第7話夏の祭り学①
夏祭り。漫画ではよく見る浴衣チャンスシュチュエーションだが、実際に浴衣なんて着てくるのは、親におねだりして着付けてもらった小学生くらいなものだ。ほとんどの人間は自分好みの涼しい格好で祭りに参加する。長時間の人混みと、屋台から発せられる熱気を気にするのならこれはいたって常人的思考だ。むしろ浴衣などという、長期間の行動に一切適してないものを身につけるなど、頭が悪いとしか言いようがない。※個人的な意見です
という考えから、俺は母親に勧められた浴衣を断り、Tシャツと短パンにサンダルという今回の目的に最も適した格好で集合場所に向かっていた。
「遅いぞ!くらちゃん」
「遅刻はしてないはずだが?まだ、五分前だ」
「倉野、祭りは一五分前行動が常識だぞ」
それはどこの常識なんだ…。
「てか、なんで
白川
「俺も村本を誘おうと思ったらみんなで行くって言うから、乗っかったんだ。別に良いだろ?」
「まぁ、別に良いけど」
もう何人増えても変わらないから、正直心底どうでも良かったかが一応触れておくことにした。ついでに、今集まってるメンバーを確認すると、どうやら男子は全員揃っているようだ。
「前田も今日はよろしくな」
「あぁ」
やけに素っ気ない返答が返ってきたと思っていたら、モトキが耳打ちして来た。
「どうやら、久島とだいぶ
なるほど。今回の目的を考えると来てもらえて第一段階クリアってところか。気は進まないが、飯田がいる以上、俺は手を貸すしか選択肢が無い。だってあの子怖いんだもん…。
「何か策はあるのか?」
「ある!とっておきのが」
含み笑いで告げられたその言葉に、俺は不安以外の感情を抱けなかった…。
「んじゃ、そろそろ行くか」
集まった男子たちを率いて歩き始めるモトキに、背後から声を掛ける。
「行くって、まだ全員揃ってないだろ」
「女子は別で集まってるぞ。女神たちを拝みに行くぞ」
やけにむさ苦しい集合風景だと思ったら、集合場所が別だったのか。なんだよ、飯田がこの場に来ないなら、バックレれば良かった。
歩くこと、数十メートル。次第に賑やかさは増していき、様々な料理の匂いが漂い始めたところで、正面に手を振る女が現れた。
「おーい、こっち!こっち!」
飯田は手招きで誘導し、先頭のモトキと会話を始めた。
「もう全員揃ったか?」
「まだよ。全く、女の子は準備が遅くてやんなっちゃうわね」
お前も女子だろ…。遠目から心中でツッコんでいると、飯田と目があってしまった。
「どう?うちの浴衣姿。可愛い?可愛いよね?可愛いって言え」
「それ、去年と一緒のやつだろ?別にどうも思わねぇよ」
俺は思ったことを素直に、上島の背後から伝えた。実際去年も無理矢理連れて行かれたときも見たし、強烈な腹パンの後可愛いと言わされた。
「へぇ、言うようになったじゃない」
顔が伏せられ表情は確認できないが、声色から怒っていることは容易に感じ取れた。そしてそれは俺以外の人間も同様で、恐怖のどん底で俺に身動きを封じられた男は声を漏らす。
「あれ?俺の方に向かって来てるんだけど」
「可愛いって、言わんかぁぁーい」
「なんで俺ぇぇぇーーーー!!!」
恐怖の声は叫び声へと転じていた。すまない上島…。これは必要な犠牲だったんだ。
悲しくも一人の犠牲者が出てしまったところで、女子メンバーが駆けつけて来た。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
駆け足で最初にやって来たのは
「わー!瑞乃の浴衣可愛いー!」
「ありがとう、みんな来てくると思ったからお母さんにお願いして着せてもらっちゃった。明里のはいつ見ても良いよねぇ。うちもそんな大人っぽいのが良かったなぁ」
出た、お互いに褒め合う女子特有のアピール行動。解説しよう。これは、お互いに褒め合うことによって充実感を得ると共に、周囲に自分が可愛いことを意識付けることが出来る、初手安定の行動である。
「あれ?祐ちゃんだ。お祭り来るのとか珍しくない?もしかして、明里の付き添い?…てか、上島どした〜?」
特に親しくもないのに声を掛けてくるとか、これだから陽キャは…。優し過ぎんだよ、チクショー。
「上島は拳に当たってな、腹を下して倒れたんだ。仕方なかったんだ…」
「コブシ?カキとかにあたる感じ?」
「まぁ、そんなとこだ」
適当な説明をしてると、下から『お前のせいだろぉ〜』という微かな反抗の言葉が聞こえた気がしたが、無視しておくことにした。
その後、程なくして小野と久島が同時に合流し、今日のメンバーが揃った。
「ごめんね、時間通り着く予定だったんだけど…」
「ちょっと忘れ物しちゃって。てか、みんなちゃんと浴衣で良かったぁ。うちだけだったらどうしようかと思った」
久島に続くように小野が安堵の声を漏らす。そして、小野の言葉には俺も共感出来た。まさか、全員が浴衣を着てくるとは思わなかった。よくよく考えてみると、俺が浴衣でドキドキシチュエーションの存在を否定していたのは、この腹パンビッチのせいだったのかもしれない。こいつの悪意によって印象操作されてしまっていた。許すまじ、飯田。ありがとう、浴衣久島。家に帰ったら必ず観察日記に記しておくとしよう。
全員集合すると、その場で多少盛り上がりを見せていたが、モトキの掛け声によって縁日へと向かうことになった。
「そんじゃ、早速行きますか!」
それぞれ、ゆっくり歩き始めると、久島が飯田と何やら話しているのが聞こえた。
「明里ちゃん、なんで前田君もいるの?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよー」
困った顔も可愛い久島は、どうやら今回前田が同伴することを知らされてなかったらしい。
「まぁまぁ、いい機会だし、ちゃんと話してみるのもいいんじゃない?」
飯田の提案に久島は特に意見することなく、困った表情で俯いてしまった。もしかしたら、何か言ったのかもしれないが、俺には何も聞こえなかった。
中学生あるある:7
集合がかなり早め。普段はそこまで時間を気にしないような奴も、楽しみな予定では十分過ぎる余裕を持って行動する。一五分前に来たと言っている奴は三○分前に来て、時間調整を行なっている可能性が高い。
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