第1話 潜霧士④

4階も徐々に探索をしていき、端の方まで来ると、そこには備品庫のような倉庫があった。

段ボールがラックにいくつも積み重ねられており、その中には各種薬品も様々に入っているようだった。

この備品庫は入口から距離のある4階の隅の方にあったため、まだ荒らされた様子も特段見られなかった。

まだ村長から依頼された薬も全種類を見つけられた訳ではないため、ハナとナギは手分けして端から順番に確認していくことにした。


ナギは理由もなくウキウキで冠毛をぴょこぴょこさせながら、段ボールの側面にある内容物表示を一つずつ見て回っていた。

時折、ナギのジャンプする音や羽が段ボールを擦れる音がしていた。

一方のハナは入口に背を向けて、1つずつ端の段ボールから順番に開けつつ、その内容物を確認して行った。


そうしてハナとナギはお互いに言葉を交わさずに段ボールを確認していたが、しばらくすると唐突に第三者たる野太い男性の声が備品庫の入口から聞こえた。

ハナもナギも想定していない闖入者だった。

「動くな!」

ハナは一瞬びくりと体を震わせつつも、その声の方向に背を向けたまま静止した。

ちらりと目線を横にずらして入口の方を見ると、若い男が拳銃をこちらに向けているのが見えた。

――困ったな……同業者ダイバーか……。

とハナは思った。


「そのままゆっくり手を上げろ」

ハナは男の指示通りにした。

「よし、手を上げたままこちらを向け」

ハナは手をあげたまま振り向くと、若い男がニヤニヤ笑いを浮かべつつ、ハナの方を見ていた。

男の手には拳銃が握られており、そのまま銃口が真っ直ぐにハナの額へと向けられていた。

すると唐突に男がピューと口笛を吹いた。

「なるほどなるほど……。あいつの言うとおり来て正解だったぜ」

男はハナを品定めするようなニタニタとした笑みを一層深めつつ、独り言のように言った。


ハナは小柄ではあるものの黒いライダースジャケットに黒いジーパンと、男性のような格好をしていた。

しかしウルフカット気味の黒いショートヘアーに切れ長の目は涼やかに凛々しく、小顔ということもあって非常にクールな印象を受ける顔立ちだった。

またスタイルも小柄ではあるものの、手足は細くすらっとしており、レザージャケットの上からでも胸の膨らみが見て取れた。

要するに一言で言うと、美少女ということである。

そして美少女が男性のような格好をすると、それはそれでより一層美人さが際立つことになるのであった。


男の様子をハナは冷静に観察していたが、どうやら男は物陰で段ボールを物色していたナギの存在に全く気付いていないようだった。

ナギは音を立てないように、男の死角を縫って男のいる入口へと近づいていった。

先ほどまでのウキウキした足取りとは全く異なる慎重な行動だった。

ハナはナギの存在を気取られないように、男の注目を集めるために会話を男と開始することにした。

「ど……、どうか……。どうか、命だけは……助けてください……」

ハナは精一杯、怯えている演技をした。

涙も出そうと目を見開いたり閉じたりと頑張ったが、奏功しなかった。

せめて唇だけは力を込めて、恐怖に震えているかのように動かした。


「ま、大人しくしてりゃ命まではとらねぇよ。代わりに俺たちと『イイコト』しようぜ……」

「そんな……!」ハナは精一杯恐怖に慄き、男に怯えているフリをした。

「そっちは命乞いをしてきて、こっちはそれを約束した。そうしたらよ、命は取らねぇ代わりに、命以外の大事なものは何でも差し出すってのが、この場合の礼儀ってもんじゃないのかい?」

男はニタニタを顔全体に広げて言った。相手が可憐な美少女であることの油断と驕りが顔に出ているようだった。

――何とまぁ。むちゃくちゃな理論だこと。

とハナは思った。


そうやって会話を引き伸ばしているうちに、ナギが男の一番近いラックの下部に入った。

男の死角にもかかわらず、ハナからは見えやすいと言う絶妙な位置どりだった。

ハナはそちらに視線を向けずに、視界の端に捉えるのみにしつつ、ナギの合図を待った。

ナギは自分の嘴でネックレス型の通信機をこつりと一度だけ小さく叩いた。

簡単な合図ではあったが、日々の生活を共にしているハナとナギにとっては、それだけで意図を通じ合うには十分だった。

――いくよ、3、2、1、Go!


心の中だけでお互いにカウントダウンをし終えると、ナギは棚の下部から飛び出し、男へとバサリと飛びかかった。

男は突然、視界いっぱいに鳥の白い羽が広がり視界を奪われ、さらに顔をかぎ爪で引っ掻かれることになり、強烈なパニックを起こしてしまった。

それによって生じた隙に、ハナは姿勢を屈めて射線を避けると、上げていた右手をサッと空気を切るように振り下ろした。

ガキンという金属同士が当たる音がしたかと思うと、男の右手から拳銃が弾け飛んでいた。

ハナが投げた薄く鋭いナイフが正確無比に男の拳銃に当たり、男はそのまま拳銃を取り落としてしまったのだ。

そして鳥の襲撃とナイフによる突然の衝撃により状況把握が困難になり、男は「拳銃を何かに弾かれて落としてしまった」と理解するのに数瞬かかってしまった。

その数瞬の間に、ハナは即座に男と距離を詰め、左手に持ったナイフを男の首筋に当てていた。

「動かないで下さい」

ハナは冷たく男に言い放った。

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