2連目 詰め込みとパイセンとガチャ

「んで、のこのこと帰ってきた、と。いやいや……あんたバカなの? そ~ゆ~とこだよ? あ、ツナありがと」


 白倉雅しらくらみやびは、社交性に欠ける弟を憂いていた。まあ近くにいたのにろくに矯正しなかった自分にも責任はあるのだが。コイツときたら、他の趣味を勧めても読書しかしねぇ。

 最近は猫ばっかり撮ってるらしいけど、それがどう友達作りに繋がるのか。お姉ちゃんは寂しいよ。


「いきなり悪い成績は取れないじゃん。だからちょっとでも詰め込んどかないと」


 一夜漬けでどうにかなる頭じゃないでしょうに。


「そういえば担任が姉ちゃんの同級生かもって。桜庭さくらばっていうんだけど」


「えっ? さくちゃんなの!? 亀屋かめやの先生になってたんだ! しかも文吾ぶんごの担任ってヤバっ。後でCHAINEチェインしとこ~」


「自己紹介の時に聞かれてホント大変だったよ。悪目立ちしたけど、よくよく考えれば先生がくれたチャンスだったのかなって」


 お、ちょっとは成長してんじゃん。コイツ、もしや好きな子でもできたか?

 配信終わったら勉強教えるフリして質問攻めしよ~。


 姉ちゃんとの会話をそこそこに、俺は勉強しに部屋へ向かう。姉ちゃんも配信を始めるようだ。まずは勉強をするための環境整備。

 決して部屋が汚いわけではないのだが、本が多すぎて本棚に収まらない。文豪達の作品からエッセイまで――気づけば机とベッド以外の全てのスペースは本で埋まっていた。


 一度読んだ作品は売ろうと迷ったが、いつの間にか『コレクションしたい欲』が出てきてしまい、結局溢れかえってしまっている。

 ライトノベルやアニメ化した作品は姉ちゃんも読むので、とりあえずそれらをお引越しだ。空いたスペースに残りを詰め込むと、十冊分ほども空きができた。まあこの手の作品は物語に対しての冊数が多いからね。


 謎の達成感を覚えた俺は、その流れのまま黙々と勉強を始めた。出題範囲自体は中学でやったことの復習なのだが、難しいものは難しいのだ。授業もちゃんと聴いていたつもりなのに、なぜかテストでは成績が振るわなかった。

 姉ちゃんに教わろうとしたこともあったが、配信で疲れ切った顔を見るとなんだか申し訳ない気持ちになり、結局いつも一人で取り組むことになる。


 木を叩く音が三度鼓膜を震わせる。


「いいよ」「配信終わったよん。あ、ホントに勉強やってんの?」


 姉ちゃんが勉強について質問するなんて初めてだ。


「お疲れ様。一応やってるよ。あと、そこのラノベとかは姉ちゃんの部屋に置いといていいよ」


「お、いちいち借りに行かずに済む~。あ、そうそう。今日からこのミヤコパイセンが勉強を色々と教えたげるよん」


「えっ? 配信もやってるのに俺の勉強まで見るなんて、体大丈夫なの?」


「大丈夫じゃい。まだピチピチの二十四歳じゃい。年寄り扱いすなっ」


 『ピチピチ』って言い方がもう、ね……。なんてこと言ったらぶっ飛ばされるんだろうなぁ。でも勉強を教えてくれるのはありがたいです、パイセン。


「そこはこう、で……」「コレは過去分詞だから……」


 姉ちゃんの説明は、俺が今まで受けてきた授業の何倍も分かりやすかった。『声質』や『抑揚』が上手く、聞き取りやすい。

 これが配信者の技術――知識がすらすらと頭に入ってきた。

 ここで終われば良かったのだが――


「なぁ文吾~、高校初日はどうだったよ?」


「別に普通だよ。入学式があって、さっき言った事故紹介があって……んで帰ってきた」


「ふ~ん。――かわいい子とかいた?」


「ぶふぅっ!?」


 なんてことを聞くんだこの女は。

 まあかわいいというか、綺麗というか、深堂麗奈みどうれいなというか――


「お、いたんだ。どうすんの? 告るの?」


「いや、そんな度胸ないよ。でも仲良くなりたい、かな……」


「ホントにいたんだ。あんたも正直に答えるなんてバカだねぇ~」


 うわ、やっちまった! 一番知られたくない人に知られてしまった……。


「まあ任せなさいよ。んじゃ今からはあんたがその子との勉強、やるよっ。ほら、今日から教えるって言ったじゃん? ってかそれがメインだし」


 姉ちゃんが話している日本語は『声質』も『抑揚』も完璧だったのに、『意味』だけは理解することができなかった。ミヤコ……エゴサのしすぎでおかしくなったか?


「いやいや待ってよ姉ちゃん。さっきから一人で盛り上がってるけど、俺は別に気持ちはないからね? 仲良くしたいってだけだよ」


「じゃあ仲良くなったとして、あんたはその子と何がしたいの?」


 『何がしたいか』という質問に明確な答えを出せないので、現時点で『一緒にしたいこと』を正直に述べる。


「何って……カフェで読書したりとか、猫を撮ったりとか……かな?」


「ふふっ、はっはっはぁぁぁ! ……そんなんっ! もうデートじゃん!!」


 で、デート!? そこまでの関係に進展しないと叶わないのか!? そんなの、もう無理だろ……ってかそんなツボるんじゃねぇ。


「い、今の時点だから! できるなんて思ってないし!! そりゃできればお付き合いしたいけど、俺みたいな陰キャは深堂さんを遠くで見てるだけで充分だから……」


「ふ~ん、深堂ちゃんっていう子なのね。やっぱ嘘つきだね~、気持ちアリアリなんじゃん。それと、『陰キャ』ってのも『遠くで見てる』ってのも、あながち間違いじゃないよ。むしろ、深堂ちゃんと付き合いたいのなら――あんたは!」


 どうせ陰キャに恋愛はできないんだよ!そんなこと本人が一番よく分かってるわ!!でも『貫いた方がいい』はさすがに傷つくよっ!!


「ど~いうことかって言うと、その深堂ちゃんのことを詳しく知れってこと。だからクラス全体を俯瞰的に見るの。それがずっとできるのは、その空間内で誰にも近づくことがない陰キャだけ」


 『陰キャ』ってただ言われる分にはなんともないけど、自分が代表みたいに言われたらさすがグサッとくるよ……。心が軋むよ、痛いよ――

 

 と、ここで一つの疑問が浮かぶ。


「なんで深堂さんのことを知るのに、他の人まで見なきゃいけないの?」


「はぁ……。あんたってホントバカだよね。そんなのあんたが深堂ちゃんをガン見しすぎて、怪しまれたら全部パーだからだよっ。木を隠すなら森の中ってことね。それにクラス全体の動向を掴めたら、深堂ちゃん以外の子とも仲良くなれる確率が高くなるしっ」


 なるほど。カムフラージュと偵察、一石二鳥ということか。


「だけど、なんで深堂さん以外とも仲良くなる必要があるの? 最短距離で行けばいいじゃない」


「おう……。それじゃあダメなのよ。まあ教えたげる、簡単に言えば友達は『ガチャ』なの」


 ガチャ? それってあのカプセルのガチャガチャのこと?


「例えばあんたがAくんと友達になりたいとする。ここであんたは『何の行動をするべきか』のガチャを回す。アタリは友達GET、ハズレだとやり直し。ここまで言えば、さすがに分かるよね~?」


「もしハズレても、行動の選択肢が――!」


「まあそゆことっ。フツーの人は六十点とか八十点の選択肢武器を持ってて、状況に合わせて使い分けるスタイルなんだけど――あんたの場合はそんなことしたら脳が爆発するから、逆にどんどん減らして最強装備でいく。んでここで注意ね」


 ごもっともです……。俺は核心を突く革新的なミヤコパイセンのお話を、一言一句逃してはならないと確信した。


「実際に人と話す時は、


 ん? パイセンの言ってることが矛盾してるぞ――

 勢いでそれっぽいことを言ってただけなのかな?


「例えばAくんと仲良くなりたいとして、あんたはその子と接触する時にガチャを回すとする。一見さっき言ったことを実行しているだけかもしれないけど――もしハズレたら、よっぽどのことがない限り


「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないのっ! なんか悲しくなるわ!!」


「だ~か~らっ、接触する前にその子のことを事細か~に分析して、ハズレを先に全部出しといちゃうってわけ。ガチャを回し直して、アタリを出していくの。そ~やってれば深堂ちゃんの時だって、絶対に最強装備でいける」


 上から目線みたいだけど、さすが十万人以上の支持を集めているだけはあるんだな――家族だからこそ分からなかった、姉の意外な一面。

 話を聴きながら、俺は『一回しかチャンスがない時はどう対処すればいいのか』と、どこかで質問するタイミングを計っていた。


 対して姉ちゃんは、『もともと実戦なんて一回しかない』と、それすらも越えた答えを出してくれた。一番近くにいたのに、姉ちゃんはとっくに俺の知らない世界にいたんだ……。

 だがしかし、もう一つの疑問点は晴れない。


「だったら、なおさら最短距離で深堂さんと仲良くなれるんじゃない?そんな回りくどいことをしなくても……」


「分かってないみたいだね~。問題、なんで深堂ちゃん以外の子も観察するんだっけ?」


「俺が深堂さんを見てるのがバレないようにと、ガチャを回すためでしょ? 姉ちゃんが今言ったんじゃん」


「正解っちゃ正解なんだけど、もうちょっとだけ正解があるんだよん。――あんたは実感湧かないかもしれないけど、友達ってのは初めて友達なわけじゃん?」


 何当たり前のこと言ってるんだこの人? まあ、ぼっちの俺が言えたことじゃないけども――


「じゃあ答え合わせ。『スキルツリーを辿っていけば、深堂ちゃん相手でも大丈夫!』ってのが正解だよん。……って、ゲームしないあんたじゃ分かんないか。まあ『友達の友達』とも仲良くしろってこと」


 友達の友達、か……。あまりピンとこないけど、『友達百人できるかな?』ってフレーズがあるくらいだから、普通の人は何人かと一緒に青春を過ごすんだろうなぁ。


「例えばさっき言ったAくんが、あんたと友達になったとする。あんたの他にも友達がいるっていうのなら、そのBくんやCちゃんのガチャも回すのっ。それの繰り返し。もしAくんがあんたみたいなぼっちでも、また別のクラスメイトからアプローチをかけ直せばいい。そのためにも、クラス全体をよ~く見とくんだよっ」


 だから『あんたみたいな』と代表例のように扱われると、心がきつい……。

 って、質問の答えになってなくない? 姉ちゃん、最初から俺のことディスりたいだけだったのかな?


「まだ納得してない顔してんね~。じゃああんたは、深堂ちゃんのことをどれだけ知ってんの? せいぜい『かわいい~』とか『綺麗~』とかそれくらいでしょ?」 


 うぐっ。何時間か前に初めて遭遇した存在とはいえ、何も言い返せない……。


「ただ教室でぼっちで観察してるだけじゃ、知られないことなんて山ほどあるの。だから友達の友達を辿っていって、『深堂ちゃんのガチャ』であんたがシミュレーションしきれないハズレを除いてもらう。急がば回れ~」


 深堂さん、自己紹介でも周知の事実を言っただけだもんなぁ……。確かに俺の力だけじゃ彼女からは何も知り得ない。


 だったら情報の供給源を増やせばいい――


「すげぇ……。さすがミヤコパイセンだわ……」


「まあね~。普段から顔も名前も声も分からない子達と、一緒に配信作ってるからね~! 四年もやってたら、自然と身についたんだよっ」


「え、一緒に配信ってどういうこと? 姉ちゃんが一人でやってるんじゃないの?」


「これがち~っと違うんだよん。確かに配信上では、私が一人でゲームやったり、歌ってるだけかもしれない。でもそれができるのって、私の――配信に来てくれるみんながいるからなんだよ。チャットで話題をくれる人もいれば、アドバイスしてくれる人もいる。そりゃアンチ……私に悪いことを言う人もいるけど、それは私はってことじゃん?」


 誇らしいよ――一生ついて行きますぜ、姉貴ィ……。そんな姉ちゃんの言うことだから、こんな俺でもなんだか深堂さんと仲良くなれそうな気がしてきたよ! 難しい道のりだけど、深堂さんに少しでも近づけるなら――そんなの苦じゃない!


「ありがとう姉ちゃん! 俺、できる気がしてきた!」


「おバカ。公式だけ覚えても、計算できなきゃ解けんでしょうがっ」


 参考書で頭を殴られた。しかも角で。確かに俺の発言に非があるかもだけど、だからといって一撃は痛いっすよパイセン……。


「こっからはアタリの『使い方』の勉強っ。まずは……『声の出し方』からだね~。一回な~んも考えずに声出してみ?」


「待ってよ。それも大事かもしれないけど、明日はテストもあるんだよ?」  


「あ~んな学校の自己満に付き合う必要なんかないよっ。大して勉強しなくてもだいじょぶだいじょぶ! 私でも卒業できたんだからさっ!」


 あっ……。


 パイセン、よろしくお願いします――

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