第11話 美少女をお招きする
喉が痛い。イガイガするというかガサガサするというか、なんとも言えない違和感が喉に付いている。
久しぶりにカラオケで歌った反動に違いない。折角の祝日がこれでは満喫できそうにない。
俺は自転車で片道十五分程度の所にあるドラッグストアへと向かう。それにしても暑い。もう七月上旬だ、初夏の季節だ。
俺はドラッグストアに着くと、喉の痛み止めよりも先に飲み物を手に取った。そして痛み止めと、ついでに洗顔フォームや化粧水といった美容品も買った。俺は意外にも美容に敏感なため、洗顔した後は必ず保湿をしている。
「三千円でお願いします」
レジに並ぶと俺の前に誰かが会計をしていた。
誰か、というか矢吹琴葉だった。
いやいや、どれだけたまたまが重なるんだ!?千載一遇じゃ表せないくらい遭遇率が高いぞ。
俺が会計を終えると、矢吹は俺の元へ寄ってきて話始める。
「これまた奇遇ですね。二度あることは三度あるというモノでしょうか」
「学校でも会ってるから、もう毎日顔を見ている気がするのだが」
「ふふふ。光栄に思いなさい!こんな美少女と毎日の様に顔を合わせる。これ以上に幸せなことはないぞー!なんちゃって」
こいつテンション可笑しくないかと一瞬思ったがすぐにいつもの矢吹に戻ったので突っ込むまでもなかった。
「昨日のカラオケでついはしゃぎすぎて喉を傷めちゃったらしくて。すごく楽しかったですけどね!」
「これまた奇遇だな。俺もカラオケで喉を傷めたから痛み止めを買ったんだ」
矢吹は一瞬眉を上げて驚いた様子を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「阿良田さんがまさかあんなに歌が上手だなんてびっくりしましたよ。あれを女の子の前で披露出来たらモテまくりだろうな~」
矢吹はいたずらっぽく口角をにへらと上げる。
「モテないしそれ以前に絶対に何があっても披露しないわ。まぁ歌はそれなりに歌える方だからな」
俺は少し照れながら自慢げな口調で言うと、矢吹はムスッとした様子になる。
こいつのムス顔はよく見るけど、なんか全然怒ってるように見えなくて可愛らしい。リス見たいな小動物観が溢れているからだろうか。
「歌が上手に対してのコメントには否定しないんですね。やっぱり撤回します。阿良田さんはモテません、はい。モテません」
「だからそう言っているだろ」
恐らく思っていたのとは違う返事がきて少し驚いたのか、矢吹はまた一瞬驚いたように眉を上げると何か思いついたかのように手をポンと叩く。
「お昼ご飯、私に作らせてください。喉の痛みを和らげるようなご飯をお作りします」
唐突な申し出に俺は当然のように遠慮する。
「いやいいよ。そんなわざわざ家に来てまで作ってもらうなん……て……え?家に……来る?ってことか!?」
「そのように言ったつもりなんですけど」
ちょっと待てよ。ぼっちを好む俺は今まで友達を家に招いたことなんて伊織くらいしかいない。そして当然、女の人を招いたことなんか一度もない。唯一女の人で家に上げたことのあるのは従兄弟の同い年の子くらいだ。
しかも今回はあの学校一の美少女として知られている矢吹琴葉からの申し出だぞ?
「あ、もしかして女の子を家に上げたことないんですか?それとも……何か私に見られたらマズイものがあるんですか?」
俺は矢吹の何かを悟ったようなニヤリとした笑みに動揺する。別に矢吹に見られたらマズイものは何一つとして無いのだが、何故か動揺してしまった。
「べ、べべべ別に、そんな、見られたらヤバイものは、一つも無いぞ!」
「じゃあ私が実際家に行って確認します。そうしないと信用できませんからね。だって……阿良田さんも男の子でしょ?」
「わ、分かった。証明してやるよ」
俺は矢吹に上手く誘導されて結局家に招くことになった。
俺はアパートで一人暮らしをしている。家賃三万五千円という学生にはまだ優しい値段なため、バイトをしている俺はあまり金銭面では困らずに生活できている。
「お邪魔しまーす」
矢吹は誰もいない部屋に、玄関を開けると挨拶をした。こういう所にも矢吹の人の良さが滲み出ている。
「狭くて悪いな。今お茶出すから空いてるところに座って待っててくれ」
「分かりました」
よっこらせと矢吹はお婆ちゃんのように声を出してソファーに腰を下ろした。
オレンジジュースだと喉にしみると思ったため、俺は麦茶を取り出してコップに注いだ。
「ほらよ。喉にしみないように麦茶を入れた」
「ちゃんと気遣いができるんですね。いただきます。あ、隣どうぞ」
俺は矢吹が隣を空けてくれたためそこに腰を下ろした。肩と肩が触れるくらいの距離感であるため俺は若干の緊張を覚えながら麦茶を飲む。
矢吹からは以前感じた時と同じような甘いフルーティーな香りがする。こんな辛気臭い部屋も、矢吹みたいな美少女が来ると一周回ってエモくなるのかと俺は密かに心の中で呟いた。
「よし、それじゃあ約束通り喉にやさしい昼食を作るのでキッチン貸してもらいますよ」
「あ、あぁ。好きなように使ってくれ。それと器具とかの場所で分からなかったら遠慮なく聞いてくれ」
矢吹は「はい」と言って首を縦に頷かせる。
そして俺は思った。女子高生と一つ同じ屋根の下で二人きりって心臓が持たねぇ。
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