間くらいは経ったか、それくらいすると、突然他の同僚全員が暴れ出したんだよ。冠毛を逆立てて、ギャーギャー怪鳥みたいな声を出して、あまり広くない鳥類ゾーンのケージの中をバタバタと飛び回ってた。


意外とキバタンって実はデカくて、羽根を広げると1mを超えるんだけどよ、そんな奴らが一斉に飛び回るもんだから、キッズも保護者もめちゃくちゃびびっちまってたし、飼育員もワタワタし始めてよ。

ケージの中にいた飼育員が外の飼育員を呼びに行くためにドアを開いた瞬間に、ある1羽のオウムがその飼育員に襲いかかったんだよ。そうしたら、その様子を見て興奮したのか、他のオウムも一斉にそいつに対して急降下をして、物凄い勢いでクチバシと足で攻撃をしだしたから、俺はめちゃくちゃ驚いたね。まぁ飼育員の方がもっと驚いていたと思うけども。でもそのせいで、外に繋がる1枚目の内ドアが開けっ放しになったんだよ。

そんな様子を俺は一番上の止まり木で冷静に見ていたんだ。そうしたら、そんな騒ぎを聞いて駆けつけてきたのか、他の飼育員が鳥類ゾーンのカゴの外からこっちに向かって走ってくるのが見えたんだ。


その瞬間、俺の脳内に稲妻が光ったね。閃いたってヤツだ。考えるよりも前に行動してたみたいな。

俺は両翼を一気に広げ、止まり木から飛び出して、一気にドアの方へと滑空をして向かったのさ。

1枚目のドアは既に内部の飼育員が開けていたから、そこは問題なく通過し、そして2枚目のドアに衝突する直前に、鳥類ゾーンの外から駆けつけていた飼育員がドンピシャのタイミングでそのドアを開けたのさ。


俺はまさに計算通りにコトが起きて笑いそうになったよね。ってか多分何か変な声で鳴いていたと思う。『キョー!!』みたいな。あまりに嬉しかったから。

俺はそのまま飼育員の「おい待て!」って言葉を背中に受けながら、2枚目のドアを通過して、『霧』のかかった動物園の大空を羽ばたけるようになったってわけよ。めでたしめでたし……、って違うか。

ここまでで一切あの教えてもらった研究の話が出てこなかったもんな。

大丈夫、忘れてないよ。だって俺、記憶力が自慢なんだもん。ちゃんと話す。もう少しかな。


とりあえずはまず動物園から一刻も早く逃げたよね。だって飼育員とか警備員とかに追って来られる可能性も一応あったから。

それで動物園の敷地から出て、十分離れたところにある林を見つけて、そこに降り立ったんだ。

その時初めて俺はケージ内の止まり木以外のところに止まったよ。嬉しさに変なダンスを踊ったような気もするな。喜びの舞だな。誰も見てなかったと思うけど。


それで、そこからは初めての連続だったよ。木の実を突いたり、木の皮を剥いで這っている虫を食べてみたり。いつも野菜ばっかり食べてたから、生き餌の美味しさに感動したよね。

あとは、あまり長く飛んだこともなかったから、飛ぶ練習のためにも八の字に空を飛んでみたり、地面に向かって急降下をしたり滑空したり。

地面に降りて地中を掘り返してみたら、思った以上に色んな虫がいて思わずビビってしまったり。

まぁそれだけ俺の食糧がいくらでもあるってことで、今では何とも思わないようになっちゃったけど。


そんなこんなでひとしきりケージの外の自由を堪能してたんだけど、まぁもちろん自由には責任というか危険が付き纏う訳でさ、俺が地面にいた時、唐突に鷹が上空から急降下してきたんだよ。

鷹って、その時初めて見たけど、あれ、マジでめちゃくちゃ怖いんだよ。羽を広げると2m近いんだよ。

ガー! って言いながらこっちに滑空して襲ってきてね。ヒエー! って感じ。

割とあの時は命の危機を感じたよ。


俺は咄嗟の判断で鷹を出来るだけギリギリまで引きつけて、瞬間横にさっと飛び立ったのよ。バツンって俺の羽根と鷹の羽根が接触したけど、そんなことは気にせずに必死で羽ばたき続けて、何とかかんとか上昇出来たのよ。

上昇しながら背後を振り返ったら、狙い通りに鷹が地面に正面衝突していてさ、それでようやく安堵出来たのよ。鷹は地面に衝突した衝撃でスゲー鳴き声を出してたけどな。あれはマジでびびった。


いやー本当にびっくりしたけど、逃げられて良かった……って思いながらその場を離れて、適当な木に止まってたんだけど、落ち着いて考えてみると、何も反撃出来なかったことに対して、情けないな自分、って思い始めたのよ。

もう少しこう、ダッシュで逃げるんじゃなくて、反転して襲い返すくらいしても良かったのでは、みたいな。


そうして、鷹を襲い返すイメージトレーニングを何パターンかしていると、ふと思うことがあったのよ。どうしてあの鷹は俺を襲ったのかな、って。

そういえば、動物園のケージの中にいた同僚も何故か飼育員に襲いかかったりとやたら凶暴になってたし、あの鷹も何だか見境なく襲ってるような雰囲気だったのがどうにも気になりだしたんだ。

地面に衝突するようなスピードで地面に向かって急降下なんてしないでしょ、普通。俺だったらそんなチキンレースみたいなことはやらないし、衝突する前に減速したり方向転換するよ。ってか普通の鳥ならそうする。


だとすると、さっきの鷹はちょっと色々とおかしくなったんじゃないかなって俺は考えた。

んで、確証は持てないけど、この凶暴化は霧のせいじゃないかなと直感的に思った。動物的直感。正直なところ全然信じられないし、霧が動物を凶暴化させるなんて全く理性的な判断ではないけど、まぁオウムに理性なんて求める方が野暮ってもんだな。

今になって振り返ると『霧』の忘却現象により、ある種の理性のタガが外れて、凶暴化したんだろうって想像はつく。


霧に関することを色々とこねくり回しながら考えていると、突然近くで人間の悲鳴が聞こえたんだ。既に結構暗くなってきて、そろそろ寝床を確保をしないといけないなぁと思ってたんだけど、まぁ何となく興味本位で何が起きたのかと思って、悲鳴のする方角に向かってみた訳よ。

そうしたらなんと、さっき俺を襲ってた鷹が今度は人間を襲ってたのよ。真っ赤な鳥居の側で。

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