第1話 潜霧士③

「全く、本当に嫌な感じの村長だったよねぇ……」

とナギも今朝の様子を思い出していた。

「あんな奴が村長だと、村の存続も危ないんじゃないのかねぇ。まぁよく知らないけどさ。それよりも『麗しきハナ様』って……!」

ナギは村長の口ぶりを思い出すと変なところがツボに入ったらしく、黄色い冠毛を揺らしつつ、コロコロと笑った。

「これから私も『麗しきハナ様』と呼ぼうかな!」

「ぜったい止めて、焼き鳥にするよ!」とハナはピシャリと言った。


そんなことを会話しつつ、ハナはナギを右肩に乗せてバイクから降り、廃病院の敷地へと入って行った。

その廃病院は大学付属の病院のようで、かなり広い敷地に、広々とした駐車場と4階建ての巨大なコンクリートの建造物が築造されていた。

建造物に嵌め込まれた窓ガラスの並びや柱の位置関係から、病室棟だけではなく、研究所のような場所もあることが想像された。

廃病院内部に入ると、窓ガラスは粉々に割れ、ドアは床面に倒れており、床も埃やコンクリやガラス片等の残骸で散らかった上にいくつかの靴跡がくっきりと残されていた。

既に別の潜霧士ダイバーが屑拾いやってきたものと想像されたが、これだけ巨大な施設だと、まだまだ有用なものが残っていると見込まれた。

「村長に頼まれたものだけじゃなくて、村で売れそうなものもついでに拾って帰ろうか」

そうハナは言って、1階から順番に探索を始めることにした。


探すべきところは調剤薬局や診察室、研究施設等固まっているのだが、いかんせん敷地が横方面にも広く、探索にはそれなりに時間がかかってしまう。

また、ナギは重たいドアや戸棚を自力では開けられないため、ハナと共に行動しつつ、必要に応じて部屋の中を探し回ることになる。

「依頼品の他に消毒液とかビタミン剤とか使えそうなものがあれば持って帰りたいだけど……」

「そうねぇ……。でもハナ、薬品名でわかるの?『消毒液』ってそのまんま書いてあるわけじゃないんでしょ?」

ナギの指摘は図星だった。

ハナは「消毒液」という表示を探していたが、確かに普通は薬品名が大きく書かれており、効果については細かい字で書かれていた。

「……、まぁ何か適当に持って帰ろっか……」

「テキトーだなぁ」


1階から2階、3階と巡っていくと、村長に頼まれた薬品だけでなく、包帯やテーピング用の各種テープ、エタノール、ヨードチンキを見つけることができたため、ハナはこれらを持って帰ることにした。

「ハナ、ヨードチンキって何?」

「……、私がなんとなく聞いたことある名前なんだから、きっと何か使えるんでしょ!」

「要するによくわからないってことね、ハイハイ」

ナギは呆れた声で言った。

それでも、少なくとも包帯や各種テープはいずれ何処かの村で買ってくれそうであるため、大きな収穫だったと言える。


4階に差し掛かり、病室のドアが立ち並ぶ廊下を歩いていると、強烈な異臭を放つドアがあった。

恐る恐るそのドアをうっすらと開けると、入院患者用ベッドの上に腐乱して強烈な匂いを発している人間の死体があった。

ところどころ白骨が見えており、色々なものが繁殖しており、とても正視に耐えられる状態ではなく、恐らく『忘却の霧』が立ち込めてからずっと放置されていたものと考えられた。

「これだったんだね、病院内を探索していても、何かたまに変な匂いがするなと思ってたんだよね……」

ハナは自分の鼻を摘みながら、薄く開いたドアの隙間から病室内を薄目で見ていた。流石のハナでも直視できるシロモノではなかった。

そのハナの右肩で、ナギは両翼をばさりと広げていた。

見事な白い羽が扇状に広がっていた。

「何それ、ナギ。威嚇のポーズ?」

怪訝な顔をしつつハナは聞いた。

「そう、威嚇」

「なんで?」

「……つい、本能で……」

ナギは恥ずかしそうに翼を折りたたみつつ言った。

――ナギはいつも人間らしく話すから、時折見せるオウムらしい仕草が本当に可愛いなぁ……

とハナは思って、人差し指で今度はナギの喉の付近をかきかきしてあげた。


「それにしてもさ、ハナ、さっきの人は『忘却の霧』で消えなかったんだね」

ナギは真っ当な疑問をぶつけてきた。

「確かに。この病院でもここまで他には全然遺体とか見なかったもんね。なんで『霧』で消えなかったのかなぁ」

ハナは首を傾げた。

「例えば『忘却の霧』が満ちる直前に亡くなって、そのまま放置されたってことかな……、というより、どうして『忘却の霧』で人間は『消えて』しまうんだろうね。むしろ私はそっちの方が不思議だと思うんだけど」

「確かになぁ……」

ナギは丸い目をくりくりとさせつつ、どこまで真面目に考えているのかわからない雰囲気で言った。


これまでにハナは何度か街中や廃屋の中で腐敗しきった遺体を見かけたことはあった。

しかしそれでも両手で数えるほどで、『忘却の霧』以前の街中の人口密度に比べたら頻度は非常に少ないと言えた。

またこの廃病院にしても、恐らく以前は各階の各病室に患者がいたと思われる。

しかしその患者たちもどうやら『忘却の霧』のせいで消えてしまったと考えられた。

――なぜ『霧』で『消える』のかねぇ。

とハナは不思議に思った。

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