第12話 美少女は眠る

 キッチンからは食欲をそそる良い香りが漂ってくる。俺はソファに座ってスマホを触りながら矢吹がどんな料理を作ってくれるのかを想像する。

 おそらく、香り的には生姜を作った料理だろう。生姜は喉の痛みにも効くし、俺個人としても好きなので一石二鳥だ。

 矢吹の料理は以前手作り弁当を食べたことがあるが、めちゃめちゃ美味い。味も俺好みに仕上がっていて、思わずどこかで俺の好きな味付けを耳にしたのではないかというくらいピンポイントの仕上がりだった。まぁ、誰も俺の好みの味なんか知るはずもないためこの考えは即捨てたがな。これもたまたまだったのか。


「お待たせしました。喉にバッチリ効くメニューにしてみました」


 俺は思わず「おぉ」と声が出てしまった。


「生姜尽くしだな。生姜好きにはたまらないな」


「それは良かったです。生姜と卵と春雨の中華風スープと生姜を使った明太クリームうどんにサラダ、そしてはちみつレモンです」


 なんと豪華な食卓だ。今までコンビニ弁当やジャンクフードしか並べられていなかったのが嘘みたいに綺麗だ。

 そして腹も早く食べたがっている。


「それじゃ、いただきます」


「いただきます」


 中華風スープは生姜の風味がほんのりと口の中に広がる。うどんも明太子と昆布や醤油で作ったダシとしっかり絡まる。うん、間違いない。絶品だ。喉にこんなにも優しく、しかもめちゃくちゃ美味いとかどんだけだよ、矢吹琴葉!


「めちゃめちゃ美味いな。生姜が丁度いいバランスで口に中に広がるから、箸が止まらないぞこれ」


「ふふ。それは良かったです。これでお互い喉も回復しますね。我ながら上手に作れたと思います!」


 俺はあっという間にうどんもスープも完食し、最後にははちみつレモンも飲んで満腹だ。


「ふぅ。ごちそうさま」


「お粗末さまでした」


 こんな美少女に二度も手作りの料理を食わせてもらえるなんて思ってもいなかったな。というかまさか俺があの矢吹琴葉と関わること自体ないと思ってたしな。


「ふわぁぁぁ。腹いっぱいで体も温かくなったからか、眠くなってきたな」


「あ、遠慮なく寝て大丈夫ですよ。ここは阿良田さんの家ですから」


「それじゃあお言葉に甘えて寝させてもらうな」


 そして俺は矢吹の小さな声の挨拶を聞くと同時に寝た。



 約二時間後、時刻は午後四時。目を覚ますとすっかり夕方になっていた。

 そして矢吹がいることを思い出し矢吹に声を掛ける。


「矢吹……って、寝てる!?」


 そう、俺が目を覚ますと矢吹は寝ていた。しかもしっかり寝息を立てて深い眠りについているようだ。


 おいおい嘘だろ?学校一の美少女が俺の家で寝てる!?いやいや、待てよ。あの矢吹琴葉がこんなあっさりと男と二人きりの空間で寝るはずがない。これは俺が試されているんだ、そうに違いない。女の人が寝ていたら手を出すのか出さないのか見極めようとしているんだ。


「おーい、矢吹琴葉さん。おーい」


 本当に寝ているのか?よし、一か八か試してみるか。


 俺は棚にあった猫じゃらしのようなもので矢吹の足裏をくすぐった。これなら流石に嘘寝をやめてくれるだろう。

 

―――こしょこしょこしょ


「……あっ」


 いやちょっと待て!何だ今の声は。「……あっ」って!


 思わず矢吹で淫らなことを妄想しそうになったが、俺は慌てて首を大きく振る。


 もう一度。


―――こしょこしょこしょ


「……んん……ん」


 ダメだ。これ以上やったら完全にセクハラになってしまう。そして俺は男だ。理性を保てなくなってしまう可能性がある。


 ここは普通に体を揺らして起こすか。


「おい、矢吹、矢吹。起きろー」


 何度か体を揺らすが全く起きる気配が無い。そして立て続けに起こそうとした時、矢吹は口を開いた。


「……阿良田さんのバカ……。絶対落としてみせ……ま……すよ。もっと……」


 突然の言葉に俺は顔が熱くなるのを感じた。


 何これ、夢でも見てるのか!?寝言でこんなこと言われたら……流石に可愛すぎるだろ。


「ん。あれ?阿良田さん?起きたんですか」


 急に目を覚ました矢吹に思わず驚いてしまう。同時に掴んでいた肩を咄嗟に離して距離を置く。


「お、おお、起きたのか。ちゃんと寝息立てて爆睡してたぞ」


 すると矢吹は顔を真っ赤に染めて顔を隠す。


「寝息、聞こえたんですか!?うぅ……恥ずかしい」


 恥ずかしがる姿もやはり愛らしいなとしみじみ思いながら俺は肩を揺らして笑う。


「ははは。まさか爆睡するとはな。まぁ料理作ってくれたりしたから疲れたんだろう。本当にわざわざありがとうな」


「いいえ。これは私自身の意志でとった行動なのでそんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ」


 矢吹はそう言って帰る支度をする。


「今日は本当にお邪魔させてもらいありがとうございました」


「いや、こっちこそ本当にありがとうな。送って行こうか?」


「大丈夫です。一人で帰れますから。今度は私の家にお招きしますね。では、また明日!」


 手を振る矢吹の姿を見ながら俺も手を振り返す。扉が閉まり矢吹の姿が見えなくなると、俺の部屋はいつも通りの辛気臭い部屋に戻っていた。

 

 美少女がいるといないとで、ここまで華やかさが無くなるとはな。


 

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