第4話とある日常学③

 恋愛。生物同士による好意が織りなすその現象を人々は美しいと言い、学生たちは青春の一ページなどと言い放つ。そこには美化された理想めいた関係性が妄想により構築されており、現実とはかけ離れたような状態が姿を現す。

 そして、人間はその妄想が真実ではなかったことを知り、現実を目の当たりにしたときにこう言うのだ。

「好きになるんじゃなかった」と…。



 俺には今、好きな人がいる。男子中学生なら当然とも言えるが、とにかくそういうことだ。しかし、別段アクションを起こす勇気は無く、こうしてズルズルと時間だけが過ぎていく。

 時刻は一二時四五分。昼前最後の授業が終わり、給食の時間となる。給食当番の人間は運搬と配膳に分かれて動き出し、その他の人間はそれぞれで机を動かし、向かい合わせる。どういう慣しなのかは知らないが、これがこの学校の給食時のスタイルだ。

 俺は給食の品を運ぶため教室を出て、給食室へと向かう。俺はこの時間が一日で最も幸せとも言える。なぜなら、この給食時の役割は出席番号順で決められているからだ。つまり、出席番号一七番の久島と一八番の俺はペアとなり、運搬作業へと移ることができる。最初の頃は一切話さなかったが、今は軽く会話をするようになった。それは、運んでいる最中だけでは無く、給食室へと向かう途中もだ。

「今日も暑いな」

「ん?そうだね」

「こんなに暑いと部活大変じゃない?」

「そうだね、めっちゃ暑い。でも、楽しいし、休憩もあるしね」

「そうなんだ」

 …、なんだこの会話は。こんなの会話に困ってしてるみたいじゃないか、いくらなんでも軽過ぎるだろ!もっとまともな話題を考えよう。

 俺は考えるフリをしてボーッと歩いていた。まったく思いつかんし、どうせ明日もあるし、まぁいっか…。

「倉野君はどう?」

「え?な、何が?」

 不意に声をかけられ、いまいち格好の付かない反応をしてしまった。思春期の男子中学生にとっては思い詰めるほどの失態だ。

「部活。どんな感じ?」

「あー、別に俺のは大したことしてるわけじゃないし、屋内で水分補給もいつでも出来るしね。特に暑さは関係ないかな」

 正直、あの連中と一緒にいるだけで精神的にキツいのに、暑い教室に幽閉されてるのは拷問以外の何物でもないとすら思っているが…。

「そっかー、私も絵が上手だったらなぁ。そしたら、一緒に美術部だったかもね」

 なんなんだこの可愛い生き物…。

「別に俺もうまいわけじゃないよ、強いて言えばこれが得意かなって感じ。久島さんはめちゃ足速いじゃん、俺はそっちの才能が欲しかったなって思うよ」

「そう?…ふふ、良いでしょー?」

 可愛過ぎるからやめて!反射的に告白しちゃいそうだから!

 こうやって会話しているが、実は俺がアクションを起こせない理由は別にもある。というより、これが一番大きい原因となっている。

 久島莉奈には、彼氏がいる。


・・・・・


 幸福の楽しいおしゃべりタイムは終わり、運ばれた料理と食器が配膳台へと並べられていき、配膳係以外の人間は列になり、給食を受け取っていく。

 俺も幸せを噛みしめながら、列へと並び自分の順番を待つことにする。

「よっす、祐一。元気してた?」

「抱きつくなセクハラ女!てかいつの間に戻ってきたんだよ」

「さっきだよ、なんだかいい匂いがしてきたからね」

「給食だけ食いにくるとか、どこまで厳禁なやつなんだお前」

「給食は別腹よ!」

 飯田よ、給食では別じゃない方を使ってやってくれ…。

 数人が二周目を並んで、教師と配膳係のところにも給食が行き渡り、給食委員による掛け声によってようやく給食にありつくことが出来る。今日は欠席者がいないため、個数で分けられている分は余らないが、その他配膳係が配膳時に残してしまった分をお代わりとして取りに行く人間が配膳台へと向かう。なんとも賑やかな給食風景だ。

「ねぇ、倉野君」

 声を掛けてきたのは、向かい合わせに位置する女子生徒、宮村愛美みやむら まなみだ。彼女の用件は声を掛けてきた時点で予想がついた。

「牛乳か?」

「ごめん、飲んでくれない?」

「別にいいぞ、ちょうど喉渇いてたし」

「ありがとう」

 俺はこいつと席が近くなることが多々あり、牛乳が飲めないという話を聞いて、『飲んでやろうか?』と言ったところ、それからお願いされるようになった。別に迷惑というわけでもないから問題ないのだが、牛乳とはいえ女子からの貰い物という一点が俺の純粋な心を揺さぶってくる。

「くらちゃんって牛乳好きなの?」

「いや、別に好きって程じゃないが、嫌いじゃないし、なんでだ?」

「いや、毎日そんなによく飲めるなと思って」

「知らないのか、モトキ?牛乳を飲むとだな、…おっぱいが大きくなるんだぜ」

「そんな、まさかそれって他人のおっぱいにまで関与可能なのか…⁈」

「…モトキ、残念ながら俺のだ」

「なんだよー、期待して損した」

 こいつは友人の向山友喜むこうやま ともきで、俺はモトキと呼んでいる。こいつとの会話はなかなかに馬が合う。

「食事中にくだんない話しないでくれる?」

 強目な口調で野次を飛ばす彼女は、小野彩子おの あやこ。このクラスの学級委員で久島とも親密な友好関係を築いている。基本的にはいい奴だ。

「まぁ、そう言うなよ。ストレスはお肌に悪いんだぞ」

「そうそう、お前も牛乳飲んだ方が良いんじゃねぇか?」

「それ、どういう意味?」

 向山の発言に過剰に反応を示す小野は、鋭い眼光で睨みつけながら問いかける。

「え?いやいや、そういうんじゃないんだって、ほらお前バレー部じゃん身長いるだろ、そういうことだよ」

 言い訳が言い訳過ぎて言い訳になってないパターンだな、こりゃ。だが、この小野という女は…。

「なんだ、そういうことか。そうなんだよねぇ、周りみんな身長あるからなぁ」

 単純通り越して、バカなのである。よくこいつを学級委員にしたなとも思うが、こいつはこいつで統率力があって、かなり頼りになる面も持ち合わせている。

 正直、向かい合わせで給食を食べる必要があるかどうかはわからないが、こういうくだらない会話をしながら食べる昼食はそれなりに悪くないものだったりする。





中学生あるある:4

クラスに一人は牛乳が飲めない又は、あり得ないほど少食な人間がいる。また、逆も然りで給食時に表面張力を存分に活かした配膳で、一日分の食事を給食で賄っているのかと思わされる人間も同じ割合で存在する。

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