3連目 発声と副委員長とギャル
俺は姉ちゃんの言われた通りに動くマシーンとなる。
「あ~……」こんな感じか?
「う~ん……。ダメだこりゃ。ごめんごめん、言い方が悪かったわ。私と話してるみたいに、もっかい……どうぞっ」
それって
それはさておき、弟さんスイッチの『あ』を実行する。
「あぁぁぁ~……」これならどうだ?
「お、さっきよりも良くなった。それを深堂ちゃんやクラスメイト相手にもできるようにする、とりあえずコレが第一段階ね。『誰に対しても声が届く』ってのはマジで大事だからね~。腹から声出しなっ」
「あぁぁぁぁぁぁぁ~……」
「もっともっとぉ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~……!」
「いいねいいねぇ!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~……っ!!」
「やるじゃないのぉ!!!」
ヤバい……。普段こんなに声を出すことがないから、ちょっとの発声練習でもゴッソリと体力を持っていかれる――
「ゴホォッ! ゴッホォォ!!」
喉がぶっ壊れるほどのえらい咳込みをかましてしまった。弟の惨状を見かねた姉ちゃんは、冷蔵庫からお茶を持ってきてくれた。ありがてぇ。
「はいお茶。普段から使ってないから喉よわよわじゃんっ。あと、顔すんごいことになってたよ? ここまでいくと、改善の余地ばっかで逆にイジりやすいかもね~」
イジるって、姉ちゃんは俺に何をさせるつもりなんだよ。まあ事態が好転するならなんでもいいか。
それから約三十分ほど、喉をいたわりつつもア行の訓練を続けた。
「よーし、いい感じだね~。じゃあ次いくよっ」
れっすんつー、と付け加えて姉ちゃんは急に間合いを詰め、
「ねぇねぇ、
「いきなり何っ!? 怖いよ!!」
この『白倉くん呼び』である。一丁前にちょっとかわいい感じに声色を変えて試してきやがった。ファンの方と代わってやりたい。
「そ~ゆ~とこだよ。あんたはそもそも人と会話すること自体に慣れてない。そんな状態じゃせっかくアタリを引いても使えずに終わっちゃうよ?」
確かに俺は家族以外の人と言葉を交わすのが苦手だ。別に人嫌いというわけではない。むしろ、人から嫌われるのを恐れて萎縮してしまうといったところか。
これまでも、クラス替えで初対面の人から話しかけられた経験こそあったが、上手く返答することができず、それ以来何の接触もなく三月を迎える結末を歩んでいる。
「とゆ~わけで、クラスの子に話しかけられた時の勉強をやるよっ! とりあえず明日にも誰かしらあんたの所に来そうだから……今日のクラスの動向から色々考えてくよ~。ってことで詳しく教えてんっ」
昼に話したことを中心に、一年二組の『流れ』を詳細に説明していく。
・教室に入ると俺の机が
・
・自己紹介でやらかしてしまったこと
・男子は野球部に入部予定の
取り立てて話すようなことはこれくらいだろう、姉ちゃんの反応はどうだ?
「う~ん、私的には近保ちゃんが怪しいかなぁ。ギャルだけどキョロ充って感じがするなぁ、謝り方が優しいもん。意外とあんたにも優しく話しかけてくれるかもね?」
キョロ充というのは、確か『陽キャのグループには属しているが発言力があまり強くない人』、だっけか。いつか読んだ小説にそんなキャラがいたな。
確かに彼女はこんな俺に対しても『謝ってる感』の溢れる、かつ短めで後腐れのない謝罪をくれた。でもそれは初対面だから対等に接していただけじゃないのか……?
「優しく接してくれるといいな……。やっぱりギャルは怖いや……」
「わかるっ。私もギャル系は苦手だなぁ。あ、自己紹介で面白かった子とか、なんか気になった子とかいる?」
「そうだなぁ……。あっ、そういえば
「あ~……パスでいいかな、今の所は毒にも薬にもならないからね。逆に文化祭辺りで大活躍しそうだから、観察自体はちゃんとしてた方がいいかも」
クラスの統率をとる行事、か。直近だと金曜日にある遠足がそれにあたるか。
一年生の歓迎を兼ねて、学校から少し離れた山で新しいクラスメイト達と交流を深めるのが目的らしい。レクリエーションもいくつかあるそうだ。
「ま、一日くらい集まりに付き合えなくたってどうってことないから、ホントに近保ちゃんとか他の子が話しかけてくるかは分かんない。遊びに行った人達次第だねっ」
先生にイジられて注目を浴びただけで、俺自体はいてもいなくても変わらないような存在だしな。自意識過剰も良くない。
「だからそんな怖がらなくていいよ。陰キャっていうのは好き嫌い以前に話題に上がらない人だから、別にあんたはマイナスからのスタートなんかじゃないっ! むしろめっちゃゼロだよ!!」
言わせておけば……。しかし、紛れもない事実――
ってなんか違和感あるな?
「いい感じじゃん。ギャルっぽく話してみたけど、わりかし順応できてるっ。あんたはただ私の話を聴いてる感覚だったと思うけど、人と話してなさすぎて逆に苦手意識がないのかもねっ。問題は見た目で圧されないようにだけど、それはもう慣れるしかないわマジで」
「気づかなかった……。ってちゃっかりディスるなっ」
「お、やるじゃん。それそれ~」姉ちゃんはなぜか褒めてくれた。
「次にやろうとしてたんだよ、クラス全体を観察しまくるあんただからこそできる、ツッコミの勉強!」
――は? ツッコミ!? 俺が、できてるの!?
「教えようとしたけど、もう身についてるからそれを磨くよ~にっ。とりあえず今日の時点で教えることはないや! ご飯食べよ~、腹減った~!」
配信者ミヤコによる陰キャレッスン、一日目はぬるっと幕を閉じた。
一夜明け、俺は脳みそをフル回転させていた。
クラスメイトの観察……ではなく眼前の問題用紙に。
ヤベェ、ぜんっぜん分かんねぇ~。体が拒否反応を起こしてる。もう数字見ただけで頭に血が上ってるもん。
一応『勉強』の後にもできるだけやったよ? 英単語とかいつもの五割増しで声出ししたもん。だけど、夜更かししてテスト中に寝るのも良くないと思って早めに切り上げたんだよなぁ。それがダメだったのかなぁ。
――キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鼓膜を揺らす。テストは終わったのだ、色んな意味で。
「はい、手を止めて。後ろから答案用紙を集めてください」
副担任の
「はーい。続きまして、委員決めをしていきまーす! みんなどれかにはならなきゃだから、逃げられないよー!!」
突如出てきた桜庭先生は、
・文化委員会
・体育委員会
・美化委員会
・図書委員会
・放送委員会
・広報委員会
「そして、学級委員長が1名、副委員長が男女各一名ずつ、書記も同じ」
一枠は決まっているようなものだった。
「まずは学級委員長からサクッと決めちゃおっか。昨日剣持が堂々となりますって宣言したけど、他にやりたい子、いたりする?」
剣持くんをバカにしているわけじゃないが、委員長をやりたい人はそうそういないだろう。 内申点目当てなら、半年待って後期生徒会選挙に立候補すればいい。
他の手が挙がることはなく、一年二組のリーダーは決定した。
「よし。じゃあこれからの司会は剣持、お願いねっ」
「分かりました。では次に、副委員長を一名ずつ決めます。やりたい方はいますか?」
副委員長、か……。基本的に委員長のサポート役で、表立った仕事はないので楽な部類ではある。しかし他の一般生徒に比べ、言動にはそれなりの責任を伴う役職でもある。
俺にはそんな荷が重い仕事は務まらない。なんなら見るからに楽そうな図書委員会狙いでいく。まあ俺のイメージって暗いし、自己紹介で『趣味は読書』って言ったんだし。さあ、観察の時間だ――
「はい」
全員の視線が一点に集中する。水面に小石が投げ込まれた時って、こんな感じなんだろうな――
すらりとした白い腕に、ぴんと伸びた指。凛としたその佇まい。改めてその魅力に酔いしれてしまう。『かわいい』とか『綺麗』なんて言葉で簡単に形容できていいものじゃない。
俺は『深堂
「女子は深堂さんで決まりだね。男子はいるかな?」
どうする……? どうしたらいい……? どうしたい……?
――近くにはいたいけど、まだその時じゃない……!
「え~っ、と……白倉くんがいいかな~? って思いますっ」
教室内の誰もが耳を疑った。
声の主は、昨日姉ちゃんが『キョロ充ギャル』とマークしていた近保
なんで俺は推薦されたんだ? 縁さん辺りに何か吹き込まれたか?
「え? ちょ、近保さん! なんで僕を!?」一人称に気をつけつつ、理由を聞く。
「なんというか、やるかどうか迷ってたっぽいから? 知り合ってまだ二日だけど、白倉くんって真面目そうだし、副委員長の仕事もちゃんとやってくれると思う! だからいいかもって思って推薦しちゃった!!」
確かに迷ってたことは事実だけど、真面目ってわけじゃないよ……。って、いつの間にかクラス全員の視線が俺に刺さってる!? これは、どうしようもない――
「分かりました……。副委員長、やります……」
「ありがとう白倉くん! 近保さんも推薦ありがとう!!」
あれよあれよと、副委員長になってしまった。それらしい仕事は委員長の剣持くんがやるから、役職自体は重くない。問題行動なんて起こさないし。
「起立、礼!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
この掛け声で一年二組は解散、放課後となる。
明日から本格的に授業が始まる。気を引き締めていかねば。
「ねぇねぇ、白倉君。ちょっとだけ話そっ」
勘違いしそうな問いかけ。発言者は、近保友加。
「うん。いいよ」
拒否する理由はない。
机を挟んで二つの椅子。他に誰もいない教室で、陽キャと陰キャは対峙する。
「何か話したいことでもあるの?」
「まあね~。色々と、ね?」
含みを持たせた言い方、彼女はローアングルで俺の双眸を見つめる。あざとい。
「白倉くんって、深堂さんのこと好きでしょ?」
――バレてるぅぅぅぅぅぅ!! えっ!? なんでっ!? なんでなのっ!?
「その反応! やっぱりそうなんだぁ!! 分かりやすすぎだよ~」
「お、僕は何も言ってないよ? どうして、近保さんはそう思ったの、かな?」
危ねぇ! 強く否定しようとして、つい素が出そうになってしまった……。
近保さんは女子の中心グループにいる。ここでボロを出して、縁さんや他の女子まで敵に回したら深堂さんに近づけないどころか、クラスにすら居場所がなくなる――
「まずそうやって自分を隠すの、やめよ? 昨日もそうだったじゃん。白倉くんは周りに気を遣ってるだけかもしれないけど、遣われる側はあんまり良い思いしないよ~?」
それもバレてるんかい! この女、一体何者なんだ……。
「ご、ごめん……」
――こんな時こそガチャだ! 冷静に、近保友加を分析しろ……! この状況を打開する策は、必ずあるはずだ! それが何か……考えろ考えろ考えろっ!
・近保さんは、俺が深堂さんのことを好きだと勘づいている
・俺が波風を立てないように下手に出ていることも察している
・余計なアクションを起こさないであろう俺を、利用するために推薦した……?
俺は深堂さんが、近保さんや縁さんからどう思われているかは知らない。
もし近保さんが『謎の多い深堂さんについて知りたい』という可能性に賭けるなら、俺経由で深堂さんの情報を得ようとしているのかもしれない。
まるで昨日姉ちゃんが言ってた、『情報の供給源を増やす』やり方そのもの……!
「じゃあ、隠すのやめるね? ――俺を副委員長にしてどう
「おお! 一人称から変わったね~。でもそっちの方が気を遣わなくていい!!」
核心には迫られたくないのか、話を強引に変えてきたな――このまま論点がズレた状態でうやむやにされて会話終了、ってのはどうも都合が悪い。
ここは回答を貰っていない最初の話題に戻して、近保さんの腹の内を探れるだけ探るしかないか……。俺だけみすみす情報を盗られるのは避けたい。
「そうかもね。それで、なんで俺が深堂さんのことを好きだって思ったの?」
さあ言葉を紡げ。
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