第4話 故郷⑥

ハナとヒカリはそのままケヤキの木の下で座り込み、しばらく雄大な景色を楽しみつつ、色々なお話をした。

ハナのこれまでの旅の大変だった話や楽しかった話、ダイバーになる前の学生生活、おじいとナイフとスーパーカブの思い出。

ヒカリに聞かれるがままに色々なことを話していた。


またヒカリも『霧』が発生する前と後の学校生活についてや、色んな友達の話だけでなく、さらに家業である民宿と牧場の両方を手伝うのがどれだけ大変でどれだけ楽しいか、『霧』が発生してしまったけれど、これからもパパとママを手伝って、いつかはパパとママみたいになりたいという夢を、とても明るく快活に語ってくれた。

――ヒカリちゃんいい子だなぁ。

とハナはとても眩しく思った。


色々な話の枝が幹となり、横道に逸れつつ迷子になったり、二人でとりとめもなく話していると、どうやら数時間が簡単に経過してしまったようだった。

途中でナギはハナの右肩から飛び立ち、ケヤキの木に飛び移っていた。虫を探しているのだろう。


そしてお昼の時間になり、ヒカリの両親が昼食としてサンドイッチを持ってきてくれた。

牛乳とチーズとヨーグルトが付いた豪勢なものだった。

ハナは「さすがに悪いです……」と遠慮しようとしたが、母親は「みんなで一緒の方が楽しいでしょう!」と強く主張してきたため、ヒカリ一家とハナでピクニックのような形でお昼ご飯を食べることになってしまった。

――多少強引なのは母親譲りかな。

とハナは微笑ましく思った。


サンドイッチのパンはふんわりと小麦の香るもので、それに合わせるチーズもクセが少なく品の良い味だった。

またレタスやトマトも新鮮で、この高原の町で採れたものだろうと推測された。

そこに立派なケヤキの木から降り注ぐ暖かな木漏れ日と、牧草地をそよそよと吹き抜ける爽やかな風が合わさり、これまでに食べたことのない最高に美味しいサンドイッチとなっていた。


ヒカリの父親は口下手そうだったが、母親はよく喋り、ヒカリの今以上にお転婆だった赤ん坊時代の話などを面白くおかしく聞かせてくれた。

「あの子ったら、変な番組を見たのか、牛糞を自分の顔に塗りたくって私に抱きつこうとしてきたこともあるんですよ」などなど。

それを聞いたヒカリは余程恥ずかしかったのか、赤面をしたまま「うるせー!」と叫び、ピクニックシートの上で足をバタバタと忙しなく動かしていた。

両親とハナの笑い声が響いた。

そこに時折ケヤキの葉を大きく揺らす風がざあっと強く吹き込んできた。


サンドイッチを食べ終わっても暫くヒカリ一家とハナで話をしていたが、遠い西の空に黒く質量感を持った雨雲が迫ってくるのが見えてきたため、ようやく解散することとなった。

丘から牛舎へと帰る途中、ナギはハナの右肩に飛び乗り、ハナにしか聞こえない囁き声でこう言った。

「あれは今夜、結構な嵐になるな……」


それからハナはヒカリの両親と乳製品の売買について、牛舎で話をつけていた。

両親にあまり商売っ気がないせいか、特に金額について議論になることもなく商談は成立してしまった。

――これで暫くは美味しいチーズにありつけるし、別の町では高く売れる。いやー来て良かったなぁ……。

ハナは思わず顔がチーズのようにとろけてホクホク顔になった。


その後ハナは町の中を暫く散歩したのち、民宿へと戻っていった。

民宿に戻る頃にはすっかり空が暗くなって、風が強まり、嵐の気配が濃密に高まっていった。


その夜、ハナは眠っていると、何度も窓ガラスを叩く雨音で意識が浮上しかけ、完全に覚醒する前にまた眠りに入っていくというサイクルが何度も発生していた。

真っ暗闇の中、ガタガタという強風で窓枠が軋む音、ダダダという雨が窓ガラスに叩きつけられる音と共に、薄い靄が煙のように部屋の中に入り込んでいた。


朝になるとすっかり快晴になっていた。

嵐が雨雲を全て連れ去ってしまったようだった。

ハナは起きると、広げていた荷物を片付けチェックアウトの準備をしつつ、ナギの餌取りのために窓ガラスを開けておいた。

そうして朝ごはんが届けられるのをハナは待っていた。


ハナはボーッと開け放たれた窓から天気の良い外の新緑の風景を眺めていた。

新緑の擦れるさやさやとした音、小鳥が囀る音、ご近所からの話し声、車のエンジン音、ナギが飛び立って窓ガラスから朝ご飯を取りに行った音。

ハナは色々な生活音に耳を傾けていた。

――チーズは美味しいし、この民宿の居心地もいいし、最高だなぁ。

そんなことを思っていると、昨日ヒカリが朝ごはんを持ってきた約束の時間はとうに過ぎてしまっていた。

それでも朝ごはんは届けられず、ヒカリの元気な声もどこからも聞こえなかった。

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