第9話夏の祭り学③

 前田は元々違うグループの人間と仲良くしていることが多い。それで、俺たちとはあまり打ち解けられていない。一人でいる前田に近づき声をかける。

「お前、結構欲張りだよな」

「あ?何のことだ?」

「お前らの仲違いって、お前が後輩と仲良くし過ぎたのが原因なんだろ?」

「それは…。別にそんなつもりじゃ」

 この反応は、自覚はあるが、問題視はしていないって感じか。

「謝るなら手伝うぞ」

「だから、俺からは言わないって言ってんだろ。余計なお世話だ」

「だが、仲直りはしたいんだろ?」

「しつこいな、俺の中ではもう終わってんだから、放っといてくれ」

 さっきは仲直りしたいって言ってたような気がするんだが…。

「別に俺はそれでも良いんだけど、お前はそれで良いのか?このまま別れたんじゃお前もスッキリしないだろ」

 前田の表情からは苛立ちが伺えたが、先程までの返答がすぐに返ってこないということは、俺の考えは概ね正しかったということか。

「せめて言いたいこと言って、やるだけやってみるってのも悪くないんじゃないか?」

「あーー、もう。わかったよ、言や良いんだろ。言やよぉ!」

 下手な焚きつけ方をしてしまった気はするが、俺が出来るのはここが限界だ。まぁ、あいつらよりは確実に良い仕事をしたと言えるだろう。

 普段の二倍くらいの歩幅で久島に接近していく前田は、すぐに久島の目の前へと辿り着いた。

「莉奈、話がある」

「な、何…」

 俯きながら切り出した前田に対して、久島は若干の嫌悪を抱いたような表情で尋ねた。こんな状況ではあるが、前田のファーストネーム呼びに反応してしまった俺のことはとりあえず置いておく。俺たちの視線が二人に集中している中、前田が口を開く。

「俺、別にあいつとは何にもないんだ。あの時はたまたまで」

「嘘!うち知ってるし。あの時会ってたのはデートだったって。本人が勝手に話してくれたよ、聞いても無いのに…」

 一向に目を合わせようとしない久島の瞳が、一瞬光った気がした。知りたくなかったことだが、わかってしまう。それが涙であること、そして久島がまだ前田のことが好きだということ。

「なんで、信じてくれないんだよ!俺が言ってんだからそれが本当だろ!」

「わかんない!嘘ばっかりだもん!もうなんにも信じられないよ!」

 さっきまでとは打って変わって、お互いが声を張り始めた。そして、等々前田は冷静な判断が出来なくなった。初めて顔を上げたと思うと、振り上げた拳で久島を突き飛ばした。

 地面に倒れ込んだ久島は、一瞬状況がわからなくなったような放心状態だったが、思いの外すぐに立ち上がった。

「あ、いや、そんなつもりじゃ」

「何してんのよ!」

 思わず漏れた前田の声を掻き消すように、小野が声を張る。

「あんた、どこまで最低なの!全部あんたが悪いんだから、ちゃんと謝んなさいよ!」

「お前には関係無いだろ!俺は莉奈と話してんだよ!」

「じゃあ、話だけで済ませなさいよ。先にキレて手まで出すなんてあんた本当のクズね」

「なんだと、今度は手加減出来ないかもな」

 険悪な空気の中、そのあとすぐに動いたのはモトキと飯田だった。それぞれが二人をなだめていると、さっきまで立ち尽くしていた久島が後退り始めた。そして、特に何も言わずに走り出し、人混みへと消えていった。

「ちょっと、誰か莉奈追いかけて!」

 小野を抑える飯田が指示し、俺を除く残りのメンバーは人混みへと久島を追った。

「莉奈…」

 小野も久島を心配するような声を漏らすと、前田を睨みつけ久島を探しに行った。

「俺も行ってくる。前田を頼んだ」

「わ、わかった」

 最後にモトキも久島を探しに行った。それにしても、女子はあんな動き辛い格好で良く走れるな。それはそれとして、俺はこっちか…。

「前田」

 飯田に宥められているようだが、俺は鋭く呼びつける。

「お前、これからどうするんだ?追わなくて良いのか?」

「もういいよ。お前らもこれで満足だろ?俺は帰らしてもらう」

 飯田の手を払い退け、背中を向けて歩き始める前田に俺は怒りを覚えずにはいられなかった。前田の右肩を左手で引き寄せ、気の抜けた顔面を殴り飛ばした。

「痛ぇな!何すんだよ!」

「さっき女子を突き飛ばした奴のセリフとは思えないんだけど、自分がやられたら嫌なことはするなって先生に教わらなかったのか?」

「何言ってんだ。そりゃ、こっちのセリフだ。お前が殴ったってことは、俺も殴って良いってことだよな!」

 俺は殴り飛ばされ、地面へと叩きつけられた。起き上がろうとするが、想像以上の衝撃でもたついてしまう。一応俺美術部だから、こんな体育会系な展開にはそぐわないんだけど、ここは少し譲れない。ふらつきながらも立ち上がり、前田にまっすぐ視線を向ける。

「お前が久島に言いたかったことはあんなことなのか?本当はもっと言いたいことがあったんじゃないのか?」

「お前なんかに何がわかんだよ。さっきからお節介ばっかりやきやがって、今だって全部お前が余計な根回しするからこんなことになってんだろうが!」

 もう冷静に会話をできるような状況では無いということくらいはわかっているが、話さないと伝えられないのも事実。俺は口を動かし続ける。

「お前が言いたかったのは嘘とか本当とかの確認じゃなくて、ごめんって一言謝りたかっただけじゃなかったのか?」

 今にも飛んできそうな拳を握りながら、俺を睨みつける前田が怖くないわけじゃない。だが、口を閉じることは出来なかった。

「ほんの一瞬素直になるだけで良かったんだ。なのに、それが出来ないのはお前が弱いから、それだけだ」

「クソがぁ!」

 俺が言い終えると、予想通り拳が飛んできたが、避けるには至らなかった。まともにくらって再び地面に倒れ込む。そして、次は足が腹部に直撃する。

「誰が弱いって?お前の方がどう見ても弱いだろうが!」

「もう辞めて!」

 飯田が叫ぶが、前田には届かない。何度も蹴られる腹部を守るように使っていた手で片足を掴んだ。すると、もう片方の足が出てきたがそれは予測して防ぐことが出来た。これで両足を掴み、蹴られないようにはなったが、立ち上がろうとすると当然手が出てくる。

「お前なんかに俺の気持ちがわかってたまるかよ!」

「わかるさ…。俺もお前と同じ男子中学生だからな…」

 殴られながらも絞り出した声でそう言うと、前田の手が止まった。

「そして、久島も同じ中学生だ。しかも女子なら尚更弱い。俺たちはまだ未熟だから、正しい判断が出来なくなるかもしれない。でも、そんな時のために俺がいる、他の奴らがいる」

 足元は相変わらず覚束ないが、とりあえず目線を合わせることができた。

「弱いのは自分だけじゃない。自分が苦しい時は相手も苦しいんだ。それをわかってやってほしい」

「久島は俺に…」

 わかって貰えたなら、ボコボコにされた甲斐があったというものだ。

「向こうも謝ろうとしてたんじゃないか?」

 正直正確にはわからないが、少なくも俺はそう思っている。それに、そうじゃなきゃ今まで一緒に居たりしないだろうし、状況を知ってる小野が文句を言わないなんてことあり得ないからな。

 それにしても、好きな人の彼氏のためにここまでボロボロになれる男なんて、この世に俺くらいなもんだろう。相変わらず悲しい心の声だ…。





中学生あるある:9

素直にものが言えない。恋愛、説教、授業、あらゆる状況や話題で正直な返答ができないことが多い。誤魔化しや嘘という定番の手段の他に逆ギレという道の方法で切り抜けようとする者も存在する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学生春分学 幕乃壱 洸 @noichi0513

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ