第21話 叢雲ーTOP GUNー ⑥

ーー河童は秋に山に登って山童になり、春に川に下って河童になる




町の中心に教会の鐘が鳴る。


現在の時刻は8時、本来ならば朝なのだが、この星には朝は来ず黄昏が視界を支配する


朝も夜も無い永遠の黄昏の町の中心には17世紀バロック様式の教会が威厳を振いながら佇んでいた。


教会の色は黒一色であり十字架の代わりに天使の翼を持ち魚の頭をした怪物の像が建物の上からこちらを睨み付けている。


ここまで来る途中、北区と呼ばれる町は人っ子一人見当たらず死んだように静かだった。


海の匂いがし、しなびた漁村のような町だから皆、漁に出ているのだろうか?それにしても人の気配を感じないのだ。


教会の前には顔を覆面で覆った黒ずくめの二人の長身の男が衛兵のように銃剣が付いたAK47を立っている。


こちらを睨み付けてくるその目は瞬きをせず、光が宿っていなかった。


ただの宗教団体では無い。あまりに物騒すぎる


これじゃあ、グラサンの男、知りませんかといっても無駄だな。


ドランクは正面から入るのを諦めた。


教会の裏に回ると3メートルほどのレンガの壁が自分と教会とを遮っていた。


ドランクは跳び上がり、壁を蹴って塀の上に着地する。


二階の窓が開いている、あそこから失礼するか


ドランクはそのまま飛び降り教会の敷地に着地した。



薄暗い闇の中に生臭い吐息だけが聞こえる。


スポットライトがチャペルの中心に映る。


白い法衣を着た覆面の男が同じく顔を黒い覆面で隠す法衣を着た信者達に会釈をする。


チャペルの最奥には魚が存在しない水がたまっただけの巨大な水槽が祭壇の上に置かれている。


ーーオーベッド!船長!オーベッド!オーベッド=リヴァーマン!


地を這うような低い声で祭壇の男に声援を送る。


「はるばる地球から我々に付いてきてくれた同胞諸君! いよいよ、満願成就だ。ガランデンドス神の分身は十分に成体へと成長された。今こそ100年の願いがもうすぐ叶う。今こそ帰るぞ!青い地球へ!」


ーー地球!チキュウ!アース!EARTH!


「そうだ! 我らは100年前にクゼンとその一派に海底の都を追われ、地球からも追われる事になった。屈辱だった! 奴らは我らの本願、地球全土をガランデンドス神の支配下に置くことにまるで耳を傾けず怠惰に生きることを選んだ。海の外は文明の光が満ち、美しくて楽しい世界が存在しているのに彼らはそれから背を向けて海の暗闇で原始的な生活を未だ行っている! はっきり言って奴らは愚図以外に言い様がない! 我々は先進的なガラパだ! 地球の陸地には今、文明を捨てた500万あまりの人類種サンソンが暮らしているとされる。 彼らをガランデンドス様の威光を見せつけて今こそ我らこそが地球上を支配する真の人類となるのだ!」


ーーうおおおおおおおおおおおおおお!


渇望、欲望、羨望、希望


昂ぶりきった狂信者達の獣のような雄叫びが教会に響く。


「・・・何を言っているのか半分もわからねえが正気じゃねえな」


布きれを巻き付けた覆面を被り物陰から見ていたドランクはため息をついた。


要するにこいつらは地球にいる連中をどうこうして支配する気か?まずそこが正気では無い。支配する価値なんて地球に残された人類にも土地や建物にもありはしないというのに


「おいおい」


ドランクは苦笑いを浮かべる。


壇上には大嶽が立っていた。


大嶽はオーベッドと握手をかわすと普段見せないような真剣な顔で祭壇に立つ。


「静粛に、彼は我が友、大嶽俊宗殿である。未だ人類サンソンであるが此度の地球の支配は元保安局員の彼の協力なしには実現できぬ事だろう。この地球の支配種族の座を我らの手に奪還する計画を彼が立案した。名付けて『ブルーウォーター計画』。ガラパとサンソンの立場は今、ひっくり返る」


ーー大嶽様! 大嶽の旦那! オオタケサマ! ダンナ! ブルーウォーター計画実行責任者!


「なにやってんだ、あいつは」


ドランクは呆れたようにぼやく


「えー、ご紹介にあずかりました大嶽です。あなたたちガラパの存在は実に興味深い。かつて我らの祖先ホモ・サピエンス・イダルトゥと袂を別ったもう一種の人類と聞いたが、とんでもない。遙かに格上の存在だ。死も病も無い国の住人。何百年どころか何千年と生き続ける個体さえ存在するあなたたちは真の不死身であり我々、地球人類の上位種として認めるしかできなかった。認めよう、私の全能力を持ってして母なる地球をあなたたちにお返しする。あなたたちこそ真の地球人類であり、未来であると」


ーーうおおおおおおおおおおおお!


地球人類の未来と呼ばれてさらに熱気は増し歓声が一気にふくれあがる


「しかし、大嶽殿、何故、人類サンソンのあなたがガラパの味方を」


オーベッドの隣にいた黒い覆面の祭司の姿をした男が尋ねる。


「訳あって私も今の人類には思うところがあるのです。そして何よりそのガラパの長寿、人類を売ってでも手に入れる理由になるでしょう? あなたならその気持ちがわかるでしょうマシュウ=ガウール?」


「くっ」


覆面の男マシュウは何故か言葉を一瞬、詰まらせた


「彼を信じろよ、マシュウ。この男も。我らと彼は立場は一緒だろ?」


「もちろん、信じるよ。オーベッド、俺達は人類サンソンを裏切ってここにいるのだから」


「悪かったな。マシュウは少々猜疑心が強いのだ」


そう言うとオーベッドは大嶽の肩を叩いた。


「そのお詫びにいい物を見せよう」


オーベッドは大嶽に耳打ちをする。


「いい物?」


「おい、連れてこい」


オーベッドに言われるまま、黒づくめの信徒が一人の男を連れてくる。


それは昨日サービスエリアでブランに蹴りを入れられてゴミ箱に突っ込まれた宇宙開拓民の男だ。


血の気の抜けた蒼白な表情で水槽の前に連れてこられた。


「この男は水星政府に雇われたスパイだ。どの星の支配下にもなっていないアプカルルの海洋資源を調査に来たらしいがいい加減、目障りだったんで捕まえた。他の仲間は処刑。エラ呼吸もできない生き物が我々の資源に手を出すなど許されない」


「こ、殺せ!」


「そう、生き急ぐなよ。殺さないさ、大嶽、我が友よ。よく見るがいい。これが我らの神の威光だ」


オーベッドは男を水槽の前に立たせた状態で後ずさる。


大嶽も神妙な面持ちで水槽の前に立たされた男を見つめる。


何をする気だ?


「ガランデンドス神、ご威光をそのものへ」


オーベッドの言葉と同時に水槽の中の水が激しく揺れ動く


ーー!?


水槽から水が滝のように飛び出したと思ったらいつの間にか男が水槽の中に入っていた。


思わず身を乗り出したドランクの顔を隠していた布きれがほどけて地面に落ちる。


ドランクはそれを拾うことも忘れて水槽の中を見つめ続けた。


水槽の中の男の体は青く輝きながら変化してゆく。


手足が伸び、体中に鱗が生える。


耳がエルフのように尖り、その顔つきは猿と人間の中間のような獣じみたものと化した。


光を放たず瞬きをしない瞳が見開かれる。


しばらくもがいていたが首筋にエラができ息ができる事を察した人類の開拓民だった新たなガラパは水槽の中を手足に付いた水かきで泳ぎ回る。


陸でしか生きられなかった山童ヒューマンは今、水を自由に泳ぎ回る河童ガラパへと生まれ変わったのだ。


「なあ、大嶽」


「なんだ?」


「今すぐ、お前にもガランデンドス神の威光を受けさせようか? 約束ではブルー・ウォーター計画後だったが・・・俺は早くても問題は無いと思うのだが」


オーベッドは大嶽が本気で自分達の種族になる気があるのかどうかを試しているのだ。


いやあ、大嶽は苦笑いを浮かべた。


猜疑心が強いのはお前もじゃないか


「オーベッド、保安局は擬態したガラパが人類サンソンかどうかを確かめる装置があると聞く。大嶽殿は人間のままの方がいいのではないか?


そうだったな、マシュウの言葉にオーベッドは肩をすくめた。


大嶽は心の中で安堵の息をつく。




「おい、そこで何をしている」


覆面が取れてしまったドランクは衛兵のAK47の銃口を突きつけられた。


ドランクは舌打ちをしながら手を上げる。


「貴様、人類サンソンだな。見られた以上、貴様も生きてこの教会から出すわけにはいかん!」


「ハッ、そうかよ!」


鼻で笑い飛ばすと銃剣が付いたAk47を蹴り飛ばす。


「なっ」


衛兵は腰の銃に手を伸すがそんな隙は与えない。


鞭のようにしなるドランクの蹴りが衛兵の頭を蹴り飛ばす。


衛兵は吹き飛び信者達が座る座席にたたきつけられた。


侵入者の登場で場は騒然とする。


中には覆面を外して取り乱している者もいた。


その顔は案の定、人の顔では無く、先ほどの開拓民だった男の変化した顔と同じで青い色をした猿と人間の中間のような顔つきだ。


人では無い。


弾丸が信者に当たらないように突きかかってくる衛兵の銃剣を鉄板仕込みのブーツの裏で受け流し、その頭にかかと落としをプレゼントする。


さっきの話が本当ならば数千年も生きる事ができる連中らしいが頭を殴られると昏倒するのは人間と変わらないようだ。


ドランクはうずくまる衛兵を踏み台に外に向かって走ってゆく。


衛兵達がチャペルの出口の前で銃を構えて待ち構えていた。


オレンジ色の炎を上げながら7.62×39㎜弾を撃ってくる。


ドランクは勢いよく身を翻して横方向へ飛び移り弾丸を躱す。


「ちっ、教会で殺生していいのかよ」


ドランクはHK45を抜き放ち、引き金を引いて衛兵達の肩を撃ち抜いてゆく。


彼らの血の色は赤い。人間と同じだ。


仲間がやられた事により応援を呼ぶことにしたのだろう。


低い声でトランシーバーに何かをわめいている。


ドランクは2丁の拳銃を撃ちながら出口からの脱出を諦めて逆に教会の奥を走る。


どこかの部屋に入って窓から外に脱出する。。


教会の中にはまだ、連中の信者であふれている。


ドランクは逃げ惑う信者達の群れに飛び込んだ。


「撃つな!同胞にあたるだろう!」


オーベッドはAK47を構えて信者の群れに紛れるドランクを追う衛兵達に命令する。


ーーへえ、やるじゃあないか、ドランク


大嶽は内心で相棒を褒めた。


そうだ。オーベッドという男は体面にこだわる。


相手に自分を認めさせる事が行動の核であるこの男が、自分のイエスマンのような同胞達を傷つけさせるような真似は絶対させまい。


連中の持つアサルトライフルなどの貫通力が高い強力な火器を信者達が密集する場所では使う事ができないのだ。


ドランクはその事を既に理解している。


そしてあちらは銃の射撃に制限があるが、こちらは躊躇無く撃てる。


「すまんな。ちょいと失礼するぜ」


ドランクはそう言うとそばにいた信者の背中に回る。


それを見た衛兵達が動揺したのをドランクは見逃さない。


ドランクは信者の陰に隠れながら追ってきた衛兵達に銃を発砲する。


「ぐあ」


「ぎい!」


一瞬で決するガンファイトに躊躇や動揺は命取りだ。


足や肩を撃たれ衛兵達は床に哀れに転がった。


ドランクは信者を連れながら教会の奥へと走り抜ける。


「うわっ」


廊下に飛び出してきたドランクに驚く一人の衛兵の頭に靴底をたたき込み蹴り倒す。


「さすがに数が多いな」


蹴り倒された衛兵を踏みつけながらドランクはつぶやいた。


ヤツを逃がすな!秘密を知られたからには生かして返せん!


オーベッドの声がここまで響く。


ここは連中のホームだ。


いつまでもこの調子では行かない、人質作戦はそう長くは持たない。


なりふり構わなくなれば意味がなくなるのだ。


人数が多い分、このままではいずれ捕まるか、あっさり撃ち殺されるだろう。


「もし」


人質がドランクに話しかけてくる。


「巻き込んですまんが、ちょいとばかり協力して欲しいんだ」


「ドランク=ネクター様。私はこの教会の抜け道を知っています。うん」


「あんた、なんで俺の名前を」


覆面をあげると光の無い瞳をした美女、瀬子の顔が現れる。


「どうか、私を信じて欲しい」


無表情なままだがその声は真剣なものだとドランクは感じた。


「ああ、いいぜ。俺の命はあんたに預ける」


笑みを浮かべながらドランクは頷くと彼女に手をさしのべた。


「うん」


瀬子は無表情なまま、その手を握り二人は握手を交わした。

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