アウトサイダーズ・ステラス

鷲巣 晶

第一章 空亡スカイハイ

第1話 空亡スカイハイ ①



暗雲が空を覆う。


雨がもうじき降るだろう。


いよいよ、敵軍の最後の総攻撃が始まる。


雲霞のような敵軍から生き残った部隊の面々が逃げ延びるのは難しい。


おそらく烏に雀がついばまれるように一方的に情け容赦なく殺される。


ジタン・カポラル


愛用する煙草を咥えて九頭竜の紋章が刻まれたジッポライターで火をつける。


最後の晩餐にはA5ランクのエウロパ牛とガニメデのコルトンシャルルマーニュと決めていたが随分安くついた


小銃を抱えて自分の飛空挺の方へと足を向けると誰かが自分を呼び止める。


見れば赤いベレー帽を被った上官殿が怒りの形相でこちらに向かって走ってくる。


稲妻のように頬に鋭い痛みが走る。


それが大佐の平手だった事を知るのは数秒かかった。


ふざけないでよ!


大佐は顔を赤くしながらこちらの胸ぐらを掴み罵倒してくる。


何故、わざわざ死にに行く? あんたが殿を努める事はないわよ。こんな時までどうして私の言う事を聞かない? あんた馬鹿だわ。死にたがっているだけじゃない。あんたのそんな死に方私が許さない


狂乱する大佐を他の隊員達が取り押さえる。


大佐の栗色の髪を撫でると彼女は涙を流しながら嗚咽した。


その場にへなへなと座り込み少女のように肩を振わせて泣く。


じゃあ、行ってくる


まるでちょっとそこまで煙草を買いに行く感覚で言うと青い飛空挺に乗り込んだ。


飛空挺が飛び上がりまるで空へと吸い込まれていくように大地から離れてゆく。


西の空から来るのは無数の黒い機体。


飛空挺を走らせて黒い機体の中に飛び込んでゆく。


自分がここで敵を攪乱させれば地上にいる大佐に逃げる隙ができる。


大佐さえ無事にこの戦線を離脱させればきっとこの戦況を覆す方法を彼女ならば考える。


自分にはそれができないが彼女にはそれができる。


大蛇ハイドラは真ん中の首さえ生き残れば再び生き続ける。


末端の首である自分が死ぬことは問題ではない、そして真ん中の首を生かすために死ねるならば無駄ではない。


彼女のために死ねるならば自分はこのちっぽけな命を今、捨てる事ができる。


生き死には所詮表裏一体


コインの裏表


西部のガンマン同士の決闘


カードの数字を頭の上で数字を競うインディアンポーカーに過ぎない。


だから自分の生死もたいした意味はない。負ければただ水泡のように消えるだけだ。


そういう風に昔から思ってきた。


そういう風に思えたからずっと闘ってこれた。


雨が降り出した。


雨が飛空挺にたたきつける。


機銃から火花が走る。


羽虫のように撃ち落とされてゆく黒い鉄の塊。


男の顔には笑みが浮かべられていた。


今、俺は生きている、生を実感している。


飛空挺の翼に金切り声を上げる機銃の一撃を食らった。


マシンは速度を急激に落としみるみるうちに地面に吸い込まれてゆく。


死んだら烏の餌になる。


他の連中と同じく


残り滓のような自分の魂は烏の胃袋の中で溶けて糞になって消えてゆく。ただそれだけだ

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