第1話 潜霧士⑥


――クソっ、あいつ何サボってやがるんだ?

と仲間の男は廃病院の3階から4階への階段を登りつつ思った。

その男は既に1階から3階の探索を隅々まで終えていた。

その結果、村長から頼まれていた全ての薬のほか、色々な医薬品を手に入れることができていた。

――俺は1階から、あいつは4階から探索なら、お互いに2階分ずつやりゃ終わんだろ。何で俺が3階も探索しなきゃならないんだよ。しかも村長の言ってた『美少女』とやらもみつからねぇし。あいつが先に見つけてよろしくやってるってことかぁ? このクソが。ふざけんな。

男はその可能性に一人で思い至ると、急にイライラが募り始めた。

ぶつくさ言いながら階段を登って、その男は4階にたどり着いた。


4階への階段を登り切ると、唐突に廊下の先の方から仲間の声がした。

「おーい、こっちだ! 早く来てくれー!」

仲間の姿はよく見えなかったが、その男は声のする方へと駆け出した。

「どこだ?」

「こっちの奥だ! 早くしてくれ! 早く来てくれないとまずいぞ!」

声のする方へ走っても走っても、やはり仲間の姿は見えなかった。

どうやら男が走って声のする方向へと進むと、走った分だけさらに声が遠くへと逃げていく、という不思議な感覚になった。

さながら仲間の声と、追いつけない鬼ごっこをしている気分になった。

「おい、どこだ? 何があったんだ?」

「こっちだこっち! 廊下の奥の突き当たりのドアだ! 早くしてくれ!」

男は追いつけないことに対して憤りを感じ始め、ガムシャラにスピードを上げ、廊下を駆け抜け、仲間の声のする突き当たりの備品庫らしきドアに手をかけた。

「ここだな!」と男は言って、ドアを勢いよく手前に開き、部屋に勢いよく突入した。


すると、男の両足がドアがあった場所の床上20cmのところに張られたテープに引っかかり、男はもんどりうって見事に頭から倒れてしまった。

気絶する前に男が最後に見たのは、右肩に白いオウムを乗せた小柄な美少女と、手足を縛られ床に打ち捨てられていた仲間の光景だった。


「いやー、見事な転びっぷりだったね、ハナ」

ナギは、気絶した仲間の男をテープでぐるぐる巻きに拘束しているハナに話しかけた。

「凄かったね。もう少し疑われるかとも思ったけど……、ナギの声帯模写が完璧だったんだね。さっすがーナギ! いつも頼りになるなぁ!」

ナギが廊下を飛びながら、男の声真似をして呼び寄せたことで、仲間の男がこの備品庫まで真っ直ぐに何の疑いもなく誘導されたのだった。

「そうだね」とナギは野太い男性の声を真似て言った。

「……それは気持ち悪いからやめて……」


そんな雑談をしつつ、二人目の拘束を終え、ついでに二人を背中合わせにして、テープでぐるぐる巻きに固定した。

「これでいいかな。そんな固いテープじゃないし、私が出て行った後で時間と気合いをかければ抜け出せるでしょ、きっと」


すると男たちのリュックを検分していたナギが声を出した。

「ここに最後の村長からの依頼品があったよー」

「ナギナイス! ……っとこの場合はおじさん達ナイス! かな」

ハナもナギと一緒に男たちの荷物の中身を検めて、使えそうなものは貰っておく。

依頼品の薬に加えて、別の薬品ボトルや包帯類、何に効くのかよくわからない錠剤などもあった。

しかし、きっとこの二人組の男たちが拾ってきたということは、何かに使えるのだろうとハナは想像した。

その他にも、荷物の中には拳銃の銃弾もあった。

恐らく男たちが使用していた拳銃の銃弾だと思われた。

ハナはそういえばと思い出し、男たちを身体検査して拳銃も全てもらっておく。


「でも私、拳銃は使えないんだよねぇ。まぁどこかで売るなり捨てるなりするか。こいつらに持たせておくのも危ないし」

「練習すればいいんじゃない?」

「んー、でもナイフ投げの方が結局便利なんだよな。小回りが効くというかさ……、ほらこんなふうに」

ハナはおもむろに右手を軽く振るってナイフを投げた。

ナイフは気絶していない男の耳にかすって、壁に突き刺さった。

男の耳に赤い線がくっきりと走り、ぷっくりと血が膨れ上がり、わずかに流れ出てきた。

男は目を見開くと明確な恐怖と畏怖の表情でハナを見た。


「ってことで、これから私たちはこの廃病院を出るけど、間違っても決して追ってこようなんて思わないでよね。気絶中のお仲間にもそう伝えておいてね」

ハナは男の髪の毛をガッと鷲掴みにすると、無表情の顔を近づけて言った。

部屋の温度が一瞬にして下がるような冷たい声だった。

ゴクリとつばを飲み込む音が聞こえた。

「わ……わかった……」


ハナは男の髪の毛を鷲掴みにしたまま、にこりと微笑んだ。

クールな目の奥では全く笑っていないように見えた。

「わーお、めちゃこわ」

というナギの呟きが聞こえた。

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