第1話 潜霧士⑦

そのままハナはナギを右肩に乗せて、スーパーカブに跨り村へと颯爽と帰っていった。

村長のシゲオからの依頼品に加えて、包帯類や各種よくわからない錠剤、拳銃に銃弾と、色々な収穫があったと言える。

唯一の懸念事項は、刺客ともいえる男2人を送り出した村長が、そのまま報酬をきちんとくれるのかということだ。

――まぁ、最終的には実力行使かなぁ……。

そんなことを何となく思いつつ、村へと到着した。

既に夜もかなり遅くなってしまっていた。


村に入り、縁側で酒盛りをしている人に村長の家を問いただし、村長の家へと向かった。

村長の家は比較的広くしっかりと作られており、『忘却の霧』の後に建てられたことを考えると、かなり豪華でお金を注ぎ込んで建築されたものだと感じられた。

また庭も丁寧に設えられており、梅の木が小ぶりながらもしっかりと根を張っていた。

さすがは村の権力者といった風情と雰囲気を感じられた。

そんなことを思いつつ、ハナは村長の家の玄関ドアに手をかけて、ドアノブを回した。

鍵は掛かっていなかった。

――無用心だなぁ。まぁ今回に限っては私がドアを破壊しなくて済んでよかったけど。


ハナは勢いよく玄関を開き、そのまま村長の寝室へと向かった。

途中でいくつかの部屋を開けてしまったが、村長に家族はいないようだった。

そのままハナは寝室のドアを勢いよく開けると、既にベッドで眠っていた村長の横に立った。

「やあやあ、このクソ野郎のシゲオ様、夜分に申し訳ございません。

せっかくのシゲオ様の就寝のお時間を妨害してしまい、何ともまぁ心苦しいのではございますが、クソ野郎のシゲオ様に頼まれたものをお持ち致しましたので、早速ここまで足を運ばせていただきました」

ここまで大声で一気に言うと、ハナは依頼品一式をシゲオのサイドテーブルにダンと叩きつけた。


寝室は非常に薄暗く、常夜灯の微かな明かりがハナの顔をぼうっと照らしていた。

ハナの切れ長で大粒の瞳が、微かな明かりの中で怒りにゆらゆらと揺れていた。

薄暗い中ようやく村長はハナを認識すると、ガバっと上体を起こして、まるで幽霊を見るかのように目を見開いてハナを見つめた。

「え、ちょ……どうして……」


ハナはベッドサイドから村長を冷たく斜めに見下ろしながら、たっぷりと不安を掻き立てるように無言の間をとって、それからおもむろに静かに切り込んだ。

「…………、そうじゃないでしょう?」

「……」

村長は眉を八の字にしてどこか困惑したようだったが、突如ハッとなり、ベッドを跳ね起きて布団から流れるように抜け出した。

そのまま流れるように素早く地面に這いつくばり、両手と膝下と額を床に付ける姿勢になった。

――これ、実際にやられてみると、こっちが恥ずかしいな……。だからみんな土下座をされるとついつい許しちゃうのかな……。

とハナは思った。


それはそれはとてもとても綺麗な村長の土下座だった。

もしかしたら村長は非常に土下座慣れしているのかもしれない。

「申し訳ございません! ハナ様! 大変、大変っ、申し訳ございませんでした!」

村長は腹の底から叫んでいた。ところどころ声が恐怖に上ずっていた。

「……誠意が無いですね。誠意は無いんですか? まさか言葉だけで謝罪して終わりってことはないでしょう?」

ハナは土下座している村長を見下しながらゆっくり言葉の重みを噛み締めるように冷たく言い放った。

凛々しいハナの目の奥には青い炎が見えるようだった。


すると、「うわー、ちょっとそれ、ヤクザのやり方じゃん。軽く引くんだけど」

とナギはハナの右肩に乗りながら、いつものように軽口を叩いた。

村長はハッと顔を上げて、流暢に会話をするオウムと言う存在に困惑しつつも、助けを求めるようにナギの方を見つめた。

藁をもオウムをも縋るような目だった。

「あー、そんな純粋な目で見つめられても困るかなぁ……、私はどちらかと言えばハナの味方だよー」と陽気に言うと、ハナの右肩からジャンプし、土下座しつつ顔だけを上げている村長の頭に飛び乗った。

「ほらほら、誠意はなくともさ、まずは形だけでも土下座しておかないと」

そうオウムに言われてしまった村長は、改めて額を床につけて土下座を始めた。

そしてナギは黄色い冠毛を前後に振りつつ、村長の後頭部を楽しげに歩いて回った。

何周か後頭部をぐるぐると回っていると、途中からよくわからないメロディーをナギが歌い出した。

どうやらナギは気分が非常に良いようだった。


ナギの楽しそうな様子にハナは変に毒気を抜かれてしまった。

「はぁ……、わかりましたよ……仕方ないですね……」

その言葉を聞いた村長は、ガバっと頭を突然上に向けた。

ナギは後頭部から弾かれるように飛び立ち、ハナの右肩へと飛び乗った。

「あぶないよー」とナギは目を三角にして怒ったように村長に言った。

村長は何か言おうとしたところで、ハナが遮った。

「分かったので、あの例の二人組に渡すはずだった報酬も追加してください。それで手を打ちましょう。だって、私の分の報酬に加えて、あの二人組とも追加で約束してたんですよね。それくらいは彼らの迷惑料として私が受け取っても良いはずですよね」

ハナは有無を言わさない圧力を込めて迫った。

村長は土下座の体勢のまま、多少の納得のいかなさを顔に滲ませつつも

「わ……、分かった……。誠に申し訳なかった……」と言って三度目の土下座をした。

――やっぱり土下座はされてる方が恥ずかしいなぁ……。

とハナは何となく思った。


たっぷりのお金と食糧と保存食を手に入れたハナは、スーパーカブの後輪付近に取り付けられた帆布製バッグに全て詰め込んだ。

保存食としては缶詰や干した野菜や豆類などが含まれており、ハナとしても大満足の内容だった。

こうしてかなり大量の食料品類をもらえたため、スーパーカブに取り付けた帆布バッグはかなりパンパンになってしまったが、しばらく食べるものには困らないだろうと考えられた。


そうして村長との一方的とも言える交渉の結果、既に夜も遅い時間になってしまったのだが、村長や廃病院の潜霧士ダイバーに逆恨みで襲われないうちに、早くこの村を離れた方が良いとハナは考えて、さっさとスーパーカブに跨って移動をすることにした。

既にナギは布団に包まれて寝ており、バイクの荷台で横になっていた。

――どこに向かおうかなぁ……。まぁ一旦どこかで落ち着いてから考えましょうかね。

とハナは思った。

スーパーカブの軽快なエンジン音を残して、ハナは颯爽と闇夜の『霧』の中へと走り去って行った。

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