第5話とある日常学④

 人を好きになるのに理由なんていらない。誰が言ったかは知らないが、よく聞く言葉だ。結論から言うと、人が好意を抱くのには何らかの理由が存在する。この言葉は、その理由に後ろめたさがある場合、誤魔化すために使用されている節がある。つまり、格好の良いような言い回しをしているが、下心を隠す言い訳に過ぎないということだ。それなのに、聴き手は幻想や妄想といった勝手な想像によってロマンチックだなどと感じ、自分をあたかも物語に出てくる理想のヒロインに仕立て上げる。その結果、無様な恋に陥ってしまう。なんとも愚かな行為だが、それが人間であり、恋というものなのかもしれない。



 授業が終わり、放課後となった美術室で、俺は本日の久島攻略進捗度を冬馬に話すのが日課になっている。当然、今日も楽しく会話したことを余すことなく伝えていた。

「もう、なんか。向こうから話しかけてきてくれてるし、これは仲良しってことで良いよな?」

「どう考えても気を使われてるだけじゃないか?ま、お前がどう思うかってのは自由だけどな」

「お前は友人の幸せを素直に喜んではやれんのか!」

「俺は乙女の気持ちってのが手に取るようにわかる。だから、お前の幸せより久島の辛さの方が伝わってくる。『なんでこいついっつも馴れ馴れしく話しかけてきてんだ!』ってね」

「おい!それじゃ俺がキモがられてるみたいだろうが!」

「実際そうだろ」

 蹴落とすだけ蹴落としておいて、あっさりとした返答の後、自分の作業を再開し始めたこの男に、怒り以外の感情は現れなかった。

 一発くらいなら殴って良いかな?いいよね?いいって言ってよ神様!せっかくのいい気分を台無しにされたところでこちらも反撃に出る。

「クラスじゃお前が一番キモがられてるだろ。本読んでる時なんか、ニヤニヤしてて実際キモいし」

「…ニヤニヤなんかしてねぇよ」

「いや、してる」

「してねぇ」

 返答速度に確固たる自信が感じ取れるが、残念ながら現実は揺るがない…。

「まぁ、それはいいや。とにかく、俺は今から青春男として生まれ変わるんだよ!この夏という季節に伝説を築いてみせる!」

「それは無理じゃないか?」

「無理じゃねーよ!なんてこと言うんだちみは!」

「だって、久島って彼氏いんじゃん」

「うっ…。そ、それがどうした!」

 呆れきった表情を向ける冬馬に俺は目を合わせられず、天井を見上げた。

「お前がどうしようと、こればっかりはどうにもならんだろ」

 そんなことは、自分でも当然気付いていた。しかし、他人に言われるとより現実味が増していく。

「そうだよな。だが、まぁ、諦めたくもないしな。希望は捨てずに机の引き出しにでもしまっとくよ」

「そうか」

 短い返事で締められた俺の無謀な恋バナが、その後広げられることはなかった。しかし、話題を変えて会話は続く。

「てか、お前はどうなんだよ。好きなやつとかいないのか?」

「えりかちゃん」

「いや、そりゃアニメの…」

「アニメで何が悪い?2次元で何が悪い!えりかちゃんは俺の中でちゃんと生きてんだよ!大体だなリアルの女なんて…」

 ダメだ、触れてはいけないところに触れてしまった…。こうなったこいつの話は長い。なんとか抑え込まなくては…。

「あんた、えりかちゃん好き過ぎでしょ」

 押さえ込むべく口を開こうとした時、意外なところから声がかかった。

「金井、なんか用か?」

「別に用はないけど、なんか楽しそうな話してたから、混ぜてもらおうと思って」

 何やら俺の知らない話題で盛り上がり始めそうな雰囲気だ。そして、この金井と呼ばれる女子との面識は無く、存在すら認知していなかったため、余計に会話へ入ることが出来なくなっていた。

「別に大した話じゃない。俺の永久ヒロインえりかちゃんの魅力を余すことなく伝えていただけのことだ」

「そうなんだ、えりかちゃんもいいけど…」

 そこまで言って口籠る彼女の様子を見て、俺はこの女子の感情の一部が垣間見えた気がした。こいつまさか、冬馬のこと…。

「…やっぱり、まいちゃんだよ!」

 え…?

「基本ツンデレなのについついメンバーには甘えちゃう可愛さに加え、無理してツンツンしてるのがもぉーーーーーー!!!たまらないんだよねぇ…」

 こいつは、何を言っているんだ…。

「ふ、わかってるじゃねぇか…。そして、まいちゃんの魅力を限界まで引き上げてくれる存在、それが!みこちゃんだ!つまり、『みこまいはカップリングにて最強』」

「『みこまいはカップリングにて最強』」

 なぜ復唱した?まったく内容がわからないが、こいつらが揃って気持ち悪いことだけはわかった。

「あ、そうだ。金井、お前今度うち来いよ、ライブのブルーレイ届いたから観ようぜ」

「え!それって最新のやつ⁈行く行く絶対行く!」

「じゃあ、今週の土曜な。万全な備をしておけよ。熱いライブにしようぜ」

「当たり前でしょ」

 ガシッと効果音が出てきそうな勢いでお互いの手を掴み合い、金井は去っていった。やはりこの部活には変な女しかいないようだ。夢も希望もないというわけか…。

「で、誰だあいつ」

 余韻に浸ってるところ悪いが、俺の質問に答えてもらう。

「あいつは金井、金井麗香かない れいか。同じ部活なのに知らなかったのか?」

「いや、俺ここでお前以外のやつと話したことあんまねぇし。お前は結構仲良さそうだったな」

「まぁな、趣味が合うし普通に話してて面白いから自然とな」

 俺が部活の時間をしょうもなく浪費している隙に、こいつは友好関係を築いていたということか。いや、同じ部活をしているわけだから普通と言えば普通だが…。

「で、お前あいつのこと好きなの?」

「なんで?」

「いや、仲良さそうだったし、しれっと家に誘い込んでたじゃんか」

「別に特別そういうわけじゃない、家だって何回か来てるし、俺もあいつの家には何回か行ってるぞ」

「…は?」

 つまり、どういうことだ?こいつにとって金井はただの友人という認識なのか。こいつは友達を家に遊びに来いと誘っただけであって、異性であることは意識すらしていなかったと、そういうことか。

「て、おい!じゃあお前は付き合ってもない女を堂々と家に誘い込んでおいて、別に好きとか異性とか全く意識してねぇってのか!」

「何騒いでんだよ、別におかしくはないだろ」

「おかしいんだよ!その平然とした態度がもう!…」

 思春期中学生としておかしいんだよぉぉぉ!!!!

 これ以上言ってしまうと、人間としてこいつに負けてしまうと思い、この叫びは心にしまっておくことにした。

 その日は俺が、冬馬に敗北を期した唯一の日となった。※個人調べ





中学生あるある:5

やたらベタベタしていながら、付き合ってないとか、別に好きとかではないなどの供述が多数の人物から得られる。思春期特有の羞恥心が邪魔をして本人に伝えられないことが主な原因と思われる。

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