第1話 潜霧士⑤

ハナはこの廃病院で大量に手に入れたテーピング用のテープで男をぐるぐる巻きにしていた。

「あーあ、せっかく手に入れた貴重なテープなのにー」

とナギは軽く言った。ただしテープを貴重とは全く思ってなさそうだった。

「まぁ、しょうがないよ、ガムテープはバイクだし……。うん、これでよし、動けないでしょ」

男の両腕は前で合わされ、両肘から指先までテープで何重にもわたって固定され、両足もそのままテープでぐるぐる巻きに固定されてしまっていた。

そして男はそのまま床に横向きに寝転がらされており、全く動けないようだった。


ハナはおじさんに話しかけた。

「で、おじさん。何しにきたの? 私たちがいるのを知っていて来たんだよね?」

「……」

男はハナの方を見ずに無言で横を向いていた。

絶対にこんな少女に屈服するものか、話すものかという決意が瞳の中に見てとれた。

「さっき、『俺たちとイイコトしようぜ』って言ってたけど、俺たちってあと何人いるのか教えて?」

「……」

どうやら男はあくまで黙秘権を行使するつもりらしい。


そんな男の様子に痺れを切らしたのか、急にハナは右手をサッと軽く振って、先ほどと同じ薄いナイフを男の目の先たった1cmのところに投げ込んだ。

ナイフは男の目の前の床に直角に突き刺さり、ビインという音とともに、一瞬だけ微かに刀身が振動しているのが見えた。

男は目を丸く見開き、ヒュっと息を飲んだ。

先ほどまでの屈服しないぞ、話さないぞと言う決意は、瞳の中から一気に雲散霧消したようだった。

「ハナを怒らせるとめっちゃ怖いよー」というナギの脳天気な声がした。


ハナの右肩に乗った、流暢に喋るオウムというよく分からない存在に、男はさらに目を白黒させて混乱したようだった。

「わ……、わかった!話すから……!」と言い出したのでナギの存在もどうやら脅しになったらしい。


「……嘘を言ったら即ナイフを投げるから、覚悟して答えろよ」ハナは冷たく言い放った。

「わ……わかった」

男は今やほとんど抵抗する気力を失ったようだった。

「まずどうしてここに来た? さっき『あいつの言うとおり』って言ってたよな」

「今日の昼頃にこの近くの村に到着したら、そこの村長から頼まれたんだ。この病院で薬の調達をしてほしいって」

「いくらで請け負った?」

「1万だ」

「それは……いくら何でも安すぎないか? 他に何か対価を貰ったのか?」

「……いや、もらって……」

ハナは唐突に右手をふるい、男の眼前の床に2本目のナイフが突き刺さった。

男の鼻の頭にわずかに赤い線が走っていた。

血が徐々に鼻の頭の線に沿ってぷくりと浮き出ていた。

「貰った! 貰いました!」

男は焦ったように大声で叫んだ。ナイフによって薄皮1枚分だけ鼻頭の皮膚が切り裂かれたことで、ハナの脅しが冗談ではなく本気であると実感したようだった。

「一体何を貰ったんだ?」

「貰ったというか、今朝、村から出発した別のダイバーがこの廃病院にいるって情報をくれた。そいつから荷物を奪えるだろうし、しかも美少女だったって話だから、襲ってやれば好きにできるぞって」

「よっ! 美少女ダイバー!!」

ナギが茶々を入れる。

――まぁ確かに『忘却の霧』の中はもはや無法地帯ではあるが……。……って、あぁ、なるほど。村長としては、薬の調達経費を大幅に削減できて、むかつく私も痛めつけられて、あわよくば消し去ることも出来て、一石二鳥ってところなのね。あのクソ野郎……。

ハナは怒りに感情がふつふつと湧き上がるのを感じた。

どうにかこうにか怒りの感情を宥めながら、ハナは尋問を続ける。


「さっき『俺たち』って言ってたけど、あと何人仲間がいるの?」

「……俺入れて二人だ」

ハナは右手ゆっくりと振りかぶって、ナイフを投げる格好を男に見せつけた。

「本当だ! 俺は4階から、あと一人が1階から順番に探索をしているだけだ! 頼むから信じてくれ!」

男は必死の形相でハナを見て言った。恐怖に顔がひきつり、物凄い量の汗が顔に出ていたため、演技には到底見えなかった。

「……わかったわ。それで、そいつはどんな武器を持っているの?」

「俺と同じ拳銃だけだ」

「なるほど。ま、とりあえず今はこの辺りにしとこうか。あと一人も捕まえないといけないし。……ナギ、もうこれくらいで覚えた?」

ハナはナギに話題を向けつつ、横たわっている男の口の中に余ったテープを押し込んで、声を上げられなくした。

「おう、完璧に行けるぜ」

ナギは軽く請け負った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る